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同盟
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それでも劉縯たちは悲嘆に沈んでいられなかった。彼らを破った甄阜と梁丘賜は勝利の勢いに乗って軍を進めると、輜重(補給物資)を藍郷に残してさらに南下。黄淳水という川を渡り、沘水という川の畔まで来ると、両川の間に駐屯し、さらに渡ってきた橋を落とすことで不退転の決意を敵味方に示す。
率いる兵は十万。示威のため誇張して宣しているにしても半数ですら五万。小長安で大敗し、兵力を大きく損なった劉縯たちでは太刀打ちできない大軍だった。
「どうしたものか」
棘陽に砦して状況を見つめる劉縯だが、妙案は浮かばない。さらに悪いことに、敗北続きのため新市や平林の兵たちの士気が下がり、このまま故郷へ逃げ帰ろうという気運が湧きあがっていたのだ。
「まずい」
堅城とはいえない棘陽を士気の低い兵で守り切れるはずもない。甄阜の大軍が攻め込んでくればそれだけで兵は逃亡してしまうだろう。そのような事態になれば劉縯の命も志望も消え去るか、生き残っても再起はさらに困難なものとなってしまう。
「どうすれば…」
劉仲がいれば良策を示してくれたかもしれない。弟の遺体の前で哭泣した劉縯の心の傷はまだ深く、そのことを考えただけで胸をえぐられるような痛みを覚えるが、その弟のためにもあきらめるわけにはいかない。しかしやはり名案は浮かばず、参謀としての劉仲を失った影響の大きさに目がくらむほどだったが、そんな兄を死した弟が助けたのか、一つの希望、朗報がやってきた。
「下江軍が宜秋へやってきているのか」
下江軍とは、もともと新市軍と一体で緑林軍と呼ばれていた集団である。緑林は諸々の事情から新市・下江の二つの勢力に分かれて行動していたのだが、その一方が近くへやってきたというのだ。
「天恵だ」
劉縯は喜色を浮かべて立ち上がると、急ぎ宜秋へ向かった。
下江と同盟を結ぶ。それ以外にこの苦境を脱する道はない。
随行させるのは劉秀と李通のみである。大人数で動けば新軍に見つかり捕縛される恐れがあるし、死命を分かつ重要な談判である以上、能力・人格とも信用のおける者以外連れて行くわけにはいかなかったのだ。
宜秋の下江陣地へたどり着くと、そこには兵が多数いた。疲労していてもどこか活気があるのは、宜秋へ入る前に敵と戦って大勝してきたからだと劉縯は後で聞いたが、このときおこなったのは近くにいた下級士官らしき兵へ取り次ぎを頼むことだった。
「私は柱天都部の劉伯升である。願わくば下江の一賢将と大事について語り合いたくまかりこした。取り次ぎを請う!」
劉縯の態度は、多少の演技はあれど敗将とは思えないほど堂々としたもので、下級士官を圧倒した。彼の後ろに控える劉秀と李通も劉縯と同じ威を持っており、こちらにも圧された士官は、急ぎ下江軍の首脳陣へ注進に向かった。
三人が待たされた時間は意外に長かった。
やってきたのは一人の武将である。
「王顔卿と申す」
堂々とした将の挨拶に、劉縯もひるんだ様子も見せず応じる。
「劉伯升にござる。こたびは下江の勇将へ申し出があって参上いたした」
王顔卿。顔卿はあざなで、氏名は王常という。弟の仇を討って逃亡し、いつしか王鳳、王匡等とともに緑林の兵を挙げる首領の一人となった。それ以前の経歴は不明である。
だが王常の堂々とした態度や挨拶は劉縯をわずかに驚かせた。新市や平林もだが、この時期の叛乱勢力の首領や頭目のほとんどは無頼上がりで、野卑で粗暴な者が多かった。当然劉縯もそんな男が現れると考えていたのだが、王常はそのような連中とは一線を画す雰囲気の持ち主である。
