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第一章 アーウェン幼少期

伯爵家は混乱する ①

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ターランド伯爵家は豊潤な魔力を持つ者が生まれやすい家系だ。
現在の当主であるラウドだけでなく息子のリグレもその魔力を活かして、在学している王都貴族院では戦術的魔術研究分野を学ぶべく、優秀な成績を修めている。
代わりに騎士科に所属するほどの力量のある者を輩出したことはなく、いずれはその方面に縁を作るために、騎士爵を持つ縁故から養子を得るのは予定路線だった。
それが金銭的手段で話がつきそうなサウラス家だったのは幸いだったが、希望に叶う才能がありそうだったのが、虐待され続けて隠されてきた末子だというのは皮肉である。
「せめてもは手遅れになる前に、我が伯爵家に取り込めたのは幸いだった。さもなければ、エレノアの婚約者にでも期待をかけるしかなかったが……それでは時間がかかりすぎる」
「あの子は……それほどまでに?」
「わずか二歳ほどで簡単な型を覚えたらしい。他に楽しみがなかったからとはいえ、短剣でもしっかりと構えられるなぞ、将来を楽しみにしても仕方なかろう?面白半分に狩ったウサギの血抜きまで見せたというのは、鬼畜な所業だがな」
「……面白半分?ですが父上。サウラス領の村では確かに家畜を飼う酪農家もいたと思いますから、『屠殺される家畜を見た』の間違いではないのですか……?」
リグレも今のアーウェンと同じ八歳の頃にターランド領だけでなく、親類縁者の領地も視察がてら父に連れて行ってもらったこともあり、もちろん食肉や毛皮を取るために処理される家畜も見せてもらった。
それは無理やりではなく、きちんと生きることに必要な仕事だと理解したうえで、命が屠られる場をしっかりと目にしたのである。
さすがに二歳の幼児にそんな経験をさせるのもどうかとは思うが、農業が主な産業である質素な村ではあまり珍しくもないはずだ。
「ウサギだよ。罠にかかって苦しむのを生きたまま毛皮を剥ぎ、耳や四肢を落し……わざと残酷に切り刻むのを見せて、誰が一番あの子を泣かせるのかを競ったという手合いがいたらしい。国王にはもう報告済みだ」
「何てことだ……」
ギリッ…と歯ぎしりをしてリグレは報告書を握りつぶす。
「そんな連中のひとりが、恥ずかしげもなく我が警護兵に所属し、王都警護兵への推薦をもらおうとしていたなど……見破れなかった私も甘かったが、これで採用の際にどういう部分に目を向ければよいのかと、間違った人材を我が伯爵家から出すことにならずに済んでよかったと思おう」
もともと剣の腕は立っても魔力はずいぶん少ない人間だったため、いずれ推薦するにしても魔術での後方援護部隊ではなく、地方への警備部隊になるだろうと考えていた。
幼児への残酷かつ玩具にするような行動を報告した今となっては、同時期にサウラス領の駐屯していた者たち共々、明るい未来が待っているとは言い難い。
「先々代の王たちが起こしたいくつもの紛争や、小国への武力的統廃合の結果、未亡人や孤児が増え、その問題はまだ解決していない。確かに心に傷を負ったのは残された者たちだけでなく、関わった者たちもだ」
「だからと言って……」
「そうだ。だからといって、すでに終わった争いの傷を二歳児に負わせようと……しかも自分たちが愉しむためなぞ……」
男たちがそれぞれの内で怒りを滾らせかけていたが、パンッと手を打つ音がサロンに響いた。

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