優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ

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新人歓迎会の後

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    聞き慣れない電話の音が鳴り、目を覚ますと、自分のベッドではないベッドで眠っていたようだ。

───ここはどこだろう?その前に、この音。電話が鳴っている。

「はい。」と受話器をとる。

「フロントです。7時に起こすように承っておりましたので、お掛けしました。精算は済んでいますので、支度ができましたらフロントに鍵をお持ち下さい。」

「え?精算はどなたが?」

「ご一緒にいらっしゃった男性です。」

「………。」それを聞いているのに。

「では、失礼致します。」

    全く記憶がない。こんな事は初めてだ。
「はっ、スーツ………」
    スーツで寝てしまっていたとしたら、シワくちゃになっているだろう。

    ふと自分の身体に視線をうつすと、下着姿だ。
きゃーーーーー。
………でも、身体に違和感はない。シーツに乱れもない。勿論出血の跡もない。
ほっ。
………そうだ、それじゃあ私のスーツは…。ふと、ハンガーにかけられたスーツを見ると、自分でかけたであろう形でかかっていた。
さらに、ほっ。

    飲み会は金曜日だったから、今日は土曜で会社はお休みだ。兎に角、ここを出て、家に帰って頭を整理しよう。
    でも、安心している場合ではない。
    ホテルの宿泊料金を払ってくれた男性に、謝ってお金を返さなければ。きっとすごい迷惑をかけたに違いない。
    多分、部長だとは思うが、いくら連絡先を知っていても、妻帯者の上司に、休日に電話をする訳にはいかないだろう。とすると、来週の月曜日まで連絡できない事になる。
    
    頭の痛い話だが、起きてしまった事は仕方がない。
    私は帰る準備をして、客室の鍵を持って部屋を出た。

・・・

    なんともやりきれない憂鬱な週末を過ごし、月曜日、いつもより少し早めに出勤した。
    チェックアウトの時に聞いた宿泊料金とタクシー代、プラスαを封筒に入れて持ってきている。なんとか他の人に気付かれずに部長に渡して謝りたい。

    そうこうしているうちに、同期の長島君と秋元君が出社してきた。

「「鈴原さん、おはよう」」

「長島君、秋元君、おはよう」

「金曜日、大丈夫だった?具合悪そうにしていたけど。」

「うん、大丈夫。この通り。なんだか悪酔いしちゃったみたい。心配してくれてありがとう」

「そっか、良かった。でも、俺達は何もしてないし。部長と課長にはお礼言った方がいいだろうけど。」

──ん?何て言った?部長と……課長…?!

「そ、そうだね、すごく迷惑かけたもんね。感謝してもしきれないよ……。」

「あ、ちょうど来た」

「「「おはようございます」」」

「「おはよう」」「「おはようございます」」
    
    噂の二人と、その後ろから営業の皆もフロア内に入ってきた。
    にっこり挨拶してくれる部長に、安定の冷たい視線を送ってくる課長。営業の皆も続けて入ってきた為、いったん話をするのはあきらめる。
    話すチャンスはないまま、始業時間になった。

・・・

  午前中の業務を終え、休憩室で小川さんとお弁当を食べていると、ふと小川さんの視線を感じた。

「もしかして、顔に何かついてますか?」

「ううん、あなた達どうなってるのかなーって思って。」

「……?あなた達?……って誰の事ですか?」

「課長の事よ。」

「ぶほっ」口の中に何も入っていなくて良かった。

「大丈夫?」

「だ、だいじょぶ、です。
    小川さん、私、実はあの後の事、何も覚えてなくて。何があったのか教えて貰えませんか?お願いします!」

「うーん、教えると言っても、あの後、あなた達3人がどうしたのか私には分からないし…。」

「さ、3人?!」

「そうよ。部長と課長とあなた。部長がタクシーで送るって言ったら、課長が血相変えて自分が送るって。結局3人でタクシーに乗った所までしか……鈴原さん?」

    目眩がしてきた。お金を出してくれたのはどっちなんだろう。課長が送るって言い出したのは、きっと、私の具合が悪くなった原因が自分にあると思ったからだろう。

「課長とはどうにもなってないですよ。トイレから帰る時にぶつかって、その後私の具合が悪くなったから、責任を感じたんじゃないですかね?」

「そうかなぁ?そんな風には見えなかったけどな。」

「本当にそれだけなんです。あ、もう後15分しかない。歯磨きしたり、トイレ行ったりしなきゃ、じゃ、お先に行きますね。」

「うん、?、行ってらっしゃい。」

    あたふたとお弁当箱を片付けて、席を立ってしまった。
    課長にも謝らなければいけないようだ。
    お金の事もあるし、先に部長に謝罪して、それとなく課長の事を聞いてみよう。
    でも、いつ、どこで、どうやって聞けばいいんだろう。
    
    いい考えが浮かばずに、ふぅ、と息を吐いた。
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