人生の時の瞬

相良武有

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第6話 忍ぶ恋

⑦三年後、清水が優子にプロポーズした

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 清水が初めて後藤造園へ足を踏み入れてから三年の歳月が流れた。
或る日、後藤が清水に言った。
「今日でうちの実習は終わりにしよう。此の儘うちに残って仕事を続けても良いし、独立して自分でやっても良い。但し、独り立ちでやっていくにしろ、うちからの仕事は最優先でやってくれることが大前提だぞ」
清水は後藤の気遣いが有難かった。独りでやっても食っていける保証は無い、後藤造園の下請をしながら当分の間は食い繋ぎ、その間に自分のお客さんを増やす努力をしろよ、そう言っているのが眼に見えていた。
「独り立ちでやらせて貰うよ」
清水は、自分の再出発の更生を賭けた人生を力強く生き抜く為にも、この挑戦は自力で、独力でやり遂げなければならない、と強く心に秘していた。
 清水はなけなしの貯金を叩いて「有限会社花豊園」を設立した。
翌日、清水は早速に優子を食事に誘った。優子は嬉々として従いて来た。 
「刑務所から出た後、後藤に誘われて庭師の見習いを始めてから、早いものでもう三年になる。この三年間、否、それ以前のサラリーマン時代から刑務所に入っている間も、ずうっと君は俺を支え励ましてくれた。本当に俺は君が居てくれたから今日までやって来れたと思っている。有難う、な」
「私のことはいいの。私は唯、あなたのお役に立ちたいだけなの。苦しい思いに耐えて頑張って来たのはあなたの方なのだから」
「庭師は十年で一人前と言われている世界だから、造園の見習いを始めた時は本当にものに成るのだろうかと気を揉んだが、漸く此処までたどり着くことが出来た。まあ、正直のところ、ホッと一息ついているというのが本音のところだよ」
二人はワインと紹興酒を飲み、北京の宮廷料理を愉しみながら、暫くの間、この数年の互いの胸の中の思いを顧みた。
優子は満ち足りた表情で清水を見つめ微笑を絶やさなかった。
 暫くして、清水が生真面目な眼で優子をじっと見て、言った。
「なあ、仕事が一段落したら、俺たち結婚しようじゃないか?否、是非結婚して欲しい」
「えっ?」
「俺と結婚したら世間から後ろ指を差されることになるかもしれない。そして、俺たち二人だけでなく、君のお母さんにも類が及ぶかもしれない。産まれて来る二人の子供にも何らかの十字架が背負わされるかもしれない。然し、俺は必ず君を護り、きっと君を幸せにするよ、約束する。だから俺と一緒になって欲しい」
 優子は清水の正式のプロポーズにいっぺんに胸の中が熱くなった。
待ちに待った言葉だった。優子は心の底から嬉しかった。忽ち大粒の涙が頬に溢れた。
 清水が声をかけようとしたが、優子は両手で顔を蔽い、声を殺して泣いた。咽び泣く優子の嗚咽を聞きながら、清水は、俺は間違っていなかった、と思った。優子の今日まで耐えて来た忍び泣きがその証だと思った。
優子の泣く姿が清水の胸の中に沁み込み、清水も少し涙ぐんだ。長い二人の耐え忍んだ愛が今、結実したのだ、と思った。
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