人生の岐路に立つとき

日比谷幸助

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第一章 幸助の話

第一章 幸助の話-1

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※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。

30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。

それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。

この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。

読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。


母が倒れた日、俺は残業中に『やっと仕事抜けられる』一瞬だが、そう思ってしまった。

幸助はとある企業に勤めるしがないサラリーマンだ。職種は開発業務。CADを用いた設計から始まり、設計完了と同時に試作メーカーに依頼、短納期の試作発注。顧客納期に合わせ、厳しいスケジュールが組まれる中、試作を何とか完成させ、その度に評価試験や問題抽出を行い、次の試作に生かす。それを3回以上も繰り返す。また、他部門の製造からの要望を受け止め、製造部門に足を運び、頭を下げる。製造は、開発にとっては〝お客様〝。顧客に良い顔を見せたい営業は、言われたことを受け止め、ただ開発に横流しする。世間的には〝花形〟と見える業界なのかもしれないが、実情はまるで正反対だった。彼が主担当とする業務は食品機器のコンビニ等に置かれるコーヒーサーバーの設計などである――他部門では自動販売機や冷蔵ショーケースなどを製造する歴史ある地域の機械メーカー。少々変わった開発で、面白みもあったのだが、厳しすぎる納期、残業は当たり前の世界。毎日4時間以上の残業に加え、連続した休日出勤。昔はそれ以上に過酷だったと聞いた。今の言葉でいう社畜生活に嫌気が差していた。幸助は、日々の仕事に疲れた、どこにでもいるサラリーマンだった。

学生時代の幸助は、真面目な優等生タイプだった。中学校では生徒会長を務めたこともあった。志は高く、努力を惜しまい性格だったが、大学入試では辛い体験もした。それでもなんとか、自然豊かな故郷にある国立大学へ進学することができた。大学生活では、入学半年間は飲み会などで遊び惚けていた節はあったが、元々真面目な性格から、次第に遊び惚けることはなくなり、日本の大学生では珍しく、「勉強」に力を入れた。苦手としていた「英語」の勉強に力を入れ、TOEICの点数が上がる度、「自信」を取り戻していった。大学では、フットサル部に入部し、体力向上のために、毎日1時間はランニングを行うようになっており、体力はもちろんのこと、気力も鍛えられたのだろう。そのため自然と、高校時代には挑戦を諦めた難関大学の大学院工学研究科への「受験」を決意した。四年越しのチャレンジであった。
半年間の図書館漬けの努力は実を結び、無事合格。何度も解きなおした過去問から、まるで解答を書き写すレベルにまで昇華していた。だが、喜びは束の間、入学後の研究生活は幸助の想像を超えた過酷なものであった。夜遅くまで実験に追われ、心身ともに疲弊する日々。大学院に進学したことを後悔し、涙する夜は数えきれなかった。年末や短い夏休みに実家に戻れるのが、当時は何よりも楽しみで、実家を去る時には、家族と別れる寂しさで、涙を堪えるのに必死だった。それでも、持ち前の気力、努力の甲斐もあって、なんとか修了証書を手にした。

研究漬けだった2年間、長いとも短いともいえる大学院生活もようやく終わりを迎え、幸助は「就職活動」に臨んだ。研究と授業に真面目に取り組んだ結果、修了成績も良かったことなどから、第一志望の自動車メーカーの「推薦」を勝ち取ることが出来た。しかし、応募数が「多数」あり、実際の面談では、思い通りに発言をすることが出来ず、敢え無く砕け散った。推薦まで取ったのに、落とされるというのは、幸助の心を打ち砕くのに充分だった。たった数分の面接で何が分かるのかと憤り、金輪際、このメーカーの車には乗ってやるものかと心に誓った。自信を喪失したものの、それでもなんとか、幸助の地元では名の知れた機械メーカーに内定を得ることが出来た。結局、そこが、現在幸助が勤めている会社だ。大学院時代は地元を離れ、地方の中枢都市で暮らしていたが、前述した通り、家族から離れることに「苦痛」を感じて幸助は、地元に戻ることを決意した。何をやりたいのかと聞かれたら、特別、何もなかった。強いて言えば、実家から通うことが出来るから。素直な自分の本音だった。別会社の企業の方には、こっそり、「本当にうちでいいのかい?」と言われたことは記憶に残っている。その会社は、とても雰囲気は良さそうなことを覚えていた。もしかしたら、その会社に就職していたら、今とは全く別の人生を送っていたことだろう。人生なんて、選択一つで激変してしまう。そんなものなのかもしれない。
大学院時代、夜遅くまでの研究漬けで、心身共に蝕まれていた幸助は、少なくとも「お金」を稼げる「社会人」に魅力を感じていた。研究を頑張ったところで、所詮は無給で、思うと、ほとんどボランティアに近かった。それより、社会人は、ずいぶんマシに思えた。これからは、仕事はほどほどに、趣味のフットサルを充実させようという思いで、地元企業への就職を決断した。こうして、幸助はようやく社会人としての一歩を踏み出すこととなった。

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