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第二章 アーウェン少年期 領地編
少年は「嫌だったこと」を咀嚼する ①
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その後からアーウェンは『耳を澄ます』というと目を瞑るようになってしまったのだが──それはエレノアがスキップを覚えるのと同じような過程だろう。
そのうち気配を探るのと同じように自然にできるはずだ。
だがようやくアーウェンは川の音を聞き分けられるようにはなったが、実物を目にするまでは「葉っぱが揺れるのとは違う音がする」ぐらいの認識でしかない。
だから本物の『川』を見た時のアーウェンの驚きようと言ったら、ラウドが計画していたような『歓喜』とはならず、ただ『水というものが動いている』その様に立ち竦んでしまった。
「……父上。あの……アーウェンの、その報告書で見たのですが……アーウェンは、あの実家を出たことがない……でも、その、サウラス男爵が下賜された領村を訪れたことがあると言うことでしたが……」
「うむ……いや、あの村はそんなに治水管理をできるほどの領税が上がる場所ではないのだ。だから別の家にあの領村に流れ込む支流も含めて管理させている。訓練のために滞在する者たちも……」
いや──そうだろうか。
森があった、と言った。
どこかに水源があったはずだ。
アーウェンはそこに近付かなかったのか、近付けられなかったのか、近付いたが忘れたのか。
「……恐怖を与えられたことが、あった……?」
だとすれば、あまり川に近付けるのは恐怖心や嫌な記憶を呼び起こすかもしれない。
「ふむ……今日はとりあえず、見るだけにしようか」
「はい」
急に表情が硬くなったアーウェンを気遣う父に、リグレも同意する。
しばらくそこで待つうちに、女性陣がようやく追いついてきた。
つんのめりそうになりながら飛び跳ねるような踊るようなおかしな動きをするエレノアが、侍女と手を繋いでやってくる。
その後ろから白い日傘で日差しを避けるヴィーシャムも近付き、さらに数歩下がるようにして従者たちが続いた。
「こんなふうになりましたのね。川遊びにもいいでしょうが、もうすぐ日も傾くでしょうから、今日は見るだけでいかがかしら?」
「さすが我が妻だな。私も同じことをリグレと話していたよ」
「まあ!」
フフフと微笑みながら、ヴィーシャムはラウドが差し出してきた腕に自分の手を絡める。
「さすがに今から魚を釣るのもどうだろうね。本邸に戻る前に、ここで軽食を摂ってから戻らないかい?」
「素敵ですわね。あれが調理場ですの?いらっしゃい、アーウェン、リグレ。今度は母をエスコートしてくださらない?」
そう言って日傘を侍女に預けたヴィーシャムは少年らしい背の高さになったリグレの左腕に自分の手をかけ、空いている左手でアーウェンの右手を握って、川よりやや離れた所に建てられているログハウスを目指す。
ラウドは代わりにエレノアを引き受け、はしゃいで汗ばんでいる娘を抱き上げて同じように小屋に向かった。
普通と違うのは、食事をする場所が家の中だけでなく外にもあることだろう。
そして家の中の食事をする場所というのはそのまま調理をする厨房と一緒だというのが、とても珍しい。
「本来ならばここで釣った魚や狩った獲物を捌き、調理し、そのまま食べるのだ。つまり厨房の者が動くのを見ながら食べられるのだ」
「すごいです!父上!」
いつも綺麗に盛りつけされた料理が運ばれてきたり、給仕する者が切り分けた物を目の前に置かれるだけのリグレが興奮した顔をラウドに向ける。
同じようにエレノアも両親の顔をそれぞれ楽しそうに見るが、アーウェンはかつて暮らしていたサウラス男爵家の厨房より遥かに明るくて綺麗な調理台を見てすごいなとは思うが、『楽しい』とは何故か思えなかった。
そのうち気配を探るのと同じように自然にできるはずだ。
だがようやくアーウェンは川の音を聞き分けられるようにはなったが、実物を目にするまでは「葉っぱが揺れるのとは違う音がする」ぐらいの認識でしかない。
だから本物の『川』を見た時のアーウェンの驚きようと言ったら、ラウドが計画していたような『歓喜』とはならず、ただ『水というものが動いている』その様に立ち竦んでしまった。
「……父上。あの……アーウェンの、その報告書で見たのですが……アーウェンは、あの実家を出たことがない……でも、その、サウラス男爵が下賜された領村を訪れたことがあると言うことでしたが……」
「うむ……いや、あの村はそんなに治水管理をできるほどの領税が上がる場所ではないのだ。だから別の家にあの領村に流れ込む支流も含めて管理させている。訓練のために滞在する者たちも……」
いや──そうだろうか。
森があった、と言った。
どこかに水源があったはずだ。
アーウェンはそこに近付かなかったのか、近付けられなかったのか、近付いたが忘れたのか。
「……恐怖を与えられたことが、あった……?」
だとすれば、あまり川に近付けるのは恐怖心や嫌な記憶を呼び起こすかもしれない。
「ふむ……今日はとりあえず、見るだけにしようか」
「はい」
急に表情が硬くなったアーウェンを気遣う父に、リグレも同意する。
しばらくそこで待つうちに、女性陣がようやく追いついてきた。
つんのめりそうになりながら飛び跳ねるような踊るようなおかしな動きをするエレノアが、侍女と手を繋いでやってくる。
その後ろから白い日傘で日差しを避けるヴィーシャムも近付き、さらに数歩下がるようにして従者たちが続いた。
「こんなふうになりましたのね。川遊びにもいいでしょうが、もうすぐ日も傾くでしょうから、今日は見るだけでいかがかしら?」
「さすが我が妻だな。私も同じことをリグレと話していたよ」
「まあ!」
フフフと微笑みながら、ヴィーシャムはラウドが差し出してきた腕に自分の手を絡める。
「さすがに今から魚を釣るのもどうだろうね。本邸に戻る前に、ここで軽食を摂ってから戻らないかい?」
「素敵ですわね。あれが調理場ですの?いらっしゃい、アーウェン、リグレ。今度は母をエスコートしてくださらない?」
そう言って日傘を侍女に預けたヴィーシャムは少年らしい背の高さになったリグレの左腕に自分の手をかけ、空いている左手でアーウェンの右手を握って、川よりやや離れた所に建てられているログハウスを目指す。
ラウドは代わりにエレノアを引き受け、はしゃいで汗ばんでいる娘を抱き上げて同じように小屋に向かった。
普通と違うのは、食事をする場所が家の中だけでなく外にもあることだろう。
そして家の中の食事をする場所というのはそのまま調理をする厨房と一緒だというのが、とても珍しい。
「本来ならばここで釣った魚や狩った獲物を捌き、調理し、そのまま食べるのだ。つまり厨房の者が動くのを見ながら食べられるのだ」
「すごいです!父上!」
いつも綺麗に盛りつけされた料理が運ばれてきたり、給仕する者が切り分けた物を目の前に置かれるだけのリグレが興奮した顔をラウドに向ける。
同じようにエレノアも両親の顔をそれぞれ楽しそうに見るが、アーウェンはかつて暮らしていたサウラス男爵家の厨房より遥かに明るくて綺麗な調理台を見てすごいなとは思うが、『楽しい』とは何故か思えなかった。
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