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第二章 アストライア大陸
第七十三話 決着! VSドゥフ
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熱い。まるで太陽の中にでも入ったかの如く、この海域は熱に包まれ閃光が輝いていた。
溶岩だ。地中から噴出した溶岩が、この場に存在する大量の海水を瞬時に沸騰させているのだ。その熱量は軽く1000℃を超え、何らかの方法で熱を遮断しなければ、瞬く間に焼け落ちることは間違いない。
俺の場合は、1000℃程度の熱で死滅することのない肉体を築き上げた。
父から教わった技術も関係しているが、基本的には魔法による鍛錬である。俺の肉体はもう、熱程度で劣化することはありえない。
アーキダハラは、自信の周囲を空間魔法の集合体で覆って熱を遮断している。
感覚的には、真空空間のようなものだろう。あの魔法は、熱を絶対に通さない性質を持つ。1000℃であろうと2000℃であろうと、まったく無関係である。
そしてウチョニーは……。まあ、彼女はいつも通りだな。
彼女には、まさにタイタンロブスターを象徴するような鋼の肉体がある。熱など、魔法を使わずともまったくの無意味なのだ。俺の炎魔法も、彼女には通用しない。
皆、各々の方法でこの炎熱を防いでいる。しかし、この溶岩の中心にいるドゥフはどうか。
奴は水の精霊だ。ゆえに、水系統以外の魔法を扱うことはできない。たったひとつの例外を除いて。それも、この熱量を防げるようなものではないのだ。
俺たちの受けるそれとは桁違いの熱量、そして圧力。水中であるにも関わらず、この星が繰り出すその一撃は、俺やアーキダハラの放つどんな魔法よりも強力であった。
「奴の肉体が、数千度の炎で潰えることはない。それは、奴と一番最初に対峙したとき確認済みである。しかし、その形状を維持することはできないだろう。奴が肉体を再生成するとき、また水系の魔力を消費する。それが継続的に入るのならば……」
ドゥフには、加熱による蒸発や冷却による凍結など状態変化は通用しない。それどころか、電気分解など分子レベルで起こる反応、化学変化すらも、一部通用しないものがある。最初に出会った時、どれほど驚愕したことか。
それがある限り、奴を熱で殺すことはできない。しかし、熱線魔法は通用したのだ。奴の身体を破壊することはできなくとも、その肉体を分断することは可能であった。そして再生するとき魔力を使うことは、アーキダハラが突き止めてくれている。
溶岩による継続攻撃は、奴にその状態を維持させる強制力があるのだ。
溶岩は俺たちの魔法のように、途中で停止することがない。特にここのような、長年眠っていた溶岩だまりはそうだ。
奴はこの、星による極大の熱を受け続け、自らの肉体を再生し続けなければならない。
その手を止めたとき、奴の敗北が決定するのだ。実態を持たない精霊は、思考能力が極限まで低下する。
そも、精霊が何故人型を取っているかと言えば、脳細胞を再現するためだ。
本来精霊は魔力単一の存在として生活できるが、それでは魔獣にも負かされる。思考能力を磨かなければ、魔法飛びかうこの世界で生き抜くことは難しいのだ。
「廃滅の嵐……!」
「無駄だドゥフ、もう諦めろ! 開闢の高潮!!」
この炎熱の中、それでもドゥフは諦めていなかった。またも淡水系最強格の魔法、廃滅の嵐を放ってきたのだ。
しかし、その魔法は開闢の高潮で相殺できる。ペアーの魔力が残っているおけげで、俺はこの魔法を打ち放題だ。いくらドゥフの魔力が無尽蔵であっても、こちらが魔力不足に追い込まれることはまずありえない。
「ドゥフ、俺がこの戦いまでに、どれだけの準備をしてきたと思っている。俺は、自らの実力だけで勝利したことがない。タイタンロブスターとしては恥ずかしいことだが、いきなり戦闘を始めて勝てたことは少ないのだ。特に水中戦ではな」
