その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

伯爵は男爵を問い詰める ④

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とにかく男爵を正気に戻して今回の突撃の真相を明かそうと努力し──伯爵家の面々は諦めた。
時間が経つにつれ、確かに話が通じるような瞬間はあったのだが、その時ですら彼が口にだすのはただひとつ。
「もうアーウェンは死んだ!いない!ならば、ヒューデリクを!ヒューデリクが伯爵家の息子になるんだ!」
「……狂人め」
「恐れながら……確かにサウラス男爵の思い込みというか、『アーウェン様が亡くなられた』というのは、彼の中では消し難い『真実』として記憶されているようでございます。であれば、この記憶を利用されては?」
牢の中から嬉し気に叫ぶサウラス男爵を見て、ギリッ…と歯ぎしりするラウドの背後から、バラットが声を掛けた。
「どういうことだ?」
「このまま『アーウェン様は伯爵家にいない・・・』というままにしておき、ただし『サウラス男爵家から再び養子は受け入れない』と書面に残し、男爵家へ帰すのです。少なくとも、サウラス卿から再びアーウェン様に接触しようと試みることはなくなるかと思いますが……」
「しかし……」
それではアーウェンを連れて王都内に出ることが難しくなるかもしれない。
男爵家の者で家に閉じ籠っていたのはアーウェンとその兄だけで、両親や上の三人の兄は自由に王都内や領地を行き来しているのだ。
「確かにご無事なアーウェン様を見られる可能性はございますが、まさか伯爵家のご家族様とご一緒の際に、アーウェン様に危害を加えるようなことはないかと。たとえアーウェン様おひとりでお出かけになるとおっしゃれるようでしたら、おそらく警護希望の者が列を成すと思われますから、ひとりきりになることはないでしょう」
「うむ……しかし……」
同じくらいの歳だった頃の嫡男のリグレはすでに王都貴族学院の少年部の三学年で寄宿舎におり、娘のエレノアはまだまだ母親からも乳母からも離れない。
貴族学院に入るまではリグレともそれなりに父親として関わってきたとは思うが、アーウェンのように痩せ細って風が吹いても倒れてしまうのではないかと心配したことはなかったため、『育児』という部分は全く未知のもので、どう守っていいのかわからない。
「……旦那様がご心配なさらなくとも、リグレ様やエレノア様と変わらず、しっかりアーウェン様をお守りいたします。むしろ旦那様がまたやきもちを焼くくらい、暑苦しく警護するでしょうね」
「クッ……」
バラットがにこやかに微笑みながら差し出す書類の束を見てラウドは何とも言えない顔になったが、拒否することはない。
ターランド伯爵当主として、領地だけでなく王都本邸にある警備兵たちもすべて養い守らなければならず、ウェルエスト王国に住まう高位貴族としての役割もあり、高い魔力を誇るターランド伯爵家の担う防御や回復力を侮られることはさせられなかった。
「……今年の避暑は、必ずリグレとアーウェンを連れて鍛錬に行くからな!」
「ええ。そのお気持ちは十分に。しっかり重要決定書類をお片付けになれれば、叶わないこともございませんでしょう」
『絶対に行ってください』とは言わないところが、有能な執事たる者。
それはわかっているが──小さいアーウェンが見えないぐらいにぎっちりと警備兵たちが取り囲む様や、ひょっとしたら副隊長のルベラ・デュガ・ムーケンがまた肩車をして、敵の手の届かない位置にアーウェンを置きつつ町を練り歩く妄想をしてしまう。
「クソッ!今度こそ、私がアーウェンを抱っこするんだぁぁぁっ!!!」
それはきっと、『貴族的に育児』してしまい、あまり触れることのできなかったリグレの分までアーウェンを可愛がり倒したいという、心からのラウドの叫びだった。

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