愛してるんだけど

沢麻

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大輔(万恵パパ)①

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 大輔と愛子は実家が隣同士である。小学校入学時に愛子一家が越してきて、母親同士が意気投合した関係で、男女ながら一緒に遊ぶことが多かった。高学年になると一時疎遠になったが、中二の時に再び親しくなりそのまま付き合い始めた。当時の大輔はバスケ部のエースで、スポーツ万能で面白くて人気者だった。一方の愛子は容姿端麗で頭脳明晰という優等生タイプで、似合いのカップルだった。
 しかし高校から二人の明暗は分かれていく。得意分野が違うから当然同じ高校には行かず、愛子はこの辺りで一番の進学校、大輔はスポーツ推薦でバスケの強い高校にそれぞれ進んだ。お互い新生活に入ると、彼氏彼女と呼べるような関係は自然消滅した。愛子はそのまま秀才コースを突き進み国立の医学部に現役合格することになるのだが、大輔は高一の夏に膝を壊してしまいバスケの継続が難しくなった。最初は早く治して頑張りたいと思っていたのに、なかなか良くならずすっかり置いていかれ、結果辛くなって一年を待たずに退部してしまった。なんとか学籍は維持できたものの、バスケを辞めてからはスポーツマン崩れにありがちな転落コースをたどり、同じような仲間と遊びまくって過ごした。なんとか卒業し、なんとか家電量販店の下請けの配送会社に就職したものの二ヶ月で辞め、その後もありとあらゆる職を転々とする典型的なダメ男コースを歩むこととなった。
 医学生と定職に就けない遊び人という全く違う世界の人間となった二人だが、しかし家が隣なものだから没交渉にはならずにたまに会って話したり、食事に行ったりする関係は続いていた。大輔にとって愛子は何でも話せる相手だった。類いまれなる聞き上手で、愛子に話すとすごく心が楽になるのである。従って辛いことがあると仕事のことから女のことまで何でも喋った。愛子はいつも大輔が望むような反応で大輔を救ってくれた。大輔は女にふられる度に愛子を呼び出して「三十歳になっても相手がいなかったら絶対結婚しよう」とか酔った勢いで口癖のように毎回言った。愛子は笑っていたが、大輔は本気だった。ただ、今更愛子に交際を申し込むことは許されない気がしていた。愛子は医師になっていた。大輔はやっとスイミングスクールのインストラクターの仕事が珍しく一年以上続いていたが、それでも釣り合わないと感じた。だから数年後、三十歳になる年の元旦に愛子から「今年三十歳になるけど、私は相手がいません。大ちゃんはどうかな」というメールをもらったときは狂喜乱舞した。愛子は当時総合病院で働いていて、しかも元旦も仕事というかわいそうなスケジュールだったので、大輔は病院の近くのファストフードで愛子を待った。五時過ぎに愛子が「あけましておめでとう」と走ってやって来た。可愛かった。昔と変わらず、本当に可愛かった。「結婚しよう」と抱き締めた。自分が世界一の幸せ者だと思った。すぐにお互いの親にも挨拶に行った。その年の六月に結婚し、一年後に子供にも恵まれた。そして今日まで、本当に本当に幸せに過ごしている。
 セックスレス。それだけを除けば。
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