59 / 63
第1話 真珠と海と誇りと
⑤大島、真珠の養殖会社を立ち上げる
しおりを挟む
三十歳を過ぎた時、大島は五年間生命を懸けて海に潜って来た潜水士の仕事を止めて、真珠の養殖会社を立ち上げた。エラを、否、世界中の女性を自分の作った真珠で美しく飾りたいと思った。それまでは、真珠を身に着けることが出来たのは、貴族や大金持ちなどごく一部の人達に限られていたからである。
資金は潜水で稼いだ金がたんまり有った。
だが、事業は想像以上に手間暇がかかったし、製品化の歩留も悪くて、それは並大抵ではなかった。失敗と挫折、試行錯誤の繰り返しで何年もの歳月を費やさなければならなかった。
「ジャップの馬鹿が・・・!」
陰口が彼方此方から聞こえて来た。
周囲の目は厳しく、エラだけが一緒に寄り添い、見守って、彼を力づけた。
貝の種類は世界中に十万種類ほどあったが、綺麗な真珠が作れる貝は、アコヤガイ、シロチョウガイ、クロチョウガイ、マベガイ、イケチョウガイ、アワビ等ごく僅かに限られていた。大島は大きな真珠が作れるシロチョウガイを主に選んだ。日本から伝来した真珠養殖術の母貝は殆どがアコヤガイだったが、彼は新しいブルームならではのものを志向した。彼の作った大きな真珠は後に南洋真珠と呼ばれるようになった。南洋真珠は他の真珠に比べて極めて大きく、色照りが美しくて、将に宝石の女王と呼ばれるにふさわしい輝きを放った。
真珠の養殖は、貝を育てるところから始まる。
綺麗な真珠を作る為に、先ず良い貝同士を選んで貝の子供を作る。大きくなるまで凡そ二年間、それを育てなければならなかった。
次に、成長した貝の体の中に、厚みのある貝殻を丸く削った「核」と、外套膜を小さく切った「ピース」を入れる手術=「核入れ手術」を行う。
核入れ手術の後、貝をカゴに入れて筏に吊るす。
真珠を取り出すまで、貝の掃除をしたり、赤潮や台風の被害を受けないように大事に育てなければならない。それにも二年もの歳月が必要だった。エラが挫けそうになる大島を励まし、力づけながら、根気よく手伝った。
真珠を取り出す作業は冬に行われた。この収穫作業を「浜揚げ」と言った。
貝を育てるところから始めて、凡そ四年の年月を費やして、漸く真珠が出来上がった。
然し、養殖の途中に貝が死んでしまうこともあったし、採れた真珠も全てが綺麗なものである訳ではなかった。
押し並べて、途中で死んでしまった貝が五十%、真珠と呼べないものが五%、不良真珠が十七%、良質真珠が二十三%で、「花珠」と呼ばれる品質の良い真珠は全体の五%しか収穫出来なかった。
大島は出来た真珠を見て色んな知見を得た。
真珠の成分は炭酸カルシウム、たんぱく質、水などであったが、その構造は炭酸カルシウムの結晶の層が何枚も重なった真珠層で出来ていた。その一枚一枚がたんぱく質のシートによってくっ付けられ、断面はまるでレンガを重ねた壁のようだった。
又、真珠の表面に光が当たると、何千枚にも積み重なった真珠層の内部で光が反射した。この「多層膜干渉」と呼ばれる現象が、真珠特有の柔らかい光沢の出る秘密であった。
真珠には色々な色が在った。真珠貝によって出来る色は違っていたが、大きく分けてピンク、シルバー、ゴールド、ブルーの四色だった。
「このピンクの真珠は、どの部分にも色は着いていないのに、反射した光の作用でピンク色に見えるのね」
大島が説明した。
「そうだ。透明なシャボン玉が色んな色に見えるのと同じ理由だよ」
炭酸カルシウムの結晶が規則正しく綺麗に積み重なっていないと、光の干渉現象が強く起きずに白っぽく見えた。これがシルバー真珠だった。
