上 下
39 / 50

40話 瀬戸際の椋木一家

しおりを挟む

 カーテンを締め切った部屋で両親は僕の帰りを待っていた。母は酷く憔悴しておりなんだか一気に老け込んだように見える。僕に気付いた父が声をかけてきた。

「久し振りだな光矢。早速だが話を聞かせてくれないか?」

 僕はリビングへと行き、二人と向かい合わせのようにして座った。僕はまず今回の事件の発端となった怜奈の件の話からした。父は怜奈と僕が別れたことは知らなかったようでかなり驚いていた。

 そして天助が起こした今回の事件。すでに朝のニュースでも報道されたらしく、父もある程度のことは知っていた。しかもニュースの情報だと、天助と一緒にいたグループはいわゆる半グレと呼ばれる犯罪集団でかなり余罪があるとのこと。おそらく天助もそれに関わっているのだろう。

 
「もうあんなの息子でもなんでもないわ……」

 これまで一言も話さなかった母が突然そう呟いた。そして口元だけに笑みを浮かべながら僕の方へと縋るように近寄って来た。

「ねぇコウちゃん。やっぱり天助じゃダメだったのよ。うちの長男はあなたなんだから、これからは親子三人でどっか引っ越してまたやり直しましょう。ええ、それがいいわ。ほらあなたも学歴はしっかりしているんだから、ちゃんとした会社に入ってがんばって働けばいいじゃない? そうね、この家は売り払ってとりあえずは天助のマンションにでも行きましょう。あと天助の貯金も今のうちに――」

「いい加減にしなさい!」

 いきなり父が怒鳴り声を上げた。普段から温厚で昔から怒られたことなど一度もない。ましてや母に対し何か意見しているとこさえ見た事がなかった。そんな父が今まさに母を睨みつけていた。母は驚いた表情で固まり口をぱくぱくさせている。

「息子がこうなったのは全て親である私とおまえの責任だ! 我が子でさえまともに教育できなかったんだ。私は明日にでも学校に退職願を出す」

 一瞬怯んだ母だったがすぐに開き直ると、髪を振り乱しながら父に掴みかかった。

「うるさい! うるさい! じゃあ今後お金はどうするのよ!? 着物の支払いだってまだ終わってないのよ!?」

「あんなものさっさと売ってしまえ」

「そんなこと出来る訳ないでしょう! 明日だってパーティーがあるんだから! わかった! もう離婚よ、離婚! 慰謝料払いなさい! 財産分与もしてもらうわよ!」

 もの凄い剣幕で言い返す母に対し父は無言ですっと立ち上がると自分の書斎へと入って行った。しばらくして戻って来ると、大きな茶封筒を手に持っていた。それをバサッと乱雑にテーブルへ投げると、中からは母と知らない男が親し気に腕を組んでいる写真が出てきた。

「着物の金はそいつに払って貰えばいい。着付け教室の社長なんだろう?」

 母は顔を青褪めさせながら他の写真も見ていた。二人がホテルへ入るところや車内で抱き合う姿などがはっきりと映っていた。ICレコーダーもあったが中身はおそらく想像通りのものだろう。

「おまえが離婚を望むならそうしようじゃないか。その代わり慰謝料の方はおまえにもその男にもきっちり請求させてもらう」

「ち、違うのよあなた……この人とはそんな関係じゃないの……」

「もうこれ以上、おまえの勝手にはさせない。早く出ていく準備でもしてきなさい」

 ダメ押しで父にそう言われ、母はガタガタと震えながら自室へと入っていった。予想もしていなかった両親の修羅場に、僕は半ば呆然としながらその光景を眺めていた。深い溜息をつきながら父はソファーへ再び腰を下ろした。

「くだらんものを見せてすまなかったな」

 父は気まずそうに笑いながらそう言った。その表情はいつもの穏やかな顔に戻っていた。

「本当に離婚するの?」

「ああは言ったが天助のこともあるからすぐにとはいかないだろう。しばらくは様子を見るよ。母さんも天助と似た所があるからな。放っておくと危ないだろう?」

 おどけたように笑う父を僕はその時初めて見た。この数日間でうちの家族は崩壊してしまった。でもそれはいずれ訪れていた事だったかもしれない。僕と同じで父もなにか吹っ切れたような晴れやかな表情をしていた。


「今まですまなかった光矢。こんな不甲斐ない父さんで」

「いや僕の方こそ父さんと母さんには迷惑かけたよ。天助の事だってもっと早くちゃんとするべきだった」

「……少し逞しくなったようだな」

 父は目を細めわずかに微笑んだ。それがなんだか妙にくすぐったくて、僕は思わず照れ笑いで返した。




 それから一か月程が経ち、いよいよ天助達の裁判が始まった。案の定というか天助はドラッグにも手を染めており、麻薬の販売や振り込め詐欺など余罪が山ほど出てきた。メアリーの拉致誘拐なども合わせると相当重い罪になるだろう。

 それに合わせるように、僕も傷害罪で天助に訴えを起こされた。どうやら最後に一発殴ったことを相当恨んでいるようだ。そこで裁判を前に、以前鳳月さんが言っていた弁護士さんを紹介して貰うことになった。


 顔合わせ当日。すでに引っ越しを終え日下部家の住人となった僕は、メアリーと鳳月さんと共に弁護士さんの到着をリビングで待っていた。チャイムが鳴り鳳月さんが玄関へと向かう。

「ジョージおじさん! ジョニーおにいちゃん!」

 笑顔で立ち上がったメアリーが向かった先には二人の男性が立っていた。でも僕の予想に反し、その二人の男性はどっからどう見ても純日本人。

「おお! メアリー! 大きくなったなぁ。しかもこんな別嬪べっぴんさんになって」

 ジョージおじさんと呼ばれた年配の方の男性がメアリーの頭を撫でながらそう言った。すると今度は鳳月さんが若い方の男性の腕に絡みついていた。

「あらぁジョニーくんだってすっかりイケメンになったじゃない!」

「ちょ、ちょっと日下部のおばちゃん! 近い近い!」

「やあねぇ~鳳月って呼んで」

「母さん! いきなり何してんのよ!」


 少し疎外感を感じつつ、僕は文字通りその場に立ち尽くしていた。するとそれに気づいたジョージおじさんがにこやかな笑顔で僕の方へとやってきた。

「君が椋木くんだね。私は弁護士の譲です」

 そう言って差し出された名刺には「じょう 次郎太じろうた」と書いてあった。僕はそれを見て思わず「あっ」と言ってしまった。

「親しい人からはジョージと呼ばれていてね。よかったら椋木くんもそう呼んでくれ。あとこれは息子の二郎です」

 鳳月さんの魔の手から抜け出した男性が僕に向かってペコリと頭を下げた。

「はじめまして。すみません、名前がややこしいかもしれませんが譲二郎と言います。おれの方は漢数字のなんでジョニーって呼んでください」

 あぁそういうことかと思いながら僕も頭を下げて挨拶した。

「椋木光矢と申します。この度はいろいろとお世話になります」

「はいはい! じゃあ挨拶はそれくらいにして、まずは食事でもしましょう」


 鳳月さんの一声で僕らはテーブルへと移動し、そして賑やかなディナーの幕開けとなった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 第40話を読んで頂きありがとうございます。

 今回登場したジョニーくんは作者の別作品「壁際のジョニー」のキャラクターです。




しおりを挟む

処理中です...