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第五章 山へ
決行
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ルウアは、まだ朝の暗いうちから寝床を出ると、腰のベルトにロープとナイフを結わえて、身支度をした。母もフレアもまだ誰も起きてこない。
石でできたお守りを首から下げると、足首より長い山用の靴を履いた。
このお守りは、代々家を守るとされ、ルウアが生まれたときに石に刻み印を入れた守りだった。
音を立てぬように雨戸をあけると、朝日がもうそこまできていた。
台風がさった晴れ間がさし、青空が開けていた。
ルウアは、昨晩の決意がしぼまぬよう、そして誰にも邪魔されぬようにと、足早に丘を目指した。
朝日が山から昇ってくるのがわかる。橙色の明るい日差しがもうすぐ、そこだ。
雨上がりの大地の匂いをかぎながら、丘の上へ一気に駆け上がると、翼に力を入れた。肩甲骨が空へ引っ張られる。大地を蹴り上げると、足が地面を離れた。
湿った朝露の地上を離れ、ぐいぐいと朝日が昇る山の方へと翼を仰いでいった。空からみる景色は、いつぞやぶりだろう。でも、翼はまだ飛び方を覚えていた。
ルウアは、若いエネルギーを一気に跳躍へと向けると、太陽の光を全身に浴びながら飛んだ。
昨日みた赤い色の空が照っていたところまでを、目指してルウアの気持ちは、高まり続けていた。
※※※
フレアは、寝床からゆったり起き上がると、長い金色の髪を片側に結った。隣では母が眠っている。
黙って、じっとドアの方へ目をやりながら、家にいない弟の無事を祈った。
昨日外から帰ってきた弟を一目みるなり、フレアの心臓は高鳴った。
彼が感じていることを、自分もどうしても感じてしまう。
朝、音を立てずにでていく弟を、寝床を離れず心の中で見送った。
彼が、かきたてられるものを、止めることはできないのだと心のどこかでわかっていた。しきたりや、掟のことは知ってはいたが、もし彼がそのことで咎められることがあったとするなら、自分も彼を説得し、一緒に罰を受けてもいいとさえ思った。
弟の翼が夜明けの空を飛んでいるのを感じる今、フレアの中にもまた小さな夜明けが迫っていた。
明るい何かの兆しが、フレアの中に広がりつつあるのを感じていた。
※※※
ルウアの翼は、ぐいぐい空を駆けていった。通常の大人の翼であれば、これほどの飛距離を飛ぶことができない。長い地上での生活の中で、彼らの中には、翼がを使うという文化が退化の一途をたどっていた。
飛ぶことはできても、筋力が持たなかったり、バランスを保つことが難しい。
ルウアや、友人たちが、丘の上でよく飛ぶ遊びをしていなかったら、これほどまでに長く翼を使うことはできなかったかもしれない。
そして、それだけでなく、彼が山へ焦がれる気持ちが翼に力を入れていたことは違いなかった。
ルウアは、山の男たちがいる場所より、離れた場所へ向かった。彼らに見つかったり、里の者の目が届くところは避けたかったからだ。
ただ、一心に、山で何かが起こっている気配と、高ぶる気持ちだけで跳躍していた。
山の門を過ぎて、眼下は森が広がっている。
一面緑の上を過ぎ、遠くにパックリと緑が切れている場所が見えてきた。
岩山か何かだろう。
あそこで一休みしよう。
眼下に緑がなくなる頃になって、そこは大きな水場だとわかった。
ルウアは、水場の全貌が見えるにしたがって、そこは、森に囲まれた湖だとわかった。
その湖のほとりの一角に、湖畔を囲むようにして人が集まっているのが見えた。どうやら野営をしているようだった。ルウアは、山の禁を破ってここに入っている手前、人に会うことは避けたかったが、彼らが纏っている服は、みたことがなく、近隣の種族ではないと思った。背に翼もなかったので、話を聞いてみることにした。
ルウアが、空から降りてくると、彼らの数人がそれに気づいて驚いた。彼らは、独特の羽織を纏っていた。皮でできた茶色地に、みたこともない刺繍が施してある。
ルウアは、地面に降りたつと翼を閉まった。しかし、これほどの長い距離を飛んでいたことはなかったので、肩甲骨のあたりに痛みが走り、少し痙攣している。背中の感覚がなく、翼をいつものようにたたむことはできなかった。
ルウアに気づいた人々の中で、長の存在であろう人がゆっくりと近づいてきた。自分に敵対心を持っているようには感じない。穏やかな物腰と笑みで、こちらにやってくると、丁寧におじぎをした。
「私は、ラシュタールの長をやっているオガといいます。あなたはウリッジの方ですね」
ルウアは、自分にある翼によって、出所を割れてしまうことがこそばゆく感じたが、静かにうなづいた。
「私は、ルウア。ラシュタールの方々がここで何をしているのですか?」
自分こそ、ここで何をしていると聞かれれば答えようもないが、彼らの野営の様子が、まるで夜逃げでもしてきたのかというほどに、各々が家財道具を荷車にのせ、皆でまとまって食事を取っていることに、異常さを感じたからだった。
「はい。きっと可笑しなものたちだと映ったでしょうね。みての通り、私たちは、逃げてきたのです。家財道具も取るものもとりあえず必要なものだけを持ち、村の皆でここまでやってきました」
