壁際のジョニー

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3話 壁より薄かった私の愛情

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 ジローに振られ私はアスファルトの上で泣き続けていた。言い訳なんか何もないのに、この期に及んでまた全てを誤魔化そうとしていた。

 ちゃんと謝れもしないなんて……アスファルトに落ちた涙はすぐ消え去っていた。



 私の名前リホは、女の子たちに大人気のリホちゃん人形が由来だ。小さい頃、もちろん私もリホちゃん人形に夢中になった。

 着せ替えやおままごと、お風呂にまで一緒に入っていた。いつかはリホちゃんみたいなかわいい女の子になりたいという憧れがあった。

 でも私はどちらかといえば地味顔。お世辞でもでかわいいと言われることもなかったし、逆リホ人形とからかわれることもあった。

 自分の容姿にコンプレックスがあった。小中と暗い学校生活を送っていた。
それでもかわいい女の子になる夢は諦めきれなかった。

 そして高三の夏休み。私は親を必死で説得し美容整形を受けた。それからはまさに薔薇色だった。

 男子からはモテまくり、告白されまくり、街ではナンパされまくった。

 大学に入っても、サークルの勧誘や飲み会の誘いがひっきりなしだ。女の子の友達もたくさんできた。やっぱりイケテる女には人が集まる。

「リホってほんとかわいいよね~彼氏とか作り放題じゃん。さっきナンパしてきた男とかもイケメンだったし」

「ん~彼氏はまだいいかな。まだ大学入ったばっかだし、楽しく遊びたいよね~」

 これは私の本音だった。みんながチヤホヤしてくれる。かわいいかわいいと言ってくれる。整形するまでは告白されたこともなかったし、今まで付き合った経験もない。 

 しばらくはこの夢のような時間を満喫したい。そう思っていた。

 そしてある日の新歓コンパでジローと出会った。顔は私の、どストライク。話も面白いし趣味も合う。他の人と同じように彼もかわいいと言ってくれるが、他の人のそれとは少し違う。

 表現しづらいんだけど、彼から「かわいいね」と言われると心が温かくなる。初めて手を繋いだ温もりはずっと覚えていた。思えば私の初恋だったのかもしれない。


 そんな彼に私は甘えてたんだな……


 彼と付き合い始めてからも私は自分磨きに精を出した。彼氏にはもちろん、周りのみんなからもっとかわいいって褒めて欲しい。

 かわいく撮った自撮り写真をネットにあげまくり、フォロワーも増えた。動画配信をすればかわいい、綺麗のコメントで溢れかえった。


 「これで私もリホちゃん人形みたいな人気者だ! 子供の頃の夢が叶ったんだ」


 当然、大学では相変わらずいろんな誘いが絶えなかった。私はジローに内緒でたまにコンパに参加していた。

 そしてサッカー部とのコンパで大畑くんと会った。彼は大学でも人気で、美人の彼女もいた。陽気で明るく、こいつはモテるなという印象だった。


「あれ? リホちゃんってもしかして玉丘たまおか中?」

「え!? なんで知ってんの? めっちゃ田舎の中学校なのに」

「おれも実は玉丘中のあれなんよ。あれ? もしかしてリホちゃんて苗字は香川?」

「うん。あーもしかして大畑くんって、あのサッカー部の大畑くん!?」

「あれ~やっぱ同中じゃん! なんか名前に見覚えあってさ。てか顔が全然あれじゃない?」

 この時私は内心焦っていた。まさか大学で昔の私を知ってる人がいるとは。

 私は彼に近づくと小声でひそひそ話した。

「実は高校の時整形したの……でもこのことは内緒にして~お願い!」


「やっぱそうだったんだ。でもあれじゃない? かわいくなったよ。昔は逆リホちゃん人形って言われてたもんな」

「やめてよ私の黒歴史!」

 冗談っぽく笑ってはいたが、私はかなりイラっとしていた。ヘラヘラ笑うこいつをぎゃふんと言わせたい。変わった私を認めさせたい。


「そ~いや大畑くんって綺麗な彼女いるのよね? 浮気とかしたことないの?」

「あれ? 良く知ってるね。浮気とかしないよ~でもおれの彼女ガード固くてあれだけどね」

「もしかしてまだエッチしてないとか?」

「うぅ……そういうリホちゃんも彼氏いるけどアレエッチはまだとかなんじゃ?」

「さぁどうでしょう? 試してみる?」

 私は少し胸が当たるよう体を寄せ、上目遣いに思いっきりかわいさアピールして彼を見た。ゴクリと彼が唾を飲んだ。



 そしてコンパ終わりで私は彼のアパートへと行った。部屋に入ると彼はいきなり私をベッドに押し倒した。

「いいの~? あんな綺麗な彼女がいるのにこんな事して~」

「いいよ、あいつはアレさせてくれないし、リホの方がかわいい」
 

 勝った……あの綺麗な彼女から彼氏を奪い、こいつにも私を認めさせた。


 私はなんとも言えない高揚感の中で男に抱かれた。ジローには悪いけどこれは私のプライドの問題。リホちゃん人形はみんなから愛されなくちゃ。


 一度たがが外れると私はジローにばれないよう色んな男を誘惑した。モデルや役者の卵、ミュージシャンやスポーツ選手などなど。イケメン達を次々落とすことで、自分の価値を高めていった。
 

 でもそれはただの張りぼて人形だった。気付くのが遅かった……

 

 壁越しにはっきり聞こえるジローの声。

「悪かったなー! エッチが下手で!」


 違う……そんなこと思ってない。


「じゃあなーリホ!! グッバイっ糞ビッチっ!」


 ほんとそうだ……私は何をしてたんだろう?

