※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
21 / 84
第一章 海域

第二十話 海龍クーイク

しおりを挟む
 横列に並んだアストライア族の軍に向かって、明らかに先程よりも身体能力の向上したメルビレイの群れが突撃してくる。
 彼らの巨大さも相まって、その迫力は凄まじいものだ。

 対するは一体の海龍。父アグロムニーが呼び出した召喚獣だ。大昔に父が撃破した者であり、龍断刃の語源にもなっている。
 まあありていに言うと、父はあれの首を切断し、その死骸から眷属として召喚する魔法を作り出したのだ。

 サイズは通常のメルビレイの三倍ほどもあり、たった一体であっても彼ら全てを相手できそうな頼もしさがある。
 翼はなく、東洋風の蛇を主軸とした龍の姿をしている。

「父の召喚獣クーイク。初めて見ましたが、威圧感がすごいですね。味方だから良いですけど、あの牙をひとたびこちらに向けたらと思うと気が気ではないです」

「そうだな。私も共に戦ったことがあるが、まるでアグが二人いるかのような強さだぞ」

 大英雄アグロムニーが二人。全タイタンロブスターの中でも随一の実力を持つ彼が二人いれば、まさに向かうところ敵なしだろう。

「しかし遺魂の導きか。これまた面倒くさい魔法を使ってくる」

「知っているんですか師匠。てっきりメルビレイ特有の魔法かと」

「ああ、ニーがそう思うのも無理はない。群体魔法を使えるタイタンロブスターはかなり少ないからな。群体魔法はそもそも、魔法的にかなり近しい性質を持つ者同士でなければ使えない。その点、タイタンロブスターは個々人によって魔法的性質が大きく異なる。だから誰も使おうとはしないのだ」

 なるほど、群体魔法か。未だに俺が知らない魔法は多い。
 アストライア族の戦士は基本的に水や土などの、いわゆる属性魔法しか使わない。父のような召喚系魔法もあまり使われないのだ。

 そういった特殊な魔法は俺も良く分かっていない。強いて言うなら、最近出番が全然ない空間系魔法くらいか。

「群体魔法、遺魂の導きは、群れの大部分の壊滅と術師の死亡を条件として発動する。残った群れ全員の身体能力を飛躍的に向上させ、さらに継続的な再生魔法を付与する。しかも個人同士の意志疎通を簡便化し、集団行動を円滑にできる。言語を用いるよりも遥かに効率的な意志疎通が可能だそうだ」

 ……なんて強力な魔法なんだ。条件はかなり厳しいが、軍としてこれ以上の効果を持つ魔法は存在しないだろう。
 遺魂という名の通り、死者の魂を込めた魔法と言える。

「そして最も厄介なのが、その持続性だ。遺魂の導きは死した同族の魔力を再配分できる。ここにメルビレイの魔力が満ちている限り、奴らが止まることは絶対にないんだ」

 厄介すぎるだろ、遺魂の導き。こんなに強力な魔法が存在していたとは。

 この場所には今、死したメルビレイの魔力が満ちている。儚焔ではなく魔力であり、特殊な魔法を用いれば、魂臓を通さず直接体内に取り込むことができるのだ。

 本来なら放出した魔法は微生物や小さな甲殻類に分解され儚焔と化す。これを魂臓で自分たちが得意な属性の魔力に変換し、魔法を行使するのだ。

 しかしここに満ちているのは彼らの同族メルビレイの魔力であり、直接体内に取り込んでも問題なく魔法を行使できる。
 俺たちタイタンロブスターには絶対に不可能な魔法である。

 つまりこの場にメルビレイの魔力が満ちている限り奴らは無限に回復し続け、そして疲れを知らない身体能力を獲得する。
 一体ずつ撃破したところで海中の魔力が増えるだけ。むしろ奴らを強力にしてしまうのだ。

 本当に海龍クーイクだけに任せて大丈夫だろうか。父やムドラストが信頼を置く彼の実力を疑ってはいないが、これだけの物量差を覆せるものなのか。

「安心しろ、息子よ。奴は強い。我の欠点全てを補うのが、我が相棒クーイクの力。お前はそこで見ていると良い。そしてよく考えろ、お前ならどうするのか」

 なら、ここは父の言葉を信じて見守っておこう。

 そして改めて海龍クーイクを見てみる。
 これほど巨大で強力な召喚獣は他にいないだろう。しかしそれでもまだ大英雄アグロムニーには敵わない。

 全てのタイタンロブスターが目指すべき俺の父は、絶対的な強者をも掌握する真の強者なのだ。では俺が彼と同じ領域に至るにはどうすれば良いのか。
 それをこの戦いで見出さなければならない。ただ脱皮を繰り返しているだけでは、彼を超えることは絶対に出来ないのである。

