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無礼者にかける情けは無しってことで

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どこの国にでも上昇志向の高い者はいる。
だがそれ以上を望まず、望む必要のない者もいる。
王女の周りに残ったのは前者で、立ち上がったのは後者だった。

「いや、まことにそなたは美しい」
「…………同じことしか言えぬ口など、何の役に立つのです?いいかげん大公にふさわしい、品のある話題でもお話しされてはいかが?」
「いやいやいや!何を言うのか……そなたの美しさを前にしては、どんな『品のある言葉』でもその美しさを表現はできまっ!」
「キャァッ!!」
バチィッと激しい音がしてマレク・デミアン大公の腕が大きく弾かれると、その勢いで椅子ごと隣の女性へと倒れ掛かった。
ひとりで立ち上がることもできないのかそのご令嬢はとっさに自分の顔と髪を庇うような仕草はしてみせたものの、頑丈な椅子と大男が倒れ込んでくるのを避けようともしないのをロメリアは興味もなさそうに眺めていたが、大神殿で使う大聖杖を完全に模したミニチュアの杖をそっと袖から滑り出してその細い身体を椅子ごとふわりとテーブルから引き離す。
当然大公が倒れ込んだのは誰もいない空間で、頭を床に、背中や腰はかなりな衝撃を受けても壊れる様子のない頑丈過ぎる椅子の背に、そして為す術なく放り出された両足は豪奢な飾り細工を施してさらに金メッキで強度を上げた椅子の脚に激しく打ち付けて悶絶した。
「……まったく。たとえ他国の者とはいえ、神聖な大聖女様のお身体に触れようなどと失礼千万。しかも何か下心をお持ちと見えますが」
「グガァッ………」
痛みに「グエェェェッ!」だとか「イデェェェェェッ!!」だとか見苦しい喚き声を上げていた大公の耳に冷たい声が降り注ぐと、視線が定まらないままロメリアの方へと頭を動かした。
ロメリアに対して劣情や危害を加えるつもりで触ろうとした人間を弾き飛ばすための結界が発動したことに対してホムラはそう言い、対応が倒れ込む衝撃で乱れた主人の髪を手早く指だけで直す。
もちろん害意は一切ないため結界が働くことはなく、見えない埃を払ったりスカートの襞を直してみせるのは、ロメリアの肩に手を置こうとした瞬間に盛大に拒否された大公に見せつけるためだった。
「……癒してやらなくていいのか?」
「迎えが遅すぎます。わたくしよりも食事の方が魅力的でしたか?」
「いや。こっちもこっちで面倒で……」
「そうですか。まあいいです。今回はちゃんと来たことに免じて、あちらの席ごと吹っ飛ばすのは止めておきますから」
「飛ばす?!吹っ飛ばす?!僕ごと?!」
「当然でしょう?妻や婚約者を放置して、何でも自分の思い通りになることしか知らない小綺麗な少女のそばに侍る輩など、何の配慮がいるんです?」
「あっ……は、はい……」
椅子を引かれて立ち上がったロメリアがニッコリと笑うと、ヴィヴィニーアはひと回り身が縮んだ気がした。


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