たんぱく質のシートに色が含まれているとその色が強く見えた。アコヤガイの場合は黄色、クロチョウガイの場合は黒色だった。これがゴールド真珠である。
「養殖の途中で沢山の薄い層の一番下に関係の無いものが含まれると、層の上からそれを見た時に、青色に見えるんだ。そのブルーの真珠がそうだよ」
大島の養殖事業が軌道に乗るのには尚、数年の歳月が必要だった。
その間、大島が仕事で遠くへ出張したり、エラが実家へ里帰りしたりして、離れ離れになると、彼は毎日エラに電話を架けた。
「なぜ、僕を愛しているんだい?」
エラがその度に答えた。
「あなたがあなただからよ」
そして、いつからか、エラは大島のことを「私の命」と呼ぶようになった。
「愛は幸運の財布。与えれば与えるほど中身が増す」
ドイツの詩人ウィルヘルム・ミュラーの言葉を大島はよく口にする。それは二人にぴったり似合う言葉であるように彼には思われた。
生まれた四人の男の子は夫々に日本語名を持って居る。大島とエラが二人三脚で手掛け、息子たちも手伝った養殖会社は成功を収め、オオシマ家はブルームの名士になった。
住宅街に広大な土地を入手して大邸宅を建て、高台に来賓客を迎える為の別荘も購入した。息子たちはブルームを初めオーストラリアの各地で暮らしている。
大島は事業を拡大する一方で、半円真珠だけでなく真円真珠も完成させて特許を取得し、イギリスやフランス、アメリカなどの博覧会や展覧会にそれを出品した。その活動は人種を越えた国際親善を基調とする民間外交活動として内外で高く評価され、養殖真珠の美しさも広く知れ渡って行った。
彼はまた、粗悪真珠を焼却処分して良品販売の模範をも示した。
「近頃は悪い真珠が出回っているので、止むを得ず、こうして焼くのです。まやかしものが出なくなれば、ブルームの真珠は世界中の女性の首を美しく飾ることになるでしょうから」
そう言って粗悪真珠の排除と品質維持に力を注いだ。
資金は潜水で稼いだ金がたんまり有った。
だが、事業は想像以上に手間暇がかかったし、製品化の歩留も悪くて、それは並大抵ではなかった。失敗と挫折、試行錯誤の繰り返しで何年もの歳月を費やさなければならなかった。
「ジャップの馬鹿が・・・!」
陰口が彼方此方から聞こえて来た。
周囲の目は厳しく、エラだけが一緒に寄り添い、見守って、彼を力づけた。
貝の種類は世界中に十万種類ほどあったが、綺麗な真珠が作れる貝は、アコヤガイ、シロチョウガイ、クロチョウガイ、マベガイ、イケチョウガイ、アワビ等ごく僅かに限られていた。大島は大きな真珠が作れるシロチョウガイを主に選んだ。日本から伝来した真珠養殖術の母貝は殆どがアコヤガイだったが、彼は新しいブルームならではのものを志向した。彼の作った大きな真珠は後に南洋真珠と呼ばれるようになった。南洋真珠は他の真珠に比べて極めて大きく、色照りが美しくて、将に宝石の女王と呼ばれるにふさわしい輝きを放った。
真珠の養殖は、貝を育てるところから始まる。
綺麗な真珠を作る為に、先ず良い貝同士を選んで貝の子供を作る。大きくなるまで凡そ二年間、それを育てなければならなかった。
次に、成長した貝の体の中に、厚みのある貝殻を丸く削った「核」と、外套膜を小さく切った「ピース」を入れる手術=「核入れ手術」を行う。
核入れ手術の後、貝をカゴに入れて筏に吊るす。
真珠を取り出すまで、貝の掃除をしたり、赤潮や台風の被害を受けないように大事に育てなければならない。それにも二年もの歳月が必要だった。エラが挫けそうになる大島を励まし、力づけながら、根気よく手伝った。
