文は揺蕩う

四季の二乗

文字の大きさ
3 / 10

隣人は何時も嫌いで

しおりを挟む
 早朝。
 一段と空気が澄み、朝明けが煌々と縁側を指す時間がある。夏がさしかかり。その日は、とても暖かな日陰が出来る時間となる。
 朝顔に程々の水をかけ、身支度を済ませた。

 バス停にて、君を待つ。
 __少し嫌味を載せた文列には、失敬と返信。どうやら先に着いたようだ。
 顔を上げれば、清々しい程に透き通った湖が一面を飾る。
 事情を問いただしたい気持ちを抑え、私は無人のバス停にて乗り込む。

 こんな時、聲を出せたらいいと思う訳だ。

 バスは湖の名称を象った駅を出ると、その車体を山々へと向けて進んでいった。そうして傾斜を上った先。標高数百メートルの地点に、水戸家山の山道へと続く登山口がある。
 元々山岳信仰が根強かったこともあり、遠方からも人が訪れる事が多い水戸家山は、計三種の主な登山ルートが開拓された。
 そのうちの一つである宮上ルートは、傾斜が所々キツイが絶景が見られるポイントとして有名な場所だ。
 
「庵(いより)先生、準備は大丈夫?」
「__先輩。人の身よりも自分はどうなんですか?」

 火山活動は大昔に終ったらしいが、今でも水蒸気が溢れてその影響は残っているようだ。
 麓であるこの温泉街では、湧き出る天然温泉を目当てに訪れる観光客の大半が登山客だと聞いている。
 旧硫黄の採掘場へと続く駅。今はSLが設置されたバス停の名前が読み上げられる。

 バスを降りれば、同じように登山の格好をした隣人と後輩が何やら言い争いの様な事をしていた。
 断定出来ない理由は、それが否定的な話ばかりではなかったからだ。
 隣人は、とても呆れた様子で。
 後輩は、楽しそうに話を続ける。

 嫌みの一つでも言いたいが、生憎声が出ない。
 
「…………はぁ。長瀬ちゃんよ。それよりも、今後のスケジュールは理解しているかね?」

 かねかねと、隣人はカナカナ蝉の様な口調を絶やさない。それは譲り受けた口調のように言葉を続ける。
 隣人。最上東星(もがみとうせい)は、呆れたように声を出した。バスに降りた私に気付かなかったようで、その後も話を続ける東星の肩を掴む。
 そのまま左右に肩を揺らすが、それでも気付いている様子はない。
 
「理解しているつもりですが?これから、マイナスイオンを浴びるんでしょ?先輩」
「程々の登山は健康的だっていう意見には賛成だけど。ぼかぁ、具体性がある返答を期待していましたよ。先輩さん曰く、君は不思議チャンな所があるって総評だけど。今日も変わらないね、相変わらずだ」

 長瀬後輩が、含み笑いを此方に向ける。
 まあ、これで気づいていない訳が無い。

 旧駅には、登山客の需要が多いのかその建物はバスターミナルとして利用されている。
 地元民の足としてはもちろんの事、観光業に力を入れている温泉街では、行楽シーズンの楽しみ方が掲載されたパンフレットや、近郊のおすすめスポットが書かれた掲示板が特に目立っていた。
 その中にはこれから登る水戸家山の情報も記載されており、調べた限りでは山の天候は快晴。登山に影響は無さそうだ。

「腕時計も、登山道周辺の火山性ガスのポイントも大丈夫です。一酸化炭素中毒とかでお亡くなりには成りたくないですから」
「分かっているならいいけど。まあ、山道は山の管理者によって管理されているから、よっぽどのことが無い限りは死にはしないと思う。ただ、最善は尽くして置こうって話だよ」
「先輩の運勢は、よっぽどのことが起こりそうですけどね」

 此処まで私を無視するとは。君はずいぶん大きい人間になったものだ。
 少しだけ視線を此方に向けても、気付かない振りを続ける隣人に、私は最後の手段を使う事にした。

「君、なんでオレが大凶だと知っているんだ?」
「今日のラッキーアイテムは、黄色いハンカチらしいですよ」
「装備済み。俺は自分の事をよく知っているんだ。他人以上にね。
 これは俺が硫黄の池に沈んで、サムズアップをするんだってお告げだろ?_____あ、ちょっと待って」

「はい、庵先生。おはようございます」

 私は、出来る限りの笑顔で答える。

「__いえ、決して無視をしていたわけでは……。
唯、庵先生が怒る所を見たかったなんて思っても居ないですよ」

 君は、特段怒らせるのが好きなようだ。
 私はカバンから黄色いハンカチを取り出すと、彼の口に押えるように包んだ。こうしておけば、下らない口も閉じるだろうと……。
 ああ。これは元々、占いや滋担ぎなどに興味が無いだろうと思って東星の為に持ってきたものだ。
 職業柄と言うべきか、滋担ぎを欠かさない。

 悪びれも無く受け取った隣人は、それを無造作にポケットに仕舞う。

「__先輩知っていますか?一酸化炭素中毒って、楽なようで苦痛ある死に方なんですよ?
 良かったですね。あちらのお土産屋には、七輪があるそうです」
「……後輩さんよ」
「何でしょう?」
「俺が、自殺主義者にでも見えるかな?」

 一連の流れを見た後輩が、犬も食わないと言いたげにこちらを見ていた。

「見えます。どこかおかしいですか?」
「遺憾の意を示しても?」
「先輩に権利はありませんよ。だって、謝る権利も無いじゃないですか」

 長瀬後輩は荷物を背負い、入り口に向かい脚を進める。

「__それは、君に対してではないだろ」

 元々、長瀬後輩を含めた私たち三人は同じ山岳倶楽部に属していた。
 周辺には様々な山があり、幼い頃から山に魅せられた私達は、様々な場所でその思い出を積んでいった。
 だけどもそれは、三人だけの思い出ではない。
 私達には、もう一人居た。私の双子の姉に当たるその人物は、高校生活を始める事も無くいなくなってしまったが。
 死人に口なしとは言うが、生きている私も何も言う事は出来なくて。

 伝えようにも、言葉が出ない。

 浅崎色(あさざきし)は明るい人間で、私達の中心だった。
 長瀬後輩は、誰よりも彼女に懐いていた。隣人という呼び名もそうだ。私達の呼び名であるこの言葉も、彼女が付けた。

「隣人を愛せよと誰かも言っていたようだし、何より愛称は特別だから」等と言っていた。
 
 そんな彼女が無き後も、私達の関係は続いている。
 隣人と後輩は、相変わらず私の隣にいる。

 だけどもそこに、色(しき)は居ない。
 私達にとっての色彩は、彼方に消えた。

 
 




 
 
 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...