意外さは王常の方も同じだった。舂陵・新市・平林の同盟軍はごく最近、新に大敗したと聞かされていたのに、劉縯の態度には敗北による疲労が見えなかった。いや彼の体躯の端々に敗北直後の翳りはあるのだが、劉縯自身の芯や核には日輪のような熱と質量が感じられるのだ。
王常にも劉縯の申し出は最初からわかっていた。自分たちと同盟し、合流し、新軍に対抗しようと言うのだろう。敗北して勢力も士気も減少した劉縯たちにはそれしか策はないはずだ。
王常たちにしても味方が増えるのは悪くない話だが、事はそう単純でもない。
そもそも緑林が新市と下江に分かれたのは、疫病などで大所帯を保てなくなったためである。劉縯陣内にはその新市軍がおり、考えなしに合流しては元の木阿弥になってしまう。
それに対外的には味方が増えるとしても、対内的には主導権争いをする競争相手が現れるという面もある。内輪揉めで瓦解する叛乱勢力は、歴史上、枚挙にいとまがない。
王常はそれらの要素込みで劉縯がどのような男かを測るため会いに来たのだが、初対面から警戒心の殻を破られてしまった観がある。
「これは人物だ」
そのような第一印象を持ってしまった以上、この先の流れは決まったようなものである。
そして初対面で相手に感じ入ったのは劉縯も同様であった。
「語るに足る男だ」
前述したように、劉縯がこれまで会ってきた首領たちは、心事を打ち明けたり天下について語れる器ではなかった。
だが王常は違った。しばし歓談することで、それは確信に至った。
王常は言う。
「王莽は天子の位を奪い、天下を残虐にもてあそんでる。民は漢の世を懐かしみ、それに応じて豪傑が各地で挙兵している。そこへ今、劉氏がまた起った。これこそまさに真の天主だ。私は誠心誠意はたらき、必ず大功を為す輔けとなりましょう」
王常の雄言に偽りはなく、それを感じ取った劉縯も感服とともに返答する。
「もし事が成ったときは、必ず功を分け合いましょうぞ。なぜ私が手柄を独り占めにしましょうや」
劉縯と王常は互いに手を取り合い、それにより彼らの同盟は成立した。
率いる兵は十万。示威のため誇張して宣しているにしても半数ですら五万。小長安で大敗し、兵力を大きく損なった劉縯たちでは太刀打ちできない大軍だった。
「どうしたものか」
棘陽に砦して状況を見つめる劉縯だが、妙案は浮かばない。さらに悪いことに、敗北続きのため新市や平林の兵たちの士気が下がり、このまま故郷へ逃げ帰ろうという気運が湧きあがっていたのだ。
「まずい」
堅城とはいえない棘陽を士気の低い兵で守り切れるはずもない。甄阜の大軍が攻め込んでくればそれだけで兵は逃亡してしまうだろう。そのような事態になれば劉縯の命も志望も消え去るか、生き残っても再起はさらに困難なものとなってしまう。
「どうすれば…」
劉仲がいれば良策を示してくれたかもしれない。弟の遺体の前で哭泣した劉縯の心の傷はまだ深く、そのことを考えただけで胸をえぐられるような痛みを覚えるが、その弟のためにもあきらめるわけにはいかない。しかしやはり名案は浮かばず、参謀としての劉仲を失った影響の大きさに目がくらむほどだったが、そんな兄を死した弟が助けたのか、一つの希望、朗報がやってきた。
「下江軍が宜秋へやってきているのか」
下江軍とは、もともと新市軍と一体で緑林軍と呼ばれていた集団である。緑林は諸々の事情から新市・下江の二つの勢力に分かれて行動していたのだが、その一方が近くへやってきたというのだ。
「天恵だ」
劉縯は喜色を浮かべて立ち上がると、急ぎ宜秋へ向かった。
下江と同盟を結ぶ。それ以外にこの苦境を脱する道はない。
随行させるのは劉秀と李通のみである。大人数で動けば新軍に見つかり捕縛される恐れがあるし、死命を分かつ重要な談判である以上、能力・人格とも信用のおける者以外連れて行くわけにはいかなかったのだ。
