その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は憧れる ③

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アーウェン的な言い方をすれば「たくさん」の兵士たちが、訓練場に等間隔で並び、一斉に動いているのは圧巻だった。
まだ個別の訓練に入る前の基礎運動であるが、一糸乱れぬその動きに、アーウェンは手のひらに汗をかいて目をキラキラさせて魅入っている。
「すごい………」
男爵家の領地内に駐在する兵にも多少は剣の使い方を教えてもらったが、どちらかといえばそれは『子供を揶揄って遊ぶ』という暇つぶし的なものであり、アーウェンの方はともかく、大人たちはあまり真剣ではなかった。
だから本当に本格的な『軍隊としての動き』というものに触れるのはほぼ初めてである。
そんなアーウェンに向かって、ひとりの男が笑って手を上げて叫ぶ。
「よお!出来損ないじゃないか!」
それはサウラス男爵領の村で警備をしていた男だった。


だいたい領地でも王都の家にいるのと同じように四男はひたすら大事にされる代わりに、アーウェンが下男に混じって働くのを咎められるどころか、「アレは実は男爵がお情けで拾った子」と間違った認識が広がっていたのだ。
「アレは剣を振って遊ぶだけしか能がない。下男としてどこかのお屋敷に勤められるほどの力もない。ならば最初から『いない者』として家から出さなければ、教育にかかる金をドブに捨てることもない」
そう男爵が長男に向かって話しているのを、実際聞いた者もいる。
アーウェンに声を掛けた男もそうだったし、もっとひどい憶測だらけの噂を屋敷に勤める者からも聞いた。
「まったく……旦那様も奥様のお身体のことを考えないから、あんなひ弱な男の子がふたりも生まれちまったんだ」
「本当だよねぇ。まあ、上の坊ちゃまは頭が良いから、大きくなって身体もほどほどになれば王都で偉い人にもなれるんだろうけど、ちっこい方はねぇ……」
「ああ。頭が足りないから、勉強させても無駄だってことだろう?だから、いつまでたっても他の坊ちゃまみたいに大きくならないんだ。あんなの育ててる気が知れねぇ」
「え?ありゃぁ、旦那様が親無しだからって、どっかで拾って来たんじゃなかったっけ?」
「あらまあ……じゃあ拾い損ってもんさ!奥様はお優しいから、あんな身元も不確かなのを可愛がってさぁ……」
使用人たちのそんな言葉は絶対に主人たちには入らないようにしていたが、幼いアーウェンには理解できないとわかっていて聞こえても構わないとばかりに話していた。
そうやってねじ曲がった噂は事実だと思い込まれ、れっきとした『男爵家の令息』を小突き回し、仕事が遅いと食事を減らし──八年後に産まれたサウラス男爵の『不義の子』である妹よりもずっと、当時のアーウェンはひどい扱いを使用人たちからも受けていたのである。


ターランド伯爵家で再会したその男は、アーウェンを孤児だという話よりも、実際は男爵の隠し子か何かで母親が死に、夫人が憐れんで連れていたのだと考えていた。
頭の足りなそうな男爵によく似ている──在りもしない『男爵の不貞の結果』であるアーウェンの痩せぎすな身体はともかく、その髪の色や目の形を見て、ずっとそう思っていたのである。
「何だぁ?やたら綺麗なべべ着てんじゃねぇか?お前みたいな能無しが着てても、どこにも着ていく場所なんかないんだから、もったいないだろう。俺がもらってやろうか?」
へらへらと笑いながらアーウェンに向かって手を伸ばし──筋肉隆々のその身体は、一瞬宙に浮いて地面に叩きつけられた。
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