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第一章 アーウェン幼少期
少年は過去をまたひとつ昇華する ①
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エレノアのような小さな子供ではなく、大人が泣くなんて、アーウェンには考えたこともなかった。
ログナスは大きな身体で包み込むようにアーウェンを抱きしめ、「申し訳ない」「ありがとう」と聞きづらい鼻声で繰り返しながら泣き続ける。
「……もうそろそろ、いいだろう?落ち着いたら、義息子を返してくれるかい?」
その声に頭だけ動かすと、義父が呆れながら微笑んでいた。
ログナスはズッと鼻を啜り上げながらアーウェンをもう一度ギュッと抱きしめると、優しく腕を解き、先ほどと同じ『騎士の礼』の姿勢を取る。
「失礼した。アーウェン殿には、我が部下が大変失礼な振る舞いをお許し…」
「許したのは、お前がその愚かな部下の代わりに謝ることだ」
「そっ、そうでした……えぇと……いや、愚かな部下を持った私をお許しいただき、誠にありがとうございます」
「あっ……あのっ……いえっ……」
ログナスがグッと頭を下げるのに驚き、また床に座り込んで頭を下げようとしたアーウェンを抱きかかえ、ラウドは義息子を膝の上に乗せた。
「もう今日はアーウェンはここから動いてはいけない。お風呂に入って寝るまで、父が抱っこし続けるからな!」
「と…父様……」
「うん?何だい?」
困った…というのと、恥ずかしい…の感情がないまぜになった表情で義父を見上げたが、アーウェンの目にはそれはもういい笑顔でご機嫌になっている顔が映るだけである。
そこには先ほどの怒りはまったくないように見えて、ようやくアーウェンも全身の強張りを解いた。
「……ロ、ログナスおじさん」
「ハッ!」
まるで部下のような返事をされて、アーウェンは戸惑い、ラウドは苦笑する。
この真面目な男はいつまでも変わらず、それゆえ責任の持ちどころ、処罰の沙汰を待つ姿勢、その考え方を曲げることができず、今は『罪人』として次の言葉を待っているのだとわかるが、どちらにしろターランド伯爵義親子としては、ログナスをどうこうしようと気はない。
「……と…父様……」
アーウェンとしては「もういいよ」と言ったのだから、本当に元に戻って欲しい。
なのに、ログナスおじさんは動こうとしてくれない。
困った。
ラウドはそうして自分と旧友を交互に見る義息子にどう答えようかと少しだけ考えたが、ふと根本的な問題を思い出し、ログナスに尋ねる。
「ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン!」
注意を引くために、あえて敬称はつけない。
「はっ……」
「お前のその『心当たり』は、本当にアーウェンに会ったのか?」
「ハッ……はっ?そ、そう…でした……」
そうなのだ。
この町にいるはずの『男爵領に行ったことのある男』は、サウラス男爵領の村とははっきり言っておらず、『揶揄った子供』が何歳で男児か女児かも話してはいない。
──もっとも幼児であっても、特に女児を蹴ったり殴ったりなどしたら、たとえその子が平民だったとしても国を護る兵としてはその資質に大きな問題があるとみなされるだろう。
「……これはどうしても『その男』に話を聞かんといかんだろうな……まだこの村で警護団や私兵として雇われているのか?」
「はい……いいえ、その……正規の兵というわけではなく、この町で災害などが起こった際に集まる自警団の者だったはず」
「見つけ次第、私からも話が聞きたい」
「必ず!アーウェン殿、ターランド伯爵閣下。本日はこれにて失礼いたします」
「分かった。本来ならアーウェンの体調が良ければ明日にでも発とうと思ったのだが……もう少しここで厄介になろう」
「ありがとうございます!」
ロフェナがさりげなく渡した熱めの湯で濡らした手拭いを受け取って、涙などで汚れた顔を拭いたログナスは決意を込めた顔で一礼し、キビキビとした足取りで面会していた部屋を出た。
ログナスは大きな身体で包み込むようにアーウェンを抱きしめ、「申し訳ない」「ありがとう」と聞きづらい鼻声で繰り返しながら泣き続ける。
「……もうそろそろ、いいだろう?落ち着いたら、義息子を返してくれるかい?」
その声に頭だけ動かすと、義父が呆れながら微笑んでいた。
ログナスはズッと鼻を啜り上げながらアーウェンをもう一度ギュッと抱きしめると、優しく腕を解き、先ほどと同じ『騎士の礼』の姿勢を取る。
「失礼した。アーウェン殿には、我が部下が大変失礼な振る舞いをお許し…」
「許したのは、お前がその愚かな部下の代わりに謝ることだ」
「そっ、そうでした……えぇと……いや、愚かな部下を持った私をお許しいただき、誠にありがとうございます」
「あっ……あのっ……いえっ……」
ログナスがグッと頭を下げるのに驚き、また床に座り込んで頭を下げようとしたアーウェンを抱きかかえ、ラウドは義息子を膝の上に乗せた。
「もう今日はアーウェンはここから動いてはいけない。お風呂に入って寝るまで、父が抱っこし続けるからな!」
「と…父様……」
「うん?何だい?」
困った…というのと、恥ずかしい…の感情がないまぜになった表情で義父を見上げたが、アーウェンの目にはそれはもういい笑顔でご機嫌になっている顔が映るだけである。
そこには先ほどの怒りはまったくないように見えて、ようやくアーウェンも全身の強張りを解いた。
「……ロ、ログナスおじさん」
「ハッ!」
まるで部下のような返事をされて、アーウェンは戸惑い、ラウドは苦笑する。
この真面目な男はいつまでも変わらず、それゆえ責任の持ちどころ、処罰の沙汰を待つ姿勢、その考え方を曲げることができず、今は『罪人』として次の言葉を待っているのだとわかるが、どちらにしろターランド伯爵義親子としては、ログナスをどうこうしようと気はない。
「……と…父様……」
アーウェンとしては「もういいよ」と言ったのだから、本当に元に戻って欲しい。
なのに、ログナスおじさんは動こうとしてくれない。
困った。
ラウドはそうして自分と旧友を交互に見る義息子にどう答えようかと少しだけ考えたが、ふと根本的な問題を思い出し、ログナスに尋ねる。
「ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン!」
注意を引くために、あえて敬称はつけない。
「はっ……」
「お前のその『心当たり』は、本当にアーウェンに会ったのか?」
「ハッ……はっ?そ、そう…でした……」
そうなのだ。
この町にいるはずの『男爵領に行ったことのある男』は、サウラス男爵領の村とははっきり言っておらず、『揶揄った子供』が何歳で男児か女児かも話してはいない。
──もっとも幼児であっても、特に女児を蹴ったり殴ったりなどしたら、たとえその子が平民だったとしても国を護る兵としてはその資質に大きな問題があるとみなされるだろう。
「……これはどうしても『その男』に話を聞かんといかんだろうな……まだこの村で警護団や私兵として雇われているのか?」
「はい……いいえ、その……正規の兵というわけではなく、この町で災害などが起こった際に集まる自警団の者だったはず」
「見つけ次第、私からも話が聞きたい」
「必ず!アーウェン殿、ターランド伯爵閣下。本日はこれにて失礼いたします」
「分かった。本来ならアーウェンの体調が良ければ明日にでも発とうと思ったのだが……もう少しここで厄介になろう」
「ありがとうございます!」
ロフェナがさりげなく渡した熱めの湯で濡らした手拭いを受け取って、涙などで汚れた顔を拭いたログナスは決意を込めた顔で一礼し、キビキビとした足取りで面会していた部屋を出た。
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