真珠を取り出す作業は冬に行われた。この収穫作業を「浜揚げ」と言った。
貝を育てるところから始めて、凡そ四年の年月を費やして、漸く真珠が出来上がった。
然し、養殖の途中に貝が死んでしまうこともあったし、採れた真珠も全てが綺麗なものである訳ではなかった。
押し並べて、途中で死んでしまった貝が五十%、真珠と呼べないものが五%、不良真珠が十七%、良質真珠が二十三%で、「花珠」と呼ばれる品質の良い真珠は全体の五%しか収穫出来なかった。
大島は出来た真珠を見て色んな知見を得た。
真珠の成分は炭酸カルシウム、たんぱく質、水などであったが、その構造は炭酸カルシウムの結晶の層が何枚も重なった真珠層で出来ていた。その一枚一枚がたんぱく質のシートによってくっ付けられ、断面はまるでレンガを重ねた壁のようだった。
又、真珠の表面に光が当たると、何千枚にも積み重なった真珠層の内部で光が反射した。この「多層膜干渉」と呼ばれる現象が、真珠特有の柔らかい光沢の出る秘密であった。
真珠には色々な色が在った。真珠貝によって出来る色は違っていたが、大きく分けてピンク、シルバー、ゴールド、ブルーの四色だった。
「このピンクの真珠は、どの部分にも色は着いていないのに、反射した光の作用でピンク色に見えるのね」
大島が説明した。
「そうだ。透明なシャボン玉が色んな色に見えるのと同じ理由だよ」
炭酸カルシウムの結晶が規則正しく綺麗に積み重なっていないと、光の干渉現象が強く起きずに白っぽく見えた。これがシルバー真珠だった。
たんぱく質のシートに色が含まれているとその色が強く見えた。アコヤガイの場合は黄色、クロチョウガイの場合は黒色だった。これがゴールド真珠である。
「養殖の途中で沢山の薄い層の一番下に関係の無いものが含まれると、層の上からそれを見た時に、青色に見えるんだ。そのブルーの真珠がそうだよ」
大島の養殖事業が軌道に乗るのには尚、数年の歳月が必要だった。
その間、大島が仕事で遠くへ出張したり、エラが実家へ里帰りしたりして、離れ離れになると、彼は毎日エラに電話を架けた。
「なぜ、僕を愛しているんだい?」
エラがその度に答えた。
「あなたがあなただからよ」
そして、いつからか、エラは大島のことを「私の命」と呼ぶようになった。
「愛は幸運の財布。与えれば与えるほど中身が増す」
ドイツの詩人ウィルヘルム・ミュラーの言葉を大島はよく口にする。それは二人にぴったり似合う言葉であるように彼には思われた。
生まれた四人の男の子は夫々に日本語名を持って居る。大島とエラが二人三脚で手掛け、息子たちも手伝った養殖会社は成功を収め、オオシマ家はブルームの名士になった。
住宅街に広大な土地を入手して大邸宅を建て、高台に来賓客を迎える為の別荘も購入した。息子たちはブルームを初めオーストラリアの各地で暮らしている。
大島は事業を拡大する一方で、半円真珠だけでなく真円真珠も完成させて特許を取得し、イギリスやフランス、アメリカなどの博覧会や展覧会にそれを出品した。その活動は人種を越えた国際親善を基調とする民間外交活動として内外で高く評価され、養殖真珠の美しさも広く知れ渡って行った。
彼はまた、粗悪真珠を焼却処分して良品販売の模範をも示した。
「近頃は悪い真珠が出回っているので、止むを得ず、こうして焼くのです。まやかしものが出なくなれば、ブルームの真珠は世界中の女性の首を美しく飾ることになるでしょうから」
そう言って粗悪真珠の排除と品質維持に力を注いだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる