不公平

沢麻

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妊娠中期③

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 待ち合わせはイタリアン居酒屋なる、料理はイタリアン系で酒はカクテルも焼酎も出すという女子会向けの店になった。オリーブオイルとにんにくの臭いがきつい。サトは私よりも先に、待っていた。火曜日のディナーだった。
 平日だろうと私はまずビールである。サトはよくわからないアイスティーを頼んでいた。三ヶ月前に会ったばかりなので、さほど印象は変わらない。私はというと、ピルを中止したせいで吐き気と浮腫が改善され、結果食欲は増していた。
 「ピルずっと飲んでて止めたら、生理ってどうなるの?」
 「一回自然に来た。体が覚えて、前より普通に来るって話は聞いたことあるけど、ほんとかな。偶然かも」
 「私も流産、よくするんだけど、流産後に子宮を休ませる為に、ピル飲むことがある。吐き気、するよね」
 流産、よくする。よくするとかたまにするとか、そういう軽いニュアンスが似合わない言葉だと思った。
 サトが不妊治療を始めたのは、アユの最初の妊娠がきっかけだったようだ。アユはおめでたの時、サトに「六月くらいまでにサトも妊娠してくれれば、同級生になれるよ」と言った。私ならその時点で距離を置くだろうが、サトはよく付き合ってやっていたなと思った。ラインなんてやめて正解だろう。
 「特に問題なさそうだって言われて、まずは排卵誘発剤を使って、先生に言われた日に子作りしてっていうのをやってさ。それから人工受精っていう旦那の精子を他人に注入してもらうやつをやって。人工受精だと何回か妊娠したけど、なんかダメでね。流産、流産。体外も二回やったけど、一回は不発、もう一回は流産。もう挫けちゃうよね。体外ってすごく高いのに、絶対じゃないんだよね。なんか夫婦仲もぎくしゃくしてくるし、もう諦めようとしてたとこだったの」
 サトは酒も入っていないのに、デリケートな問題を赤裸々に告白した。私は顔色一つ変えずにビール二杯目に突入した。
 「割りきってしまえば楽なの。きっと。なんかもう、目的を見失ってるから、出産って、子育てってなんなのか全然わかんなくなってるから、うちには子供は来ないんだ。いないんだ。それでいいんだって思えばきっと……」
 「確かにわからなくなるね。でも、ちゃんとわかって妊娠してる人っているのかな。子供欲しいな、ママになりたいなみたいなノリで産んだりする人ばっかりに見えるけど」
 「……そうだね。それが女だね。せっかく私も女なのにな……そういえば、アユは赤ちゃん女の子なんだってね」
 「もうアユに関わるのやめなよ。私もそうするし」
 なんだか重い空気になったので、私は不倫の話をしそびれた。私は結婚に憧れているけれど、結婚していても、色々な悩みがあるのだった。サトが何のために子供が欲しいのかわからなくなっているように、私も何のために結婚したいのかがわからない。今の不倫相手を略奪して結婚したいか? と問われればノーだ。一生共に暮らしたいと思うほど好きな男がいたこともない。ただ辛い恋をしたくないから、結婚したい。堂々と子供が欲しいから、結婚したい。周りの目が気になるから、男に選ばれない女だと思われたくないから、結婚したい。私の結婚したい理由は、くだらないものだった。
 
 「ねえもし私が妊娠したらどうする?」
 ピルを飲み始める前に、不倫相手に訊いたことがある。なんと彼は、嬉しいと言った。でも、家庭を捨ててこっちに来るとか、認知して養育費を毎月払うとか、具体的なことは何も言わなかった。嬉しい。単純。簡単なことだけを口にして、難しいことは避ける。不倫男は無責任だった。無責任でなければ不倫などしないのだから、当たり前の反応かもしれない。
 もし妊娠したら、彼の前からは姿を消して、一人で育てよう。私の心は、あの時から決まっているのだった。
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