人生の時の瞬

相良武有

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第1話 真珠と海と誇りと

②有色人種を露骨に差別した白豪主義の時代だった

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 だが、有色人種を露骨に差別した白豪主義の時代だった。
それは白人最優先主義とそれに基づく非白人への排除政策であった。イスラーム教徒や黒人、先住民族アポリジニや東南アジア諸国民、メラネシア人などへの迫害や隔離など人種差別が行われていた。異民族間の結婚も凡そ一割が認められなかったのである。
 ランチに入ったレストランでは、見晴らしの良い窓際の明るい席が空いていたが、案内されたのは壁際の暗い小さなシートだった。
「あそこの窓際の席が良いんだけど・・・」
大島が明るい席を指差して異議を唱えると、ウエイターがぴしゃりと拒絶した。
「あそこは白人席です。白人以外は座れません!」
ウエイターはあからさまに嫌な態度を示し、オーダーもなかなか取りに来なかった。
その態度に腹を立てた大島はとうとう彼にチップを支払わなかった。
 数日後に入った映画館でも、白人の席は前部、アポリジニは最後部。二人が座ったのはその中間の横側だった。
 二人の結び付きを強めたのは差別される者同士の共感と憤りだった。白人が頂点で、次がアジア系。エラのようなアジア系とアポリジニの混血は「雑種」と呼ばれた。
 店のレジ係として働いていたエラは暗算に自信を持っていたが、或る日、白人たちに言い掛かりをつけられた。
「勘定がおかしい。お前がそんなに早く出来る訳が無い」
客の眼の前で丁寧に筆算するとエラの暗算は間違っていなかった。客はようやく納得して帰って行った。
 肉屋に買い物に行くと、くず肉が廻って来た。
「今日はお祝いの日なの。ヒレ肉の良いところを下さい」
「お前たちに売ってやれる肉はこれしか無いんだよ!これを持ってさっさと帰んな」
大島もエラと同じように蔑まれ、虐げられた。
「そいつにパンフレットを渡す必要は無い。どうせ英語が読めないんだから」
「英語くらい読めるさ。一枚呉れよ」
「喧しい、黙れ!ジャップ!」
 或る時、酒場でふとしたことから白人に、やにわに、顔に酒を浴びせかけられた。
ウッとなった大島は静かにポケットからハンカチを取り出して顔を拭うと、猛然と白人に殴りかかって行った。最初は白人に比べて小柄な大島が掴まえられて床に転がされたが、直ぐに起き上がると、繰り出されるパンチを巧みに躱しながら、強烈な左フックを相手の鳩尾に見舞った。ううっと呻いて前に屈みこむ相手の顎を今度は下から右のアッパーで突き上げた。白人の大男は仰向けにひっくり返って床に尻もちをつき、それっ切りもう立ち上がっては来なかった。大島は一人静かに店を後にした。
それからは大島に対して誰も「ジャップ!」と蔑まなくなった。

 だが、その他にも有色人種に対する白人中心主義の差別はまだまだ在った。
 タクシーを拾うのに一苦労した。空車に手を挙げても停まって呉れなかった。後から手を挙げた白人をさっさと乗せて走り去るだけだった。
 レストランから出て来て迎えの車を待っていると、知らない人間から駐車場係と間違われて車の鍵を預けられた。
蝶ネクタイの礼装でディナーに出席した折には、ウエイターと間違われて、コーヒーを持って来てくれ、と頼まれた。
 休日に、ジャンパーにジーパンという伊出達で街を歩いていると、警官に強盗と間違えられて手錠を掛けられた。
 真珠養殖の会社を興した際も、真珠貝採取の割当量は白人の企業よりも少なかった。
大島はエラに何度となく言った。
「白人を殴り倒したい衝動を何度押し殺さなきゃならないんだ!」
悔しさを露わにして、エラも語気を強めた。
「日本は世界で一番養殖技術が進んでいるにも拘らず、未だに差別する人が居るのは許せないわ」
だが、大島は信じていた、真実は自分たちの方がよほど優秀なのだ、と。
エラは彼の静かな誇りにより一層惹かれて行った。
彼女は友人たちに事ある度に話した。 
「色んな人に言い寄られたけど、彼が一番洗練されている。とても波長が合うの」
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