快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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傘を捧ぐ

傘を捧ぐ5

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 街灯が乏しい何時ものバス停で、見知いった人物を見た。
 彼は、私の姿を見据えると少し、大喧嘩気味に片腕を上げた。
 今日も借り物の蝙蝠傘が手放せない様で、昨日とは違い傘を咲く事は無いようだが、相変わらず手持ち無沙汰の右腕が傘を揺らしている。
 
「やぁ。これから仕事かな?」

 点灯を繰り返す街灯に移るご神木は、幻想的ながらも少しばかり不気味でもあり、怪談話をする雰囲気には最適そうだ。
 世間話をするのにも、バスの時間までの暇つぶしと思えば思う所がある訳でもない。
 
「休日出勤という奴です。教授は?」
「私は、__うん。少し気になってね、調べ物の帰りだよ」

 そう語る彼の頬は赤く、何処かでアルコールを取ってきた所か。教授の見た目は三十代後半といった所で、嗜みそうかと言われれば、そういう付き合いもあるのだろう。
 それにしても、調べ物という雰囲気ではないのは確かだ。
 彼曰く気さくなジョークに対して、私は呆れながらペットボトルを取り出した。ここに来る途中の古めかしい自販機で買ったモノだが、酔い覚ましにはなるだろうと。

 まだ未開封の其れを教授に渡すと、すまなそうに彼は受け取る。

「灰猫楽部の帰りでね。少し、嗜んできたところさ」

 灰猫倶楽部。
 その名称が、彼の口から出るとは思わず驚きを隠せなかった。

「__情報収取という奴でしょうか?」
「言いえて妙だけど。まあ、そんな所さ」

 灰猫倶楽部は、女性限定の会員制クラブだったはずだ。
 年若さが残る教授でも、そういうご趣味があるならともかくとしてそう見える訳はない。

「確か、女性限定だと聞いたのですが」
「ああ、確かに。基本的にメンバーは女性限定だよ。数か月に一回、人脈作りを兼ねてパーティーをするのさ。
 その際、ある程度の地位があれば参加が出来る。昔からの習わしでね。元々、灰猫倶楽部はそれが始まりだ」

 権力者のパーティーみたいなものか。
 関係が無い私が首を突っ込む話題ではない様だが、酔いが回っているらしく、いつも以上に口が軽くなった教授は事情を吐き続ける。

「例えば、余所から来た大地主やらが、この街の人脈作りの為に参加をしたりすることがあってね。まあ、その場合。大抵は、灰猫倶楽部のメンバーを知らないけどね。
 そういう訳で。広がった人脈の伝手が灰猫倶楽部の利益となり、そういう方々からも有益な場所になる。一個の街の指針を決める大きな会合みたいなものさ。地方の派閥の様でもあるね。
__其れよりも少し、ラフな催しだよ」
 
 それを加味してみれば、教授は私の思った以上に偉いのだろう。顔が広いという意味なのか、実績を残しているのか。
 私がご仁を知る事はないだろうが、酔いの回っているこのご仁の帰路を心配する程度には、私にも人の心がある。
 そんなお偉い先生なのだから、それならば程々を弁えた方がいいと付け足しながら、機嫌を崩さない彼に言葉をかけた。

「教授は、意外と偉い先生だったんですね」
「意外とは失礼だね、君」

 走言いながら、彼は受け取ったペットボトルに口を付けるのだが、ふと思い出した様に私を見る。

「__そういえば、君は猫又探偵事務所に勤めているようだね」
「人の事情を詮索するのは、NGですよ」
「いや、すまないね。風の噂で聞いたモノで」

 噂で、人の職場は分かるまい。
 そのクラブでは個人情報という物が無いのか。私が探偵の下で働いている事を何故知っているのか?
 いや、確かに探偵はその道の世界では有名である。異端の物を収拾する猫の様な探偵は、様々な事件を解決している事でも有名であるが、異常なモノを収集している収集家としての顔も広い。
 どちらにせよ、探偵を理解しているのだから顔は広いのだろう。

「所長はどうだい? 元気にしているかな?」
「何時にも増して怠けていますよ」

 少しばかり、安心したような表情を浮かべていた。

「__そうか、元気そうで何よりだよ」

 ……彼は。
 猫を、知っているようだ。

 名護(なご)探偵を知るもの好きは、私の想像以上に尽きない様だった。
 教授が何者であれ。そういった噂話が小耳に挟む程度に、その界隈に足を入れているのは想像に難くない。

「怠惰ながら優秀な探偵だからね。君のような真面目な助手が傍にいてくれるのならありがたい」
「まるで、親の様な感想ですね」
「小さい頃から知っているからね、私は」

 __家が、近所なのだろうか?
 昔からの知り合いであるらしい彼は、彼女が怠惰を好むことを知っているようだ。その言葉だけで信用できる訳ではないが。少なくとも、名護探偵を理解している事は正しいらしい。

 酔いが覚めない教授は、何故このバス停に居るのだろう?
 噂のクラブは、街中ではなく片田舎にあるのだろうか?