アストライア族にいたころ、俺は負け続きだった。
生まれたばかりの時、一匹のペアーに敗北した。魔法を覚えたての頃、ウスカリーニェに煮え湯を飲まされた。メルビレイには歯が立たなかったし、謎の貝類にだって翻弄された。そのくらい、俺は地力が弱いのだ。ウチョニーや父アグロムニーのようにはいかない。
だからこそ、俺はこの知能を活かすと決めた。それを、師匠に教わった。
ペアーの大群を相手したときも、ウスカリーニェ用の罠を開発したときも、メルビレイ襲撃などは俺の知能が輝いた代表的な例と言えるだろう。
とにかく俺は、前もって準備をしてから戦うタイプの魔獣なのだ。
地上では、それが疎かになっていた。だから、所詮でドゥフに敗北を喫した。よくよく考えてみれば、濁流魔法マディストリームなど大したことはない。
ボンスタら暗殺集団に、プロツィリャント。夜盗蛾の大群に、果ては準精霊である獣龍ズェストルまで、地上での俺は快勝続きだったのだ。それが、俺の判断を鈍らせた最も大きな原因と言える。ありていに言えば、俺は調子に乗っていたのだ。
だからこそ、今回は一切の妥協も許さず準備に準備を重ねてきた。
メルビレイとペアーの魂臓を摘出して俺に群体魔法を無理やりねじ込み、さらに彼らの魔力をこの海域へと撒き散らす方法も夜通し考え抜いた。
じっくり時間をかけて俺の体液を海域に行き渡らせ制御権を獲得し、火属性のひっつき爆弾を大量生産して、火山活動がある場所に設置。アーキダハラの協力があっても、こんなに最高の場所を見つけ出すのは至難の業だった。
今回は複数人での作戦ということで、三人の立ち回りについても幾度と練習を繰り返した。お互いの呼吸を合わせ、同時にではなくドゥフに悟られないような動き。魔法の連携も、事前に把握していなければ誰かが巻き込まれていただろう。
「普段から鍛錬はしていても、立地から選ぶことのできた俺たちの方が、一歩上手だったな。どこでも戦えるように、ではなく、相手を強制的に自分の有利な場所まで移動させる方法を導き出すのが、これからの戦いの常識となるだろう」
空間系魔法の登場によって、俺たちの常識は一変した。
ドゥフやアグロムニーは、どんな場所であろうとも戦うことができる。そのための訓練をしていた。
しかし今となれば、俺のように最高の条件を作り出し、相手をそこまで移動させれば良いんだ。それができればこの通り、相手に何の抵抗もさせずタコ殴りにすることができる。己が身を鍛える訓練など、時代錯誤も甚だしい。ついに魔獣も、頭を磨く時代が来たのだ。
「貴様らのような連中に、俺の偉大さの何が分かる。これまで遊牧民族を指導し、ここまで勢力を拡大させたのは俺の功績ではないか。遊牧民族は、おかげで良い生活をできている。敗北した国が搾取されるのは、戦争として当然の在り方だろう!」
「お前への恨みつらみはいくらでも出てくる。直接的な被害も間接的な被害も、その全てを俺たちは見て、教えてもらった。しかし、今俺の中にある感情はただひとつ! お前あの死をもって、この戦いを終わらせる。チェックメイトだ、ヴァダパーダ=ドゥフ!」
炎と水の拘束。溶岩吹きすさぶ海域の中、ドゥフは文字通り手も足も出せないでいた。
そこへ、空間魔法で己を保護した状態のアーキダハラが、手を突っ込んでいく。
溶岩の中に空いたわずかな穴にドゥフが肉体をねじ込ませるが、アーキダハラに触れた瞬間彼の肉体は溶けて消えてしまった。
「吸魔魔法。森の大精霊ロンジェグイダ様より賜ったこの魔法で、貴様の悪逆非道に終止符を打つ! 安心しろ、遊牧民族は俺の同郷だ。悪いようにはしない。これからは、俺が彼らを指導し正しい世へと歩みを進める」
「……アーキダハラ、最初の友よ。若輩ながら精霊としてあらゆる才能を持っていたお前を、俺はひそかに妬んでいたぞ。……決して道を踏み違えぬよう」
最期の言葉を残して、ドゥフは完全に消滅した。
廃滅の嵐数発に、肉体の再生。それまでの戦闘で使った魔法や、ペアーを掃討したものなど、既に奴の魔力は限界付近だったのだ。
