聖女の行進

行枝ローザ

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誰かが何かを企んでいる

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澄んだ目がジッとリミウカを見つめ続けるのがわかる。
(いっ……犬のくせにっ……なんて生意気……躾を知らないの?だいたい、館の中で連れ歩くなんて……)
確かに『犬』ならば、猟犬として、番犬として、馬小屋か門番小屋にいるのが当然だ。
異国では室内で飼えるようにと赤ん坊のように小さく品種改良された小型犬がいると聞いたことはあるが、ダーウィネット属王国では用途不明だとしてまったく浸透していない。
なのに、なぜか王族の者が率先してその異国の風習を取り入れているとは──
(とんだ裏切り者じゃないの、第二王子のくせに……愛国心の欠片もないのかしら?)
仔犬というにはやや大きいその白い犬がなぜ自分の前で足を止めたのかわからずに慄いていたはずが、汚い足・・・で傍若無人に歩き回るままにさせているヴィヴィニーア王子の常識の無さに対して、リミウカはだんだんと怒りを募らせていった。

ロメリアには大聖女として聖魔法を使えたり、神々と話したりと常人とは異なる力を有するが、残念ながら成長しきっていない聖獣を含む『動物』や植物と会話することはできない。
できないけれど──
「王妃様。その方とお話させていただきたいのですが?」
「え?ええ。いいですよ。同席した方がいいかしら?」
「……どうです?同席していただいた方がよろしい?」
リミウカの顔色はどんどん悪くなり、ゼェゼェと息が荒くなっていく。
いったい大聖女様は、どんな顔で自分を見ているのだろう──
気持ち悪い、と自覚した瞬間に、リミウカは顔を伏せたまま床に倒れ込んだ。


医務局に運ばれたリミウカに対面を申し込んできたのは、王妃の侍女たちではなく、台所などで親しくしていた下女たち・・・・・・・・・・・だと聞いて、ヴィヴィニーアは眉を寄せた。
「……なぜ母上の侍女が、下女たちと親しい?」
「話したくないかもしれませんねぇ」
あまり興味がなさそうに、ロメリアはホムラが新たに持ってきたゼリー菓子を摘まんで、ゆっくりと咀嚼する。

実際、興味はない。

デュークがあの侍女の持つ『何か』にすごく興味を示した。
しかもとても期待した様子で。
「あの仔の好物に関する物でしょう、きっと。とても中毒性のある」
「中毒……?」
「あの黒いモヤモヤの素でしょう」
ヒュッとヴィヴィニーアが息を吸い込む。
「黒い……毒……か?」
「楽しみですねぇ」
ホムラがふたりのカップに新しい紅茶を淹れて、にっこりと笑った。
「デューク様を害する輩など、手足を折られ、鼻を削がれるがよいのです」
「そ、それは……」
しょっちゅうロメリアに突っかかっては大怪我を負わされ、回復させられているというのに、ヴィヴィニーアは若い女性が拷問されるかもしれない可能性に青褪める。
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