その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

伯爵夫妻は浮かれる

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「あのだね……あの子に今日食べさせたケーキをもうちょっと豪華にして、明日の誕生会で思いっきり食べさせたいと思っているんだが……どうかね?」
「明日?」
報告書の日付を見れば、二ヶ月前の同日。
「まあ!!あなたったら、いじわるね!なんてこと!あの子の母親から、誕生日を迎える前に連れてきてしまうなんて……」
「う…うむ……養子縁組の書類が揃ったのがつい一昨日で、気が急いてしまった……何より、あの子の身体を見ただろう?報告書にもあったように、はっきり言ってあの身体は栄養不足どころじゃない。下手をしたら、来年の誕生日を迎えるどころではなかったかもしれないと思うと……」
確かにアーウェンの発育は悪かった。
伯爵家の嫡男であるリグレ・デュ・ターランドが幼い頃に着ていた服をとりあえず着せたが、それが五歳の時の服でぴったりだと執事が言っていたことを思い出す。
「確かにあの年齢は水を飲んでも大きくなると言われているかもしれませんが……水しか飲んでいない・・・・・・・・・のであれば、大きくなることすら叶わないですものね。大きくなるのは、水以外に果物や野菜であっても栄養を摂っていればこそ。今のあの子なら、ケーキだけで大きくなりそう」
そして、実の両親から一度も誕生を祝ってもらえず──父親からは誕生すら祝ってもらえなかった、その存在を不憫に思って、伯爵夫人はキュッと唇を噛みしめた。
「先ほどアフタヌーンティーで、好きなだけ食べて良いと申しましたの……ですのに、あの子はほとんどのひと口だけ……いえ、ケーキのクリームは喜んで食べてくれましたが……まず、テーブルマナーという以前の問題でしたわ」
スプーンぐらいはスープ──男爵たちが『食べさせていた』という表現をしていいのかも躊躇われるような食事ではそんな価値すらないのかもしれない代物を食する時ぐらいは使っていたのだとは思うが、アーウェンは自分の前にセッティングされたカラトリーを見ても何も反応を示さなかった。
まずほとんどが手で摘まめるような小さなカナッペやサンドイッチだったということもあるが、さすがにケーキや果物などはフォークを使う必要がある。
何もアーウェンの行儀作法や食事の仕方を試験しようと意地悪を込めて用意したつもりはないが、紅茶の飲み方ひとつ知らなかったのは事実だった。
「ああ、そのことについては……うん、報告も受けているし、その……アーウェンと対面した時に、私も見ている」
まずはアーウェンを養子にすることに関して話していたが、サウラス男爵の解釈がこちらの意図とはズレが生じていることを不審に思ったし、報告書にあったように飢餓状態にあったのならば当然のように甘いケーキなど見れば喜んで食べると思ったのだが、あの時のアーウェンはまるでただの人形か置物のように反応を示さなかった。
そしてラウドが軽く男爵の育児について咎めると大袈裟に反応した実父に対して、まるで棒で打たれるのを待つ犬のように──そう、あれは日常的に懲罰の類を受け入れ思考停止している者の表情だったり態度だった。
「あの子は……本当にサウラス男爵の実子なのかと疑いたくなるほど、あまりにも大切にされていない……」
「確かに子沢山で育児にも困難な低位貴族はおりましょう。残酷な話ですが、その口減らしで他家へ養子に出すというのもない話ではないですのに」
「うむ……しかも小さいながら、サウラス男爵家はターランド伯爵家から独立された妹様へ譲渡された領村を治めていると聞く。王都内で食わせていくことが難しければ、むしろ長男の手助けに末子を預けるという方法もある。それならば我が伯爵家との養子縁組など複雑な貴族籍移動の手続きなどもいらぬはずだが……」
納得できないようにラウドもヴィーシャムも首を傾げる。
さすがに十歳に満たない末弟を長兄の養子にということは、今回の貴族籍移動の手続きと同様に複雑でさらに倫理的に却下される可能性は高いが、領村で男手のひとりとして育成しつつ手伝わせ、長男夫婦に子ができなかった場合は末子に継承するとすれば、何も問題はないはずだ。
「……私どもが考えても意味のないことですわ。むしろ、あの可哀想な子が無事に我が家にいることに感謝いたしますわ、あなた」
「ああ!確かにそうだな。ところで、アーウェンもエレノアもアフタヌーンを食べ過ぎたとか?」
「ふふっ……エレノアもまだまだ淑女レディには程遠いですわ。義兄が一緒のテーブルに着いたのがよほど嬉しかったらしく、自分がどんなにたくさん食べられるかといつも以上に頑張りましたの。ひょっとしたら満腹になりすぎて、夜は軽い物しか食べられないかもしれませんわ」
「ははっ!確かにまだまだ……幼い頃のあなたに外見はよく似ているが、そのようにきょうだい仲を良くしようとしてくれる優しい心根はこれからも慈しみ育てねば」
「ええ、そうですわね……もしアーウェンが今夜の晩餐を食べられなくとも、代わりに明日はうんとご馳走を食べさせましょう!」
「ふふ……確かに楽しみだ。こう言っては何だが、あの子が幸せそうな笑顔を浮かべるのが見れるかと思うと、『初めての誕生日』を祝う嬉しさが倍増するね。リグレを無理やり帰らせるわけにはいかないが……次の長期休暇には帰って来るし、『建国祭』のお祝いというのはどうかな?」
「では、来年の今日は『アーウェンが伯爵家に来た記念日』にしましょうね?ああ、養子縁組が国王陛下と教会に認められたら『アーウェンの第二誕生日』にしましょう!正式にターランド伯爵家第二継承者アーウェン爵子の誕生なのですから!」
うっとりと手を組み、ヴィーシャムはテーブルを避けて架空のパートナーの肩に手をのせてゆったりと身体を動かすと、すかさず夫であるラウドが手を差し出し、音楽もなくふたりは幸せそうに踊り出す。
仕事を終えさせディナーを促そうと待ち構えていたターランド家の家令が、苦笑しながら窘めるまで──


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