宜秋の下江陣地へたどり着くと、そこには兵が多数いた。疲労していてもどこか活気があるのは、宜秋へ入る前に敵と戦って大勝してきたからだと劉縯は後で聞いたが、このときおこなったのは近くにいた下級士官らしき兵へ取り次ぎを頼むことだった。
「私は柱天都部の劉伯升である。願わくば下江の一賢将と大事について語り合いたくまかりこした。取り次ぎを請う!」
劉縯の態度は、多少の演技はあれど敗将とは思えないほど堂々としたもので、下級士官を圧倒した。彼の後ろに控える劉秀と李通も劉縯と同じ威を持っており、こちらにも圧された士官は、急ぎ下江軍の首脳陣へ注進に向かった。
三人が待たされた時間は意外に長かった。
やってきたのは一人の武将である。
「王顔卿と申す」
堂々とした将の挨拶に、劉縯もひるんだ様子も見せず応じる。
「劉伯升にござる。こたびは下江の勇将へ申し出があって参上いたした」
王顔卿。顔卿はあざなで、氏名は王常という。弟の仇を討って逃亡し、いつしか王鳳、王匡等とともに緑林の兵を挙げる首領の一人となった。それ以前の経歴は不明である。
だが王常の堂々とした態度や挨拶は劉縯をわずかに驚かせた。新市や平林もだが、この時期の叛乱勢力の首領や頭目のほとんどは無頼上がりで、野卑で粗暴な者が多かった。当然劉縯もそんな男が現れると考えていたのだが、王常はそのような連中とは一線を画す雰囲気の持ち主である。
意外さは王常の方も同じだった。舂陵・新市・平林の同盟軍はごく最近、新に大敗したと聞かされていたのに、劉縯の態度には敗北による疲労が見えなかった。いや彼の体躯の端々に敗北直後の翳りはあるのだが、劉縯自身の芯や核には日輪のような熱と質量が感じられるのだ。
王常にも劉縯の申し出は最初からわかっていた。自分たちと同盟し、合流し、新軍に対抗しようと言うのだろう。敗北して勢力も士気も減少した劉縯たちにはそれしか策はないはずだ。
王常たちにしても味方が増えるのは悪くない話だが、事はそう単純でもない。
そもそも緑林が新市と下江に分かれたのは、疫病などで大所帯を保てなくなったためである。劉縯陣内にはその新市軍がおり、考えなしに合流しては元の木阿弥になってしまう。
それに対外的には味方が増えるとしても、対内的には主導権争いをする競争相手が現れるという面もある。内輪揉めで瓦解する叛乱勢力は、歴史上、枚挙にいとまがない。
王常はそれらの要素込みで劉縯がどのような男かを測るため会いに来たのだが、初対面から警戒心の殻を破られてしまった観がある。
「これは人物だ」
そのような第一印象を持ってしまった以上、この先の流れは決まったようなものである。
そして初対面で相手に感じ入ったのは劉縯も同様であった。
「語るに足る男だ」
前述したように、劉縯がこれまで会ってきた首領たちは、心事を打ち明けたり天下について語れる器ではなかった。
だが王常は違った。しばし歓談することで、それは確信に至った。
王常は言う。
「王莽は天子の位を奪い、天下を残虐にもてあそんでる。民は漢の世を懐かしみ、それに応じて豪傑が各地で挙兵している。そこへ今、劉氏がまた起った。これこそまさに真の天主だ。私は誠心誠意はたらき、必ず大功を為す輔けとなりましょう」
王常の雄言に偽りはなく、それを感じ取った劉縯も感服とともに返答する。
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劉縯と王常は互いに手を取り合い、それにより彼らの同盟は成立した。
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