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第九話 取り戻した誇り
①フリーランサー、知佳
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日本を代表する総合印刷会社「大日本総合印刷(株)」の京都事業場は京都西郊の梅津に在った。その広大な事業湯の一隅にある製版工場の二階の作業室で、高木知佳は脇目も振らずにゲラ刷りの校正をしていた。黒い大きな瞳にツンと先の尖った鼻、少し捲れ上がった上唇、二十代半ばの顔は艶やかにキュートでその容姿はコケティッシュだった。
管理課長の伊藤徹が作業室に入って来たが、彼女は気づかずに仕事に没頭していた。伊藤は二十代の若さで課長代理に出世したやり手で頭の切れる男だった。
「未だ終わらないのか?」
愕いたように顔を上げた知佳は微笑みながら答えた。
「あら、いつ居らしたんですか?今、最後のページをやっています」
伊藤は煙草を取り出したが、思い直して、直ぐに胸ポケットへ仕舞った。此処は危険物工場の一角で、火気は厳禁だった。爆発でもしたら大騒動である。
「いつも急ぎの仕事ばかりで悪いな」
知佳が調子をつけるような口調で答えた。
「校閲渡世に怒りを籠めて、赤鉛筆を握っています。しがない稼業です」
「何をふざけて居る?然し、フリーランサーって言うのは魅力だね。俺たちサラリーマンにとっては憧れだからな」
「あら、何をおっしゃいますか?大会社のエリートが・・・口と腹とは大違いでしょう?」
伊藤が苦笑しながら訊ねた。
「後、どのくらい?」
「そうね・・・一時間くらいかしら」
「終わったら声かけてよ。管理事務所で次長と打ち合わせをしているから」
「はい・・・」
「あっ、それから、五十ページほどの英語のパンフだけど、君、英語も大丈夫なんだよな?」
知佳は黙って頷いた。彼女は京都美大で美術やデザインを学ぶ傍ら、外語も勉強していた。
「よ~し。一緒に帰ろう、晩飯でも食おうや」
伊藤はポンと彼女の肩を叩いて念を押すように確認した。
「いいね!」
知佳は部屋を出て行く伊藤を見送りながら一瞬眉を顰めるたが、直ぐに向き直ってゲラ刷りを凝視し、校正を続けた。
その夜・・・
凝った装飾の電気スタンドが柔らかな光を放っている知佳のワンルームマンションのベッドで伊藤が訊ねた。
「今、何時だ?」
知佳は壁に架けられた伊藤の背広に眼をやった。
「帰るの?」
伊藤が枕元の腕時計を取った。
「もう十二時半か?帰らなくっちゃ・・・」
「奥さんね・・・」
そう言いつつ知佳は、眼で、起きて背広を着る伊藤の動きを追った。
「煩くて、な。その癖、可愛がるのは子供だけなんだが・・・」
「惚気なら聴きたくないわ」
伊藤がネクタイを結びながら苦笑を浮かべ、上衣を羽織った。
「拗ねるなよ、じゃんじゃん仕事を廻すから、さ」
「そんなこと、頼んでやしないわ!」
「送らなくて良いぞ、鍵はかけて行くから。レターボックスに入れて置けば良いんだろう、じゃ、おやすみ」
彼はせかせかと部屋を出て行った。
「誰が送るもんか!何でも社用の仕事で済ますんだから・・・」
知佳と伊藤の男女の関係はもう二年も続いていた。伊藤が知佳に仕事を周旋し顧客を紹介する代償として彼は彼女の肉体を求めた。知佳は学生時代にボーイフレンドとの間に性の交渉が在ったので、伊藤に肉体を開くことにそれほどの嫌悪感は無かった。彼女は伊藤から仕事を貰ったが、金は貰わなかった。
私はコールガールじゃないわ・・・
言わば、互いに持ちつ持たれつの関係だった。二人の間に愛が介在することは無く、単なる不倫の恋愛関係だった。
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝陽に目覚めた知佳は、もの憂げに起き上がると、伸びをしながらカーテンを引き開けた。今日も空は晴れていた。
管理課長の伊藤徹が作業室に入って来たが、彼女は気づかずに仕事に没頭していた。伊藤は二十代の若さで課長代理に出世したやり手で頭の切れる男だった。
「未だ終わらないのか?」
愕いたように顔を上げた知佳は微笑みながら答えた。
「あら、いつ居らしたんですか?今、最後のページをやっています」
伊藤は煙草を取り出したが、思い直して、直ぐに胸ポケットへ仕舞った。此処は危険物工場の一角で、火気は厳禁だった。爆発でもしたら大騒動である。
「いつも急ぎの仕事ばかりで悪いな」
知佳が調子をつけるような口調で答えた。
「校閲渡世に怒りを籠めて、赤鉛筆を握っています。しがない稼業です」
「何をふざけて居る?然し、フリーランサーって言うのは魅力だね。俺たちサラリーマンにとっては憧れだからな」
「あら、何をおっしゃいますか?大会社のエリートが・・・口と腹とは大違いでしょう?」
伊藤が苦笑しながら訊ねた。
「後、どのくらい?」
「そうね・・・一時間くらいかしら」
「終わったら声かけてよ。管理事務所で次長と打ち合わせをしているから」
「はい・・・」
「あっ、それから、五十ページほどの英語のパンフだけど、君、英語も大丈夫なんだよな?」
知佳は黙って頷いた。彼女は京都美大で美術やデザインを学ぶ傍ら、外語も勉強していた。
「よ~し。一緒に帰ろう、晩飯でも食おうや」
伊藤はポンと彼女の肩を叩いて念を押すように確認した。
「いいね!」
知佳は部屋を出て行く伊藤を見送りながら一瞬眉を顰めるたが、直ぐに向き直ってゲラ刷りを凝視し、校正を続けた。
その夜・・・
凝った装飾の電気スタンドが柔らかな光を放っている知佳のワンルームマンションのベッドで伊藤が訊ねた。
「今、何時だ?」
知佳は壁に架けられた伊藤の背広に眼をやった。
「帰るの?」
伊藤が枕元の腕時計を取った。
「もう十二時半か?帰らなくっちゃ・・・」
「奥さんね・・・」
そう言いつつ知佳は、眼で、起きて背広を着る伊藤の動きを追った。
「煩くて、な。その癖、可愛がるのは子供だけなんだが・・・」
「惚気なら聴きたくないわ」
伊藤がネクタイを結びながら苦笑を浮かべ、上衣を羽織った。
「拗ねるなよ、じゃんじゃん仕事を廻すから、さ」
「そんなこと、頼んでやしないわ!」
「送らなくて良いぞ、鍵はかけて行くから。レターボックスに入れて置けば良いんだろう、じゃ、おやすみ」
彼はせかせかと部屋を出て行った。
「誰が送るもんか!何でも社用の仕事で済ますんだから・・・」
知佳と伊藤の男女の関係はもう二年も続いていた。伊藤が知佳に仕事を周旋し顧客を紹介する代償として彼は彼女の肉体を求めた。知佳は学生時代にボーイフレンドとの間に性の交渉が在ったので、伊藤に肉体を開くことにそれほどの嫌悪感は無かった。彼女は伊藤から仕事を貰ったが、金は貰わなかった。
私はコールガールじゃないわ・・・
言わば、互いに持ちつ持たれつの関係だった。二人の間に愛が介在することは無く、単なる不倫の恋愛関係だった。
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝陽に目覚めた知佳は、もの憂げに起き上がると、伸びをしながらカーテンを引き開けた。今日も空は晴れていた。
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