隣の庭

沢麻

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 夫は与えられた食事を文句を言いながらも食べ、そのままソファーに横になろうとするので私は声をかける。
 「てめぇ皿洗えよ」
 「あっ」
 夫はしぶしぶ台所へ立った。こっちが要求しないと家事をしない。男はこれだから困る。何をしたらいいかわからないため、仕事でも気が利かずよくお局職員に怒られていたのを思い出す。しかも今皿を洗いながらも「なんで俺が」という空気を醸し出すのでたまらない。小四の息子も同じ属性らしくまったく手伝いをしない。娘は手伝いたがるがスキルが追い付かずかえって邪魔である。
 次は息子の宿題の採点と、洗濯物を干す仕事がある。私は忙しいのだ。イライラするのも仕方ない。どうして私は怒ってしまうのだろうと悩んだ時期もあったが、常に怒っているため子供達も慣れ、さほど混乱は生じないからいいのだ。
 こんな毎日イライラして暮らすのは辛い。まぁ私は昔から短気なので人生の大半はイライラしているのだが、それにしてもいつまでも訪れぬ安らぎ。一息吐くことすら許されず、家族の誰にも感謝されない。
 息子が宿題をやっている最中に息子と娘のプリント類を確認する。最近整理することが出来ず、提出期限を私のせいで守れないこともあるのでしっかりやらなくては……お? そんな大事なプリントに紛れて、私は「大山公園・日帰り遠足」のチラシを発見してしまった。
 大山公園はこの辺りでは大規模な公園で、子供が喜ぶ遊具やアスレチックの他にも馬に乗れるわヤギに餌はやれるわウサギはさわれるわで更に貸し農園もあるので私は個人的に住みたいくらい大好きな公園である。貸し農園はまだ家を買う前に何度か申し込んだが毎年抽選で落ち、ついぞ利用することはなかった。そして息子が家族とあまり出かけなくなった頃から、行かなくなっていた。私は日帰り遠足のタイムスケジュールをよく読んだ。朝九時に集合し、それぞれの班に分かれて公園管理の畑で野菜を収穫し、それを使ってバーベキュー。午後は乗馬体験とアスレチック。夕方五時まで予定とな。参加費は一人千円である。行きたい!
 「ねぇこれ申し込まない?」
 私は皿を洗い終わりトドのように床でゴロゴロしている夫にチラシを見せた。夫も最近は家族で出かけていないので、乗ってくるはずとの読みがあった。
 「おっいいねぇ」
 ほら。お前のことは熟知している。
 ところが夫はいきなり「コースケくんちも誘ったらどうだ?」と思わぬことを言い始めた。この間まで存在すら知らなかったくせに何を言う。
 「なんでいきなり?」
 「ほら近所だし誘いやすいかなーと思って。アヤカも友達いたほうが嬉しいんじゃない?」
 「コースケは男だぞ? もう年長だと男女分かれて遊んでるけど?」
 「お前ママ友なんだろうが」
 「あたしはみんなとママ友なんだよ」
 夫はばつの悪そうな顔になった。わかった。こやつ、コースケの母親の友紀子が好みなんだ。だから一目会いたくてこんなことを言うに違いない。
 「わかったよ、うちのが一目惚れしてお近づきになりてーから一緒にいかないか? って誘ってやる」
 「え」
 夫は慌てた顔になったが無視して私は友紀子にラインすることにした。何故なら、私も友紀子の夫は嫌いではないのである。この間は私の畑に羨望の眼差しを向けるなど可愛いではないか。うちの馬鹿夫は私が何をしようと興味がないのだから。
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