聖女の行進

行枝ローザ

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何がどうしてこのような場所

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ヴィヴィニーア殿下は戸惑っていた。

確かに──大聖女様に『命じられて』、彼女の居室がある『大聖殿』まで送り届けはしたが。
「……どうして僕はここにいるんだろう?」
「は?送ってきたからに決まっているでしょう?」
腕を取られるでもなく、王子の身でありながら従者の如くロメリアの後をついて王宮と大神殿を結ぶ最低限の灯りしか灯っていない廊下を渡ったが、当の本人は付いてくることを疑わないかのように後ろを振り返ることなく、足取りも確かに歩き続けた。
明るいうちならともかく、王都の庶民たちが住まう区域の裏路地のように薄暗い神殿関係者専用の廊下など、いくつか角を曲がったら方角がわからなくなってしまう。

そうして内心ビクビクしながらついていった先は──ロメリアの寝所だった。

「だから!どうして僕がこんな夜遅くに、婦女子の部屋に連れ込まれているのかと聞いているんだ!!」
「あのまま自分の宮に戻り、あの破廉恥な下着女の侵入をお待ちになりたかった?」
「そんなわけあるかっ!!」
婚約者の部屋とはいえ、夜もだいぶ更けてきているの思わず大声で叫んでしまい。ヴィヴィニーアはハッと口を押さえた。
ロメリアの傍には侍女であるホムラが控え、出入り口は大きく扉が開かれた外側には専属従者となったディーベルト・ギャラウ・ドルントが控えているとはいえ、王子側に従者も護衛もいないでは示しがつかない。
「……大丈夫ですよ。また以前のようにあなたがいない時にデュークに何かあってはいけませんから、私がここでお預かりしています。この子を連れて帰れば誰も文句は言いませんし、今この神殿のこちら側には、神官は一人もおりませんから」
「え……?」
それはあまり聞き逃してはいけない情報だった。
「………つまり、ロメリアは、いつからここにひとりで……?」
「『今日は』ということでしたら、めったにない人前での『婚姻の儀』の後の祝宴の前から、ですわね」
「今日…以外、では……?」
「……祝宴の前・・・・から、ですわ」
何となく言いたくなさそうにロメリアは呟くと、ヴィヴィニーアの視線を避けるように、ホムラにお茶を淹れるようにと頼んだ。

要約すると──
大神殿へ『大聖女になるための大禊』として入った時は『修行中だから』
大聖女としての経験を積むためと言われて、めったにヴィヴィニーアに会えずに毎朝毎晩、そしてお昼頃に大神殿の祈祷所でいろいろな人に見守られて『聖なる祈りをささげた後』から
ここ数年、ヴィヴィニーアが画策してロメリアを大神殿から遠い地へ足を運ばざるを得ないようにするとき以外の、『様々な祝福を授けた後』から
大神官だけでなくすべての神官は『祝宴』に参加し、神殿近衛兵たちも特別休暇をもらい。
「……ロメリアだけ、この部屋で『休息』を」
「ホムラがずっと一緒にいてくれましたから、ひとりではありませんわ」
「でもっ……」
いつも、いつも、ヴィヴィニーアは『ひとり』だった。
父王の即位祭も、兄の婚姻式も、貴族だけでなく神官たちもいた『第二王子の誕生祝宴』も、十歳になってから『王族の義務』と言われて参加した毎年令嬢たちが初めて参加するレビュタントの時も。
そして今日の『王太子妃ご出産の祝宴』にも──
そしてそれは『仕方のないこと』だと思っていた。
そう言い聞かせられていたから。
「……お前は『大聖女』だから、ああいった華やかな場所に『婚約者』として連れて出ることはいけないと言われていたんだ……穢れるから…って……」
「何と失礼な。そんなことを言っていたら、五歳まで過ごした伯爵領地でお父様たちが催してくださった私の誕生祝宴や、リーニャお姉様がお友達を連れて来てくださった『ご婚約を祝うお茶会』で穢れまくりでしょうが!」
「……だよな」
ヴィヴィニーアが聞かされていたロメリアを連れ出せない理由と、ロメリアが大神殿を出ないように人払いをさせられていた理由。
何となくわかりたいような、わかりたくないような。

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