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48話 レッドライン

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 西田くんのスマホのGPSを追いかけ、四人を乗せた車は一路南へと走っていた。

「もうすぐ見えてくるぞ!」

 孔雀さんの声に弾かれたように僕達は一斉に車の前方に視線を向けた。まず見えてきたのは二人乗りのバイク。西田くんにぎゅっとしがみつく真綸ちゃんのピンクの髪がヘルメットの隙間からバサバサと激しく波打っていた。

「追いついたよ! 西田くん! この道だといつものラブホに向かいそうだね」

 スマホをスピーカーにして西田くんに連絡を入れる。この数週間で新城の行動パターンは分析済みだ。おそらくこのルートだと市街地から離れたホテルに向かうと予想できた。作戦の遂行にはこの上なく良い条件の道だった。

『了解です! じゃあおれ達は狙撃地点に先回りします!』

 スマホのスピーカーから西田くんのくぐもった声が聞こえた。前方を走るバイクがスピードを上げ新城の車を追い抜いて行く。

「じゃあ私たちは後ろにつけましょう。そろそろ盗聴器の電波届きますかね?」

 瀬織ちゃんにそう言われ、僕は受信機のスイッチを入れた。ルームミラーを仕掛ける際に盗聴用のマイクも一緒に仕込んでおいたのだ。ザザーッという音の後、新城の声が聞こえてきた。

『なんだぁ? ムカつくなーさっきのバイク。煽ってやるか』

『ちょっとやめときなよ。また事故るよ』

『ふんっ。まぁそうだな。しばらくは大人しくしとかないとな』

 音声は良好だけどその会話の内容に対し、皆一様に険しい顔となった。重たい空気を執《と》り成すようにメアリーが声をあげた。

「今のうちに言わせておけばいいわ。私たちは作戦に集中しましょう。コウヤっち、そろそろ映像の準備をお願い」

「了解。タイミングは瀬織ちゃんが出してくれるんだよね?」

「はい。もう少し行けば長い直線道路になるので、そこで仕掛けます」


 しばらく進んでいると比較的車の少ない長い直線道路が見えてきた。瀬織ちゃんの合図と共に僕はモニターから映像が流れるようボタンを押した。ルームミラーに映し出されるのは、この前孔雀タクシーのドライブレコーダーに映った女性の姿。それはあたかも新城の車の後部座席に座っているかのように見えるだろう。

「たぶんすぐには気がつかないでしょう」

 瀬織ちゃんの言う通り、向こうの車内では特に変わった様子もなく二人で駄弁っている。だが心配はご無用。女性が現れては消える映像が何度もループするように編集済みだ。

『きゃああっ!』

 突然、受信機から叫び声が聞こえた。どうやら女の方が先に気づいたようだ。僕らの車からでもその驚いている様子がわかった。

『なんだっ!? いきなり何叫んでやがる!』

『い、今……鏡に人が……後ろの席に女の人が』

『後ろ!? ――何言ってんだ! 誰もいねーぞ!』

『だって鏡に――ほらっ! 見て!』

『そんなこ――うおぉおお! なんだ! 誰だっ!!』

 新城の車が右へ左へと大きく蛇行した。反対車線へ何度か飛び出し対向車からのパッシングとクラクションを浴びている。

『ねぇ! やばいよこれ! あの女だよ! うちら殺されるよーー!!』

『うるせえ! 黙れ! こんなのありえねぇ! なにかの間違いだっ!』


 新城たちはかなりのパニック状態に陥った。ここで瀬織ちゃんがさらに仕掛ける。

「西田さん! 間もなく新城が狙撃ポイントを通過します!」

『ラジャー! 来るよマロン!』

『オッケ~。任せてちょうだい♪』

 歩道橋の上に真綸ちゃんの姿が見えた。西田くんご自慢のゴキなんとかマークⅡを構えスコープを覗いている。新城の車が歩道橋に差し掛かるとバシュバシュバシュとフロントガラスに二発。運転席の窓に一発。見事に命中させた。

 今回、使用した弾は蓄光インクではなくまるで血のように真っ赤なインク。一瞬で新城の車のガラスは赤く染まった。そして更に、窓ガラスにはインクをはじくように撥水効果のあるコーティング剤で手形をつけてある。まるで人の手形が浮かび上がったかのように見えているはずだ。

『ぎゃあああーーー!!』
『きゃあああああーー!!』

 車内の二人は発狂し、受信機からの音が割れるくらいの叫び声を上げた。瀬織ちゃんの予想だと、新城は恐怖のあまり車を停車するはず――

「ちょっと待て! あいつスピード上げてやがるぞっ!!」

 孔雀さんの言う通り、新城の車は赤信号を突っ切りながらぐんぐんスピードを上げている。

「まずいですね。このままだと他の車を巻き込みかねません――あっ!」


 瀬織ちゃんが新城の車を指差しながら驚きの声を上げた。彼女が指し示す先を見ると車の後部座席にうっすらと光る女性の姿があった。


 

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