「逃げてきた?いったい、何から逃げてきたのですか?」
すると、オガは静かな湖畔のような目で話し始めた。
石でできたお守りを首から下げると、足首より長い山用の靴を履いた。
このお守りは、代々家を守るとされ、ルウアが生まれたときに石に刻み印を入れた守りだった。
音を立てぬように雨戸をあけると、朝日がもうそこまできていた。
台風がさった晴れ間がさし、青空が開けていた。
ルウアは、昨晩の決意がしぼまぬよう、そして誰にも邪魔されぬようにと、足早に丘を目指した。
朝日が山から昇ってくるのがわかる。橙色の明るい日差しがもうすぐ、そこだ。
雨上がりの大地の匂いをかぎながら、丘の上へ一気に駆け上がると、翼に力を入れた。肩甲骨が空へ引っ張られる。大地を蹴り上げると、足が地面を離れた。
湿った朝露の地上を離れ、ぐいぐいと朝日が昇る山の方へと翼を仰いでいった。空からみる景色は、いつぞやぶりだろう。でも、翼はまだ飛び方を覚えていた。
ルウアは、若いエネルギーを一気に跳躍へと向けると、太陽の光を全身に浴びながら飛んだ。
昨日みた赤い色の空が照っていたところまでを、目指してルウアの気持ちは、高まり続けていた。
※※※
フレアは、寝床からゆったり起き上がると、長い金色の髪を片側に結った。隣では母が眠っている。
黙って、じっとドアの方へ目をやりながら、家にいない弟の無事を祈った。
昨日外から帰ってきた弟を一目みるなり、フレアの心臓は高鳴った。
彼が感じていることを、自分もどうしても感じてしまう。
朝、音を立てずにでていく弟を、寝床を離れず心の中で見送った。
彼が、かきたてられるものを、止めることはできないのだと心のどこかでわかっていた。しきたりや、掟のことは知ってはいたが、もし彼がそのことで咎められることがあったとするなら、自分も彼を説得し、一緒に罰を受けてもいいとさえ思った。
弟の翼が夜明けの空を飛んでいるのを感じる今、フレアの中にもまた小さな夜明けが迫っていた。
明るい何かの兆しが、フレアの中に広がりつつあるのを感じていた。
※※※
ルウアの翼は、ぐいぐい空を駆けていった。通常の大人の翼であれば、これほどの飛距離を飛ぶことができない。長い地上での生活の中で、彼らの中には、翼がを使うという文化が退化の一途をたどっていた。
飛ぶことはできても、筋力が持たなかったり、バランスを保つことが難しい。
ルウアや、友人たちが、丘の上でよく飛ぶ遊びをしていなかったら、これほどまでに長く翼を使うことはできなかったかもしれない。
そして、それだけでなく、彼が山へ焦がれる気持ちが翼に力を入れていたことは違いなかった。
ルウアは、山の男たちがいる場所より、離れた場所へ向かった。彼らに見つかったり、里の者の目が届くところは避けたかったからだ。
ただ、一心に、山で何かが起こっている気配と、高ぶる気持ちだけで跳躍していた。
山の門を過ぎて、眼下は森が広がっている。
一面緑の上を過ぎ、遠くにパックリと緑が切れている場所が見えてきた。
岩山か何かだろう。
あそこで一休みしよう。
眼下に緑がなくなる頃になって、そこは大きな水場だとわかった。
ルウアは、水場の全貌が見えるにしたがって、そこは、森に囲まれた湖だとわかった。
その湖のほとりの一角に、湖畔を囲むようにして人が集まっているのが見えた。どうやら野営をしているようだった。ルウアは、山の禁を破ってここに入っている手前、人に会うことは避けたかったが、彼らが纏っている服は、みたことがなく、近隣の種族ではないと思った。背に翼もなかったので、話を聞いてみることにした。
ルウアが、空から降りてくると、彼らの数人がそれに気づいて驚いた。彼らは、独特の羽織を纏っていた。皮でできた茶色地に、みたこともない刺繍が施してある。
ルウアは、地面に降りたつと翼を閉まった。しかし、これほどの長い距離を飛んでいたことはなかったので、肩甲骨のあたりに痛みが走り、少し痙攣している。背中の感覚がなく、翼をいつものようにたたむことはできなかった。
ルウアに気づいた人々の中で、長の存在であろう人がゆっくりと近づいてきた。自分に敵対心を持っているようには感じない。穏やかな物腰と笑みで、こちらにやってくると、丁寧におじぎをした。
「私は、ラシュタールの長をやっているオガといいます。あなたはウリッジの方ですね」
ルウアは、自分にある翼によって、出所を割れてしまうことがこそばゆく感じたが、静かにうなづいた。
「私は、ルウア。ラシュタールの方々がここで何をしているのですか?」
自分こそ、ここで何をしていると聞かれれば答えようもないが、彼らの野営の様子が、まるで夜逃げでもしてきたのかというほどに、各々が家財道具を荷車にのせ、皆でまとまって食事を取っていることに、異常さを感じたからだった。
「はい。きっと可笑しなものたちだと映ったでしょうね。みての通り、私たちは、逃げてきたのです。家財道具も取るものもとりあえず必要なものだけを持ち、村の皆でここまでやってきました」
「逃げてきた?いったい、何から逃げてきたのですか?」
すると、オガは静かな湖畔のような目で話し始めた。
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