 家に帰る前の酔い覚まし、……という訳でもあるまいに。

「ところで、最近の景気はどうだい?」
「懐が温かいお客様で賑わっていますよ」

 要約すれば、何時も通り。

「ああ。確か彼女は、異常を取り扱っているんだったね。興味と趣味を仕事に持ち込むのはいいが、節度を持って仕事をしなければいけないよ」

 人生の先輩らしい”堅実なアドバイス”に、私は深く肯定する。

「今日も仕事が入ったようで、今から向かう所です。何でも、先日語った渡り傘の件についての様です。
 __噂話であればいいのですが、如何せんそういう仕事でして」
「忙しそうだね。__渡り傘という事は、人探しかな?」

 成程。
 民俗学や郷土史をよく口にし、話題とする教授なら知っていても不思議ではない。
 渡り傘という噂を私が嫌悪していたのは、それ自体異質な話で私の苦手とする事である事。
 そして、もう一つ。それが噂に過ぎなく、不確定な情報だったからだ。
 異常なモノ、異質なものと関わる際は、その性質を理解する事から始まる。対外噂に真実は紛れてはいるものの、噂自体が真相とは限らない。
 理解できない異質程、心の底から気持ち悪い物ではないのだから。

 渡り傘とは、何か。
 探偵は、噂話に人探しを必要としていた。
 つまり、渡り傘に尋ね人は必要なのだ。

 少なくとも、無関係ではない。
 
「よくご存じですね」
「ああ。渡り傘は、元々小笠神社の祭事だったんだ。__君、その様子じゃあ。渡り傘についてあまり知らない様だね」

 傘を祀る神社と、渡り傘。
 同じく傘を起源とするそれらに関係性が無い方がおかしいとは思う。しかし、探し人の話に関係があると考えるなら曖昧なモノだ。
 其処には、確かに人が絡んでいる。
 神社は人があってこそ成り立ち、渡り傘という噂も、人があってこそ成り立つ。

 __そこに、特別な誰かが含まれているのだろうか?

 それに、渡り傘というのは祭事の話だと教授は語る。

「学が足りないモノで」
「何。今頃、土着信仰に勉学を励んでいるものが珍しいからね。だが、君の仕事はそういうのも含まれるのだろう?自分の土地位は覚えておいて損ではないと思うよ。
 __成程。だから君は、傘を受け取らなかったのか」

 つまり、噂が真実であったとして。
 しかしその本質は、別にあるという事だろう。

「渡り傘はね。不幸を呼ぶ傘ではなく、不幸を吸収する傘なんだ」

 __渡り傘の祭事。
 そして、不幸を吸収する傘。という事はそれは、厄除けに通ずる意味合いがあると考えられる。
 だが、噂の本質と教授が語る本質は別途だ。噂では訳を撒き散らし、彼は厄を吸収するという。
 彼の言い分が正しいとして、放火された家々の惨状はどう折り合いをつけるのだろうか?
 いや、待て。
 もし、厄除けの意味合いが強いのならば。何故その傘が放置されている?神社の祭事の一環だとして、その祭事が庶民の居酒屋にあるのは何故だ?
 祭事というには、神社に関わりが無さ過ぎる。
 そして、彼らがそれを探している様には見えない。

 何故、一か月の間それは放置されていた?
 
「元々は、傘ではなく笠を奉納する神社だった。
 君、笠は見た事があるかね?頭に被る傘の方だ。小笠神社は本来、被り傘を祀る神社だ。
 このバス停に続く道は、大都市につながる道路として重宝されていた。その際、この巨木は大きな傘として旅人たちの役に立っていたのさ。
 其れに感謝をした旅人や村人が、この神社を立てた。
 傘を祀る神社として、尊敬の意を込めて”お笠神社”と呼ばれる事となった」

 かの神社の由来は、__その言葉がいつの間にか小笠神社となった……と。

「雨宿りが出来るほどの大きな木がある事は、旅人にとって”不幸中の幸い”だとは思わないか?」

 __不幸の中での、幸い。
 __つまり。

「今回の火事は、渡り傘の持ち主たちにとっては”不幸中の幸い”だったのさ」

 今回の火事では、生き残りがいた。
 入り口をふさがれ、多数の客と従業員を巻き込みながらも。

 __生きている人間がいた。

 火事の中で生き残った”誰か”が。
 渡り傘を、廻した人間だったのか。







「では、また明日」

 彼はそう言いながら、バス停を去ろうとする。

「__お酒は程々に」

 その言葉に、若さが残る教授は少しばかり笑う。

「そうだ。之を、持っていくといい」

 そう言い彼が指を指したその先に。
 __古めかしい。一つの傘があった。


 
 
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