ノーダメなサレ夫

三毛猫ジョーラ

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1話

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「ガコンッ」と音を立てて冷えた缶コーヒーが落ちてくる。

 ある夏の昼下がり、その日は一日打ち合わせの予定だったが、ちょっとしたトラブルで午前中で終了。上司から「別に今日はそのまま上がっていいぞ」と言われ、おれは家へと帰ることにした。

 家路への道すがら、喉が渇いたおれは公園でちょっと一服しようと思い缶コーヒーを買ったのだが――

「あれ? これ開かねーな」

 ベンチに腰掛け缶コーヒーを開けようとしたがタブが付いてない。上下間違えたかと思いひっくり返したがやっぱりタブはない。

 取れちゃったのか? と思いながら自販機まで地面を見ながら歩くがなにも落ちていなかった。仕方なくおれは自販機に書いてあった電話番号をダイヤルした。

「あーすみません。コーヒー買ったんですけどタブが付いてなくて開かないんですが? えっ? 番号? ええっと……あ、これか、えー8863071……です。
ええ……いやそこまでしてもらわなくても大丈夫なんで。はい、では失礼します」

 電話を切るとおれは一服するのを諦め再び家へと歩きだした。向こうは買った商品を自販機補充員がすぐにお届けすると言っていたが、そこまでしてもらうこともない。帰ったらどうにかすれば開くだろうと思い、おれはその冷えた缶を顔に当てながら歩いた。




 家のドアを開けると、真っ先に嫁のおしゃれなサンダルが目に入った。今日はパートじゃなかったっけ? と一瞬思った。それと見覚えのない革靴もきれいに揃えて置いてある。ゆっくりドアを閉めながらおれは家の中へと進んだ。

 リビングには誰もいなかったが、寝室の方からなにやら声が聞こえる。

「あんっ……もうやだ」

「昼間っからこんな事して悪い奥さんだな。旦那が知ったら悲しむぞー」

「そんなこと言わないでぇ。ねぇもっとしてぇ」

 女の声は、まぁうちの嫁さんだな。おれの家なんだから当たり前か。男の方もどっかで聞いたことがあるような……

 そうおれが思いを巡らせていると、寝室の二人はギアを上げたようで一際声が大きくなった。どうやら絶頂へまっしぐらのようだ。おれはこのまま盗み聞きするのも悪いと思い、そっと玄関へと向かった。


 時刻はまだ昼の三時。おれは駅まで引き返すとネカフェに行って時間を潰した。
それからいつもの帰宅時間に合わせて家へと帰った。

「ただいまー」

「あっおかえりー。ご飯できてるよー」

 おれがリビングに現れると、嫁さんが笑顔で出迎えてくれた。夫婦になって今年で三年目。大学から付き合ったおれ達は卒業と同時に結婚した。新婚当初は彼女も出版系の会社で働いていたが一年で辞めた。

 人間関係でいろいろ悩んでたみたいだったから、おれが退職を勧めた。専業主婦になってからは昔のような明るい笑顔が戻ったのでおれも嬉しかった。最近では料理の腕もめきめき上達しておれのお腹も少しぽっこりしてきた。幸せ太りとはまさにこれのことだな。そろそろ子供も作ろうか、なんて話もしていた。


「今日は打ち合わせだったんでしょ? うまくいった?」

 おれが夕飯のチキン南蛮を美味しく食べていると、彼女がスマホをいじりながら聞いてきた。

「それがちょっとトラブってね。また後日改めてってなったよ。あっおかわりいい?」

 彼女はふーんと言いながらおれの茶碗を受け取るとご飯をついでくれた。いつもと変わらない我が家の風景。

「そういえば、今度の日曜日ちょっと友達と出掛けてきてもいい?」

「うん大丈夫。飯は適当に食べとくよ」

「もしかしたら遅くなるかもだけど、そん時は連絡するね」

 オッケーと言いながらおれは夕飯を残さず食べた。

 昼間のことはたいして気にしてなかったから、特に何事もなくいつも通り風呂に入って床についた。ベッドのシーツを替えたばかりなのか、さらさらして快適でぐっすり寝れた。ちなみにその夜、夫婦の営みはなかった。



 日曜日――

 早朝から出掛けたのか、おれが起きた時には嫁さんの姿はなかった。テーブルには朝食の用意してあり、スマホには「気持ちよさそうに寝てるから起こさず行くね~いってきます♡」というメッセージがあった。

 その日は特に予定もなくダラダラと一日を過ごした。夕方くらいに嫁さんから「ごめん、今日は遅くなる」と連絡が来たので、おれは近くのファミレスで夕飯を済ませた。

 風呂に入り、ソファーでうとうとしているとガチャリという玄関のドアが開く音で目が覚めた。寝ぼけ眼《まなこ》で時計を見ると二十三時を過ぎていた。

「ただいま! 遅くなってごめ~ん。寝ててよかったのに」

 パタパタとスリッパの音を立てキッチンへと向かうと、嫁さんが麦茶を注いでいた。おれはゆっくりと起き上がりながら背伸びをした。

「ふぁ~おかえり。おれも麦茶頂戴」

 彼女はゴクゴクと一息に飲み干すと、コップにもう一度麦茶を注いで持ってきてくれた。

「はいどうぞ。私シャワー浴びてくるね。先に寝ちゃってよ」

 そう言うと彼女は風呂場へと向かった。もらった麦茶をおれも一気に飲み干し、ふーっと息を吐く。するとわずかだがタバコの匂いがおれの鼻をくすぐった。

 くんくんくん。おれが吸ってるタバコと違い、ちょっと珍しいバニラ系の匂いだ。甘ったるそうだな、と思いながらベランダに出て自分のタバコに火をつけた。

 お土産はなにもなかったようでちょっと残念だ。



 
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