 好きだったのはジローだけだった。色んな男とやるのは所詮ただの遊びと確認作業。自分に酔いしれ、セックスに溺れ。

 私がなりたかった理想の女の子はこんなんじゃない。


 それに気づいた時にはもう全てが後の祭り。我も忘れて隣の部屋に飛び込んだ。ジローに謝りたかった。こんな私を許してほしかった。


 でもそこにはもうジローの姿はなかった。私は大騒ぎして警察まで呼ばれた。

 それから私は大畑くんの部屋を飛び出し、ジローを探した。L1NEをしても既読にならなず、電話を掛けても繋がらない。

 ジローのアパートで夜が明けるまで彼を待ったが、彼は帰ってこなかった。



 仕方なく私は大学でジローを探すことにした。

 学校には眠たそうな甚くんがいた。私は急いで駆け寄りジローの居場所を聞いた。

「いや~おれもわかんないのよ。あいつスマホの電源切ってるっぽいし」

 早くジローに謝らないと! 今までのことを全部話そう。整形のことも自分の顔がコンプレックスだったことも。自分の価値が知りたくてやってしまったことも全部。

 その時、大畑くんの姿が見えた。ヘラヘラと友達と喋っている彼を見た瞬間、なぜか怒りが込み上げてきた。私を寝取ったとでも自慢話をしてるのか?


 気づけば私は彼に飛びかかっていた。


「おまえが誘うから悪いんだっ! おまえのエッチなんてちっとも気持ち良くない!」

「あれっ!? リホちゃん? ちょ、ちょっとどうしたの!?」

「うるさいっ! お前がを思い出させたからっ! みんなかわいいって言ってぐれでるんだぁ! わだじは、ぎれいになっでぇびぃんなに褒めでもらえだんだぁぁー!」


 泣きじゃくりながら私は彼を叩いていた。いつしか周りに人が集まりだした。

「大畑ーお前何やったんだよ?」

「浮気か? あんな綺麗な彼女がいるのに」

 大畑くんはオロオロしながら周りの友達に言い訳をしていた。しばらくそこで騒いでいると人混みの中から一人の女性が颯爽と現れた。

 その瞬間、あたりは静まり返った。コツコツとヒールの音を響かせ彼女は大畑くんの目の前ですっと立ち止まった。

「か、霞美かすみさんっ!? あれっ? なんで!?」

「おおよその状況は理解できました。なにか言うことはありますか? 聖治さん」

「いやこれはあれで……あの彼女は、そのあれなんです……」

「……わかりました。どんな理由であれ女性を泣かせるような男は許せません。お覚悟を!!」

 彼女は半身になりすぅっと腰を僅かに落とすと目にも止まらぬ速さで正拳突きを放った。こぶし鳩尾みぞおちへとめり込み、大畑くんは白目を剥いてドサッと倒れた。

 「は、速い……」

 群衆の中からそんな声が漏れた。

 拳をスッと引き、なおも隙のない構えを取る彼女。

 その姿はとても凛々しく綺麗だった。

 そして一瞬の静寂の後、拍手喝采が巻き起こった。


「本当はこのような事はしてはなりませんが……私もまだまだですね」

 そして彼女は私と目が合うと、ゆっくりと歩いてきた。

「あなたが香川さんですね? 事情はだいたい聞いてます。本来なら謝罪してほしいところですが……あなたも後悔なさってるご様子。これ以上私は何も言いません。大切な人を失う悲しさは誰しも同じです。あなただってまだ変われるチャンスはありますよ」

 ニコリと微笑む彼女は本当に美しかった。

 ああ、私はこんな素敵なひとになりたかった。

 見た目ばかりを気にして、心はずっと卑屈なままだったんだ。

 
「本当にただの空っぽのリホちゃん人形だったんだな……」




 その後も私はジローに対してまともに謝罪すら出来ず呆れられてしまった。
 
 結局私はジローを愛していると言いながら、彼から愛をもらいたかったんだ。

 自分が一番かわいかっただけ。

 外見ばかりに囚われて、ちっとも素敵な女性にはなっていなかった。


 所詮、空っぽ人形の私の愛はあの部屋の壁より薄かったんだ……

 



 また一からやり直そう。今度こそ素敵なひとになれるよう頑張ろう。


 自分の名前を誇れるように。

 
 またいつかジローに「リホちゃん」て呼んでもらえるように。 




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