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第7話 老女優
④一色彩は嶋木監督とヌーヴェルヴァーグの映画を撮って居た
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数年後、嶋木監督と一色彩はヌーヴェルヴァーグの映画を撮って居た。
それまでにも彼女は嶋木監督作品には数本出演していたが、ヌーヴェルヴァーグのそれは初めてだった。
日本のヌーヴェルヴァーグは一九五〇年代末から一九七〇年代初頭に出現した映画監督などから起こった日本映画内部におけるムーヴメントであり、それはフランスと同時に発展したが、社会的な慣例に疑問を抱き、分析し批評し、時には、慣例を揺るがすことに捧げられたムーヴメントとして起こっていた。当初の映画監督には羽仁進、勅使河原宏、増村保造、篠田正浩、大島渚、蔵原惟繕、今村昌平などが居たが、嶋木譲二もその一人に数えられていた。彼等は伝統的な日本映画にはさほど視られることのなかった幾つかの理想を探求した。それは、社会から追放された人間、例えば、犯罪者や非行少年などを主人公として描いたし、奔放な性の描写、社会における女性の役割の変化、日本における人種差別と人種的マイノリティの位置、社会構造と社会通念への批評や脱構築など、映画的な注意を逸らしてしまうような人生への一瞥を国内外の観客に省みさせたのである。
今、一色彩と嶋木監督の二人が取り組んでいる映画は、東京から青森まで、惚れた男を追ってひたすら車を走らせる日本で初めてのロードムービーだった。
その脚本は手にした時からそれまでのものとは違っていた。台詞が極端に少なく、ト書きには「ひたすら車を走らせる」とだけ記されている。
監督は彼女を、アヤ、と言う愛称で呼んだ。
「アヤ、ただこの女に成り切って自然に動いてよ。あとは遠くからカメラを回して行く。これはそう言う映画なんだ」
彩はデビューしてこのかた、役について監督たちから説明を受けたことは無かった。このヒロインはどういう女で、どんな風に生きて来たか、と彩に語ってくれた監督は誰も居なかった。それどころか、彩の出る映画は、たいていの場合、リハーサルも行われない。脚本合せも無い。ひたすら台詞を暗記して来た俳優たちが言葉を発し、多分こうだろうと考えた動きをする。監督が気に入りさえすればそれでOKであった。だから、年に十二本もの映画に出演しながらも未だ代表作と言われるものが彩には一本も無かった。プログラム・ピクチャーの人気女優とはそう言うものかも知れなかった。
だが、嶋木監督は違っていた。
自分が本当に納得するまで何回も何回も同じシーンを繰り返す。たった一言の台詞のOKが出ず何十回も撮り直すこともあった。デビューして数年の若い女優が泣き出したほどである。
「これがお芝居だ、これが映画だ、と思っているものを全部捨てて、ただ、その女に成り切ってよ、ね」
「そんな難しいことを言われても・・・」
「この女はね、賢くて自信に満ち溢れていて、それにこの男に惚れているんだけれども、あまりそのことを表に出さない女なんだよ。だから、キスしたり寝たりはしないんだ」
彩には今一つ良く解らなかった。
共演のスター俳優、石黒裕一も白い歯を覗かせて言った。
「それにしても今度の映画はきつそうだな。脚本を読んだけど、何が何だか良く解らないよ」
「わたしだってそう」
「とにかく俺はジープをぶっ飛ばす。君はそれをジャガーで追いかける。こんなに台詞が少ないと役者は戸惑っちゃうな。ラクなのか難しいのか少しも解らないよ」
それまでにも彼女は嶋木監督作品には数本出演していたが、ヌーヴェルヴァーグのそれは初めてだった。
日本のヌーヴェルヴァーグは一九五〇年代末から一九七〇年代初頭に出現した映画監督などから起こった日本映画内部におけるムーヴメントであり、それはフランスと同時に発展したが、社会的な慣例に疑問を抱き、分析し批評し、時には、慣例を揺るがすことに捧げられたムーヴメントとして起こっていた。当初の映画監督には羽仁進、勅使河原宏、増村保造、篠田正浩、大島渚、蔵原惟繕、今村昌平などが居たが、嶋木譲二もその一人に数えられていた。彼等は伝統的な日本映画にはさほど視られることのなかった幾つかの理想を探求した。それは、社会から追放された人間、例えば、犯罪者や非行少年などを主人公として描いたし、奔放な性の描写、社会における女性の役割の変化、日本における人種差別と人種的マイノリティの位置、社会構造と社会通念への批評や脱構築など、映画的な注意を逸らしてしまうような人生への一瞥を国内外の観客に省みさせたのである。
今、一色彩と嶋木監督の二人が取り組んでいる映画は、東京から青森まで、惚れた男を追ってひたすら車を走らせる日本で初めてのロードムービーだった。
その脚本は手にした時からそれまでのものとは違っていた。台詞が極端に少なく、ト書きには「ひたすら車を走らせる」とだけ記されている。
監督は彼女を、アヤ、と言う愛称で呼んだ。
「アヤ、ただこの女に成り切って自然に動いてよ。あとは遠くからカメラを回して行く。これはそう言う映画なんだ」
彩はデビューしてこのかた、役について監督たちから説明を受けたことは無かった。このヒロインはどういう女で、どんな風に生きて来たか、と彩に語ってくれた監督は誰も居なかった。それどころか、彩の出る映画は、たいていの場合、リハーサルも行われない。脚本合せも無い。ひたすら台詞を暗記して来た俳優たちが言葉を発し、多分こうだろうと考えた動きをする。監督が気に入りさえすればそれでOKであった。だから、年に十二本もの映画に出演しながらも未だ代表作と言われるものが彩には一本も無かった。プログラム・ピクチャーの人気女優とはそう言うものかも知れなかった。
だが、嶋木監督は違っていた。
自分が本当に納得するまで何回も何回も同じシーンを繰り返す。たった一言の台詞のOKが出ず何十回も撮り直すこともあった。デビューして数年の若い女優が泣き出したほどである。
「これがお芝居だ、これが映画だ、と思っているものを全部捨てて、ただ、その女に成り切ってよ、ね」
「そんな難しいことを言われても・・・」
「この女はね、賢くて自信に満ち溢れていて、それにこの男に惚れているんだけれども、あまりそのことを表に出さない女なんだよ。だから、キスしたり寝たりはしないんだ」
彩には今一つ良く解らなかった。
共演のスター俳優、石黒裕一も白い歯を覗かせて言った。
「それにしても今度の映画はきつそうだな。脚本を読んだけど、何が何だか良く解らないよ」
「わたしだってそう」
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