人生の岐路に立つとき

日比谷幸助

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第一章 幸助の話

第一章 幸助の話-8

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※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。

30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。

それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。

この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。

読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。


母は一時期、自立して介助なしで散歩ができるまでに回復し、家族全員でその喜びを分かち合った。「体が回復すれば、脳もきっと回復するよ!」と、何度も励まし合った日々が今でも記憶に残っている。しかし、手術で二度も、脳を摘出していたことは大きかった。言語機能の回復は思うように進まなかった。子どもたちの名前を尋ねても、なかなか思い出すことができない。何度教えてもすぐに忘れてしまうのだ。

さらに、散歩の頻度が高すぎたのか、母が「足が痛い」と訴えるようになり、一時的に散歩を控えることにした。いくら何でも、病人が痛がった状態で散歩をする訳にはいかなかった。わずか二週間ほど散歩を休んだだけで、母は一人で歩けない状態にまで衰退していった。あれほど自立して歩けていたのに、今までの努力は何だったのだと思い知らされた。家族は失望したが、それでも少しずつ散歩を再開した。しかし、一度落ちた歩行機能が回復させることはとても難しく、それと共に母の身体は弱っていった。歩くスピード、食事のスピードが極端に遅くなり、体力が落ちてしまい、異常に発汗する。そんな母親に、車いすや、介助用のトイレなど購入した。はじめは嫌がっていた介助用のトイレだが、母は、進んで使用するようになっていった。散歩も、次第に車いすを利用するようになり、公園中のバラ園を、「綺麗だね」と見て回るだけとなった。母親にとっては息子・娘との時間は、ありがたいことだったのかもしれないが、子供達の負担は想像を絶するものであった。

それでも、実家で母の顔を見ると、一瞬で安心感に包まれる。優しい母だったから。障害を負ってしまったとはいえ、そこにいるのは変わらず母だった。ただ、平日は仕事で疲れ果て、休日は介護に追われる生活が続くと、心と体が悲鳴を上げるようになっていた。介護を楽しむ余裕なんてなかった。散歩の途中、ふと周囲を見渡すと、結婚したカップルが楽しそうに子どもを連れて歩いている。それとは対照的に、自分たちは障害を抱えた母の終わりの見えることのない介護に明け暮れている。何かの間違いであってくれ。こんなの不公平だろう。景色は、グレーに見え、楽しく感じる事は何一つなくなってしまった。幸助の心は破綻を迎えていた。

家族や友人には打ち明けることができなかったが、母が倒れて介護をするようになってから、気づけば幸助は「うつ病」になっていた。何をするにも気力が湧かず、家族にさらなる絶望を与える訳にはいかず、この頃は、ただただ生きていた。希望など何一つありはしない。時間がなく、自分がしたいことも何もできない。ただただ苦痛で、父には内緒で心療内科に通い始めたのもこの頃からだった。幸助の精神状態はとても不安定だった。

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