人生の時の瞬

相良武有

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第1話 真珠と海と誇りと

⑦「アイシテル」

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 今、潜水士ら九百人余りが眠る日本人墓地の一角に、二年前に病死した大島が眠って居る。ブルーム特有の赤土に建つ十字架の下に・・・
エラの耳には、高齢になった大島が病床に伏す前に言った言葉が響き渡っている。
「外へ出るのが億劫になった。何かをするのが面倒臭くなった。考える気力も根気も無くなって来た。薬の量が増え、食事の量と酒の量が減った。末期的症状だ。だけど、君を愛する気持ちだけは益々強くなり、大きく増え続けているよ」
死ぬ間際に大島が途切れ途切れに語った言葉もエラは忘れない。
「金婚式を迎えられなかったのは心残りだけど、君が一生涯、僕の傍に居てくれて、僕は真実に幸せだった。もう一度生まれ変わって来ても、また、君と一緒に暮らしたいよ。有難う、な!」
エラは皺の増えた大島の手を捕って頬に押し当てた。涙がポロポロと零れ落ちた。
彼女は大島の墓標の前で思う。
「彼はクリスチャンに改宗したけど、十字架を日本の墓石に替えて、漢字で名前を彫ってあげたい、大島高志と」
大島は数十年前にエラと約束した通り、二度と日本の土を踏まなかった。
真珠の養殖に世界で初めて成功したのは日本のミキモト真珠だったが、半年余りもエラと欧米へ視察旅行に出た時にも彼は日本には立ち寄らなかった。
今、エラの胸には、彼にも望郷の念は大いに有っただろうに、との思いが重石となって沈んでいる。墓石に漢字で夫の名前を彫りたい、と思ったのは、エラのそんな心情の発露だった。
「月の涙」がエラの胸元で明るく煌めいた。
 がらんとした大きな家の中のリビングで、エラが、時間になった、と言ってテレビを点けた。
「これを毎日見ているの。話の続きを見なくっちゃ」
直ぐにNHKの連続ドラマが流れ出した。杏と言う名の女優が主演する、昭和の戦争時の日本が舞台のドラマだった。
「ケーブルテレビで日本のドラマを見るのが日系人のトレンドなの。勿論、日本のニュースも毎日ちゃんとチェックしているわよ」
因みに、大島が若い頃から好きだった番組は「NHKのど自慢」だったと言う。
「アイシテル」
夫が耳元で囁いたような気がして、エラはふと窓の外に視線を流した。
夾竹桃の白い花が眩しかった。
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