ドゥフの死は、水の精霊は、死体も残さず儚い焔となって消えゆく……。
全ては、一匹の蜉蝣が持ち込んだ出来事。
溶岩だ。地中から噴出した溶岩が、この場に存在する大量の海水を瞬時に沸騰させているのだ。その熱量は軽く1000℃を超え、何らかの方法で熱を遮断しなければ、瞬く間に焼け落ちることは間違いない。
俺の場合は、1000℃程度の熱で死滅することのない肉体を築き上げた。
父から教わった技術も関係しているが、基本的には魔法による鍛錬である。俺の肉体はもう、熱程度で劣化することはありえない。
アーキダハラは、自信の周囲を空間魔法の集合体で覆って熱を遮断している。
感覚的には、真空空間のようなものだろう。あの魔法は、熱を絶対に通さない性質を持つ。1000℃であろうと2000℃であろうと、まったく無関係である。
そしてウチョニーは……。まあ、彼女はいつも通りだな。
彼女には、まさにタイタンロブスターを象徴するような鋼の肉体がある。熱など、魔法を使わずともまったくの無意味なのだ。俺の炎魔法も、彼女には通用しない。
皆、各々の方法でこの炎熱を防いでいる。しかし、この溶岩の中心にいるドゥフはどうか。
奴は水の精霊だ。ゆえに、水系統以外の魔法を扱うことはできない。たったひとつの例外を除いて。それも、この熱量を防げるようなものではないのだ。
俺たちの受けるそれとは桁違いの熱量、そして圧力。水中であるにも関わらず、この星が繰り出すその一撃は、俺やアーキダハラの放つどんな魔法よりも強力であった。
「奴の肉体が、数千度の炎で潰えることはない。それは、奴と一番最初に対峙したとき確認済みである。しかし、その形状を維持することはできないだろう。奴が肉体を再生成するとき、また水系の魔力を消費する。それが継続的に入るのならば……」
ドゥフには、加熱による蒸発や冷却による凍結など状態変化は通用しない。それどころか、電気分解など分子レベルで起こる反応、化学変化すらも、一部通用しないものがある。最初に出会った時、どれほど驚愕したことか。
それがある限り、奴を熱で殺すことはできない。しかし、熱線魔法は通用したのだ。奴の身体を破壊することはできなくとも、その肉体を分断することは可能であった。そして再生するとき魔力を使うことは、アーキダハラが突き止めてくれている。
溶岩による継続攻撃は、奴にその状態を維持させる強制力があるのだ。
溶岩は俺たちの魔法のように、途中で停止することがない。特にここのような、長年眠っていた溶岩だまりはそうだ。
奴はこの、星による極大の熱を受け続け、自らの肉体を再生し続けなければならない。
その手を止めたとき、奴の敗北が決定するのだ。実態を持たない精霊は、思考能力が極限まで低下する。
そも、精霊が何故人型を取っているかと言えば、脳細胞を再現するためだ。
本来精霊は魔力単一の存在として生活できるが、それでは魔獣にも負かされる。思考能力を磨かなければ、魔法飛びかうこの世界で生き抜くことは難しいのだ。
「廃滅の嵐……!」
「無駄だドゥフ、もう諦めろ! 開闢の高潮!!」
この炎熱の中、それでもドゥフは諦めていなかった。またも淡水系最強格の魔法、廃滅の嵐を放ってきたのだ。
しかし、その魔法は開闢の高潮で相殺できる。ペアーの魔力が残っているおけげで、俺はこの魔法を打ち放題だ。いくらドゥフの魔力が無尽蔵であっても、こちらが魔力不足に追い込まれることはまずありえない。
「ドゥフ、俺がこの戦いまでに、どれだけの準備をしてきたと思っている。俺は、自らの実力だけで勝利したことがない。タイタンロブスターとしては恥ずかしいことだが、いきなり戦闘を始めて勝てたことは少ないのだ。特に水中戦ではな」
アストライア族にいたころ、俺は負け続きだった。
生まれたばかりの時、一匹のペアーに敗北した。魔法を覚えたての頃、ウスカリーニェに煮え湯を飲まされた。メルビレイには歯が立たなかったし、謎の貝類にだって翻弄された。そのくらい、俺は地力が弱いのだ。ウチョニーや父アグロムニーのようにはいかない。
