その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第二章 アーウェン少年期 領地編

伯爵夫妻は子供たちと休暇を楽しむ ①

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いつもより少し食べ過ぎた夕食から少し時間が経った後に、義母が手ずから飲ませてくれた胃薬と、ご褒美のアイスハーブティーのおかげでアーウェンの体調は崩れることがなく、体温の高いエレノアと一緒に寝たせいかいつもより遅い目覚めだった。
そのせいか頭がいつもより重く、何もかもボンヤリとしている。
「今日一日ぐらいお休みをしてもいいのよ。我が家にいる兵たちも必ず交代でお休みをしているの。なのにアーウェンはずっと彼らと一緒に訓練場にいるでしょう?ずっと人がいるから、誰も休んでいないように見えたのね……ギリーには気を付けるように言いましょう。カラ、あなたも本日は休みなさい」
「え……あ、あの……」
義母の言葉に、アーウェンが食べようと持ち上げたスプーンからスクランブルエッグが落ちた。
使用人たちと共にではなく、主人たちと同じテーブルに着くようにと命じられていたカラも、似たり寄ったりでピシリと固まっている。
「あ、あの……奥様……?」
「せっかく王都から出たというのに、カラはこの領都を見ていないでしょう?ロフェナ、今日はあなたも一緒に出掛けなさい。こちらに帰ってくることはあまりないのだから、この際によく見ておくのもよいでしょう」
さすがに問い返すことはなかったが、リグレの後ろで控えていたロフェナは軽く目を瞠った。
だがヴィーシャムが次々と言い出すことにラウドはまったく口出しをせず、さらにはエレノアの乳母であるラリティスにも休暇を言い渡し、家庭教師のクレファーも両親と妹がこの街で落ち着いたかどうかを見に行くようにと手配される。

残ったのはいつもそばにいる者ではなく、この領都の城を守っている家令代理のギンダーを中心とした上級使用人たちだった。
要は到着してからもほぼ休みのなかった王都組の上級使用人たちを労わる日として、そして『家族水入らず』の団欒時間を過ごそうと、ターランド伯爵夫妻が考えたのである。
当然のごとくリグレの訓練も強制的に休みとされ、こっそり義弟より鍛えることも阻止されてしまった。
「そういえばこちらで私が目を通さねばならない書類などにかかりっきりで、リグレどころか、アーウェンやエレノアと一緒にのんびりと過ごすこともなかったな」
「ええ、そうですわ。ですから、本来ならばそのも書斎に置いてきていただけたらよろしかったのですけども」
「ム……い、いやそうなのだが……」
広い敷地の中、散歩道の途中に作られた四阿あずまやで涼んでいるラウドのそばには、シリーズらしく同じ装丁の本がいくつか積まれている。
実際は読み物ではなく、領都内の様々な地方からの報告書であり、戻ってからもラウドが目を通したり処理したりしている仕事だった。
それを見て仕方ないと微笑みながら、ヴィーシャムは日差しの中で転がるように走り回っている子供たちに視線をやる。
「ずいぶん丈夫になりましたわね」
「ああ……誰かに追いかけられるのに恐怖心を抱いていると聞いていたが、エレノアが相手であればもう大丈夫らしい」
「喜ばしいことですわ。リグレはまだ気をつかって、あの子たちの前を行くようですけども……ええ、本当に喜ばしいわ……」
ふたりの前に置かれるティーカップを見、次の茶を注ぐように指示していたギンダーがピクリと眉を動かし、気付かれないように顔をそっと向けてチラリと子供たちの方に見た。
天使のようにキラキラと金髪をなびかせるエレノアお嬢様と、少年特有の瑞々しさを全身に漲らせるリグレ坊ちゃまを微笑まし気に見つつ、棒のようにしか見えないアーウェン『坊ちゃま』には厳しい目を向ける。
「……昨日はリグレ坊ちゃまが若い者から勝ちを得たと、ギリー副大隊長からお聞きしましたが」
「ほう!そういえば昨日の訓練参加時のことはまだ聞いていなかったな」
「ええ。彼が報告に来たら、きっとあなたはリグレとアーウェンを連れて、どれくらい力がついたか見たいとおっしゃるでしょう?ですから、ギリーには報告書にして、明日の朝・・・・にあなたの書斎に持って行くようにと伝えましたの」
「まあ……聞いてしまったら、確かに」
「でしょう?そうしたら、せっかくのピクニックが台無しですもの」
コロコロと鈴を転がすように笑う妻の顔に手を伸ばし、ラウドは降参するように書類をテーブルに置いた。
「では、奥様が気遣ってくれたせっかくの休みだ。計画通りピクニックを楽しもうか」
「あら…気が変わってくださって嬉しいわ」
「こんな可愛らしい意地悪をされてはね……ギンダー、書類は書斎に戻しておいてくれ」
「……畏まりました」
スッと妻をエスコートし、ラウドは子供たちの方へと四阿を出る。
飲みかけのティーカップや手つかずの茶菓子が素早く片付けられ、厨房自慢の軽食が詰められた大きなバスケットをそれぞれ持ったメイドたちが、慎まやかに少し距離を置いて主人たちの後に続いた。


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