上 下
6 / 7
公爵令嬢の病

公爵令嬢の病4

しおりを挟む

 
 軽いノックの音とその声に、バッ、っと振り返る。


 入り口付近の壁に腕を組み、寄りかかっている男。
 黒のシャツに黒のズボン、黒の革靴に黒のフード付きコート。透明感溢れ、格好の良さが滲み出ており、濡鴉のような黒髪の隙間からアイスブルーの瞳が煌めくその男は、だ。


 一体いつから??
 

 魔法使いの男だけでなく、公爵、夫人、控えていた執事、メイド、そして各所に配置された警備諸々。誰にも気付かれることなく、部屋に入り、その位置に着き、男が声を発するまで誰もその存在に気づけなかった。


「だ、誰だ?!」
「名を名乗れ!」
「手を上げろ!」


 公爵は夫人と娘を守るかのように前に立ち、声を張り上げる。一瞬の遅れののち、周りにいた兵が駆けつけ、薬屋の男を囲んだ。


「うるせぇなぁ…」


 首に手を当て、衛兵の牽制も公爵の問いにも答えずに歩き出す薬屋の男。
 気づくと、衛兵の横をすり抜け、公爵の横を通り、夫人の目の前に薬屋の男は立っていた。


「「「……っ?!」」」
 「……なっ?!」


 そのまま片膝をつくと、夫人の片手をスルッと掬い取り、手の甲に軽い口づけを落とした。
 

「お初にお目にかかります、美人な奥様マダム。わたくしは、町外れにある薬屋を営んでおります。しがない店主です。」
「……薬屋?」
「はい。先程、別の依頼を終え、そろそろかなと思い馳せ参じました。」
「無視をするなっ!貴様、いつからいた?何者だ!」


 公爵が、夫人の手を奪い取り、抱き寄せ、薬屋の男から取られまいと身を隠した。

 はぁ、と溜息を吐き立ち上がる薬屋の男。


「……薬屋ですよ。いたのは、そこの魔法使いが来た直後」
「なにをしにきた!」
「薬屋がくるのは、主に患者を診る為に決まってるじゃありませんか。」


 何を当たり前のことを、と呟きつつ、眠っている公爵令嬢に近寄る薬屋の男。

 慌てて、公爵が前に出る。


「なにをするつもりだ?!」
「治療だって」


 確かに公爵は薬屋の行先を遮った筈だった、がどうゆうわけか薬屋は既にベッドの横に佇んでいた。


「「「っ?!」」」

「大体さ、このお嬢様の病名さえわかってないんだろ?……おい、聞いてんのか魔法使い」
「……え、あ、はい!」
 
 
 薬屋の男の迫力に飲まれ、慌てて男は返事をする


「……見なかったのか?」
「……え?」
「だから、魔法使ったときに対象者を見なかったのか、って聞いてんだよ」
「見たに決まってんだろ」


 魔法をかけるときに対象者を見るのは当たり前のことだ。でないと魔法にかからない可能性が出てくる。
 

「ならなんで違和感に気づかない」
「は?」
「はぁぁ……、いいや、もう一回かけろ。今度は初級でいい。そんくらいなら魔力余ってんだろ。」


 深くため息をつくと、投げやりに男に命令する。
 それにカチンときた男は反撃を試みた。
 

「余ってはいるが、回復魔法・特オーバーヒールをかけたのをあんたも見ただろ?何を今更」
「いいからやれって」


 有無を言わさないその声に、仕方なく従う


「――――、回復魔法・小ヒール


 令嬢の下あたりに小さな魔法陣が浮かび上がり、吸い込まれていく。回復の兆しは見えない。術本体も変わらないように見えるが。


「いいか?よく見ろ。よく観察しろ。魔法使う時の基本だろ?」


 分からないのは男だけではないようだ


「……どこに違和感があるんだ?」
「あ、あの…、」


 おずおずと手を挙げたのは、控えていたメイドの1人。


「……発言をお許しください。き、気のせいかもしれないのですが、お嬢様の周りに魔力抵抗が見受けられる気が」
「正解です、美しいお嬢さん」


「肌の周り、今はもう見えませんが、うっすらと魔力抵抗があります。それはなぜか、答えは明白です。令嬢が罹っている病気が関係しているから。」


 薬屋の男は、すっ、と懐から指2本分程の緑色の小さいガラス瓶を取り出した。中の液体がたぷんと揺れるのがわかる。


「俺も実際掛かってる人は初めてみました、が幸にして俺の師匠が知ってまして……」
「君の師匠とは?」


 スッと男は睨みを効かせたのち肩をすくめた。話す気はないというわけだ。
 ガラス瓶の蓋を開け、令嬢の口に添える。ゆっくりと瓶を傾けつつ、薬屋の男は話を続けた。


「……病気の名前は、魔力過多症。体内の魔力が多く暴発し、起こる症状。外からの魔力を一切受け付けない、というのが特徴だな。軽度なのが多く、症状は眠気、体温調節が難しくなる等。人によっては吐き気。重度になるものは殆どおらず、いたとしても知られることなくその患者はなくなることが多い。」


 言い終わると同時に、瓶を口から離し懐にしまった。
 男を含めて、周りにいた者は黙って聞いている。


 何かを思い出したかのように突然、ばっ、とコートを翻し扉へ向かう薬屋の男。
 心配になり、公爵は慌てて呼び止めた。


「な、なにかあったのか?」
「……依頼完了ですよ」

 
 ベッドの方から、んんっ、と声がした。

 ばっ、と振り向く。目を見開き、息を呑む。愛しい娘がベッドの上に起き上がっていた。

 
「……あら、お父様、お母様。みんなも、そんな顔してどうしたの?」

 
 ぼろぼろ、と涙が溢れるのが分かる。それは公爵だけではないようで、夫人もメイドも執事もたくさんの涙を溢れさせていた。

 ベッドに駆け寄り、ぎゅっ、と抱き寄せた。


「なになに?え?」


 娘は混乱しているようだ。それも仕方ない。が、この溢れる感情は抑えられなかった。

 ハッ、お礼を言わなければ、と振り返ると薬屋の男も魔法使いの男も既に部屋にいなかった。


 机の上には一枚の紙が。




 ***
 
 ご依頼ありがとうございます。
 支払いはこちらまで。
 ×××-×××    薬屋リナリア

 ***



ーーーーーーーーーーーーーー

 リナリア(リナリア・マロッカナ)
花言葉 幻想




 私事ですが、妹に垢バレしました。
みなさんもお気をつけて

 
しおりを挟む

処理中です...