だからこそ、俺はこの知能を活かすと決めた。それを、師匠に教わった。
ペアーの大群を相手したときも、ウスカリーニェ用の罠を開発したときも、メルビレイ襲撃などは俺の知能が輝いた代表的な例と言えるだろう。
とにかく俺は、前もって準備をしてから戦うタイプの魔獣なのだ。
地上では、それが疎かになっていた。だから、所詮でドゥフに敗北を喫した。よくよく考えてみれば、濁流魔法マディストリームなど大したことはない。
ボンスタら暗殺集団に、プロツィリャント。夜盗蛾の大群に、果ては準精霊である獣龍ズェストルまで、地上での俺は快勝続きだったのだ。それが、俺の判断を鈍らせた最も大きな原因と言える。ありていに言えば、俺は調子に乗っていたのだ。
だからこそ、今回は一切の妥協も許さず準備に準備を重ねてきた。
メルビレイとペアーの魂臓を摘出して俺に群体魔法を無理やりねじ込み、さらに彼らの魔力をこの海域へと撒き散らす方法も夜通し考え抜いた。
じっくり時間をかけて俺の体液を海域に行き渡らせ制御権を獲得し、火属性のひっつき爆弾を大量生産して、火山活動がある場所に設置。アーキダハラの協力があっても、こんなに最高の場所を見つけ出すのは至難の業だった。
今回は複数人での作戦ということで、三人の立ち回りについても幾度と練習を繰り返した。お互いの呼吸を合わせ、同時にではなくドゥフに悟られないような動き。魔法の連携も、事前に把握していなければ誰かが巻き込まれていただろう。
「普段から鍛錬はしていても、立地から選ぶことのできた俺たちの方が、一歩上手だったな。どこでも戦えるように、ではなく、相手を強制的に自分の有利な場所まで移動させる方法を導き出すのが、これからの戦いの常識となるだろう」
空間系魔法の登場によって、俺たちの常識は一変した。
ドゥフやアグロムニーは、どんな場所であろうとも戦うことができる。そのための訓練をしていた。
しかし今となれば、俺のように最高の条件を作り出し、相手をそこまで移動させれば良いんだ。それができればこの通り、相手に何の抵抗もさせずタコ殴りにすることができる。己が身を鍛える訓練など、時代錯誤も甚だしい。ついに魔獣も、頭を磨く時代が来たのだ。
「貴様らのような連中に、俺の偉大さの何が分かる。これまで遊牧民族を指導し、ここまで勢力を拡大させたのは俺の功績ではないか。遊牧民族は、おかげで良い生活をできている。敗北した国が搾取されるのは、戦争として当然の在り方だろう!」
「お前への恨みつらみはいくらでも出てくる。直接的な被害も間接的な被害も、その全てを俺たちは見て、教えてもらった。しかし、今俺の中にある感情はただひとつ! お前あの死をもって、この戦いを終わらせる。チェックメイトだ、ヴァダパーダ=ドゥフ!」
炎と水の拘束。溶岩吹きすさぶ海域の中、ドゥフは文字通り手も足も出せないでいた。
そこへ、空間魔法で己を保護した状態のアーキダハラが、手を突っ込んでいく。
溶岩の中に空いたわずかな穴にドゥフが肉体をねじ込ませるが、アーキダハラに触れた瞬間彼の肉体は溶けて消えてしまった。
「吸魔魔法。森の大精霊ロンジェグイダ様より賜ったこの魔法で、貴様の悪逆非道に終止符を打つ! 安心しろ、遊牧民族は俺の同郷だ。悪いようにはしない。これからは、俺が彼らを指導し正しい世へと歩みを進める」
「……アーキダハラ、最初の友よ。若輩ながら精霊としてあらゆる才能を持っていたお前を、俺はひそかに妬んでいたぞ。……決して道を踏み違えぬよう」
最期の言葉を残して、ドゥフは完全に消滅した。
廃滅の嵐数発に、肉体の再生。それまでの戦闘で使った魔法や、ペアーを掃討したものなど、既に奴の魔力は限界付近だったのだ。
ドゥフの死は、水の精霊は、死体も残さず儚い焔となって消えゆく……。
全ては、一匹の蜉蝣が持ち込んだ出来事。
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