 俺たちには聞こえない魔法的な力でコミュニケーションを取るメルビレイの群れ。彼らは先程のような単純な突撃とは明らかに異なる、見事な泳ぎで距離を詰めてきた。

 向上したのは身体能力だけだが、魔力が尽きないのは他の魔法にも当てはまるはず。
 彼らメルビレイはもともと強力な魔法を持つ。それらを十全に活用するため、広範囲に拡散する者と、海龍と直接戦闘するために狭い範囲に集合する者に分かれている。

 なるほどこれが遺魂の導き、意志疎通の力か。全員が自分の役割を理解し、全体に伝え合っているのが良くわかる。
 最適な役割分担をごくわずかな時間で行える、かなり強力な魔法だ。

 魔法で意志疎通を測っているのなら外部から解析が可能かと思ったが、どうにも今の俺では群体魔法に干渉できないらしい。彼らが何を伝えているのか全く読み取ることが出来なかった。

 先頭のメルビレイが海龍クーイクに到達するよりも先に、無数の水槍が彼を襲う。
 魔力に制限がなくなり出し惜しみしなくて良くなった分、先程よりもさらに魔法の密度が上昇していた。

 針の先も通さないほど密集した水槍。それらはお互いに触れあって干渉することもなく、面的な制圧力でクーイクを襲おうとしていた。まさに彼らの連携が成せる至上の魔法である。

 しかしその攻撃は、むなしくも全てが不発に終わった。
 海龍クーイクの水系対抗魔法だ。彼は水系魔法において最上位の存在であり、物量だけを揃えた半端な魔法では、対抗魔法で全て掻き消されてしまう。

 聞いていたよりも遥かに強力な召喚獣だな、海龍クーイクは。

 たとえどれほどの実力を持とうとも、あれだけ大量の魔法を一度に掻き消すのは並大抵のことではない。
 恐らくムドラストにも不可能だろう。それが可能なら、圧力砲を封じた時点で勝ちが確定していた。

 そして今度はクーイクが反撃する番。
 彼の眼中には後方の魔術師が映っていないらしく、集団で密集して近接攻撃を試みていたメルビレイに焦点を合わせる。

 硬骨を持ち、圧倒的な重量を備えたメルビレイの突進。高い知性を感じさせる連携のとれた突撃に、海龍クーイクは渾身の魔法で応えた。

 超常的なまでの圧力の嵐。原理はただの水流操作だが、加わるパワーは全くの別物である。メルビレイは前列から順に押しつぶされるか、切断されていく。

 彼らの攻撃はただの一発も海龍に到達することはなく、作業的に処理されるばかりだ。

「我は一対一の戦いならば絶対に負けないが、何分攻撃範囲が狭い。奴らが我を無視して後方まで攻め入ったとしても、即座に助けに入るのは難しいのだ。しかし奴は違う。瞬間的な攻撃力こそ我に劣るが、多対一の戦闘でアレ以上に強い者はそうおるまいて」

 父の言葉通り、彼の戦闘力は多勢を相手するのに特化している。
 確かにメルビレイの魔法を打ち消せるほど高い魔法制御能力を持っているが、彼の攻撃はとても大味で範囲が広い。魔法制御は彼の本分ではないのだ。

 圧倒的な物量を持つメルビレイに対し、クーイクは敵を殺し続けることで向こうの動きを拘束している。
 本来ならこの場にある魔力が続く限り無限に動き続けられるメルビレイだが、激しい動きを抑制されていた。

 完封。まさにその言葉がふさわしく、メルビレイたちは何もできずに殲滅されていく。魔力差も物量差も最初からなかったかのような戦い。彼には数量なんてあってないようなものなのだろう。

 ここまで圧倒的な力の差があると、誰が予想できただろう。俺が必死こいて考えていた作戦がバカみたいじゃないか。
 これほどの力を、たった一個人が持っているというのが凄まじいな。

 龍の頭も切断する大英雄アグロムニー。
 強化されたメルビレイの群れをも完封する海龍クーイク。

 この二つを、父はそのたくましい身に宿しているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...