我ら同級生たち

相良武有

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第四話 女庭師、遼子

⑫遼子、出自を確かめに九州唐津へ

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 JR唐津駅に降り立った遼子は、降り注ぐ陽光を遮るように手を翳して街を眺めて見た、が、何の記憶も甦らなかった。取り敢えず唐津城まで行ってみようと、市内循環バスに乗り込んだ。途中、車窓から、古い家並みの向こうに白壁の天守閣が遠く聳えて見えた。遼子は身を乗り出すようにしてじっと見やったが、記憶にある情景とは少し違っているようだった。バスは十分ほどで唐津城入口に着いた。
遼子は天守閣に登って、家の在った辺りの見当をつけようと、眼下に拡がる街を眺めた。城の東側には大きな川が流れ、南側から西側にかけては小さな川が見て取れた。
 城を出た遼子は南側の小さな川に沿って歩き始め、架かっている橋の欄干にもたれて天守閣を振り返って見た。遼子の頭の中で記憶の何かが少し弾けたようだったが、手前の家並みが違うように思えた。父親の自転車の前に乗せて貰って走った街並みは、もっと古くて静かだったような気がする。
 遼子は又、川沿いの道を南に歩き、つと、左手の古い露地を曲がった。
何かが匂って来た。
 露地を抜けた遼子は周囲の建物を見やりながらゆっくりと歩いた。ふと一方を見ていきなり小走りに駆け出し、そして、一件の駄菓子屋の前で立ち竦んだまま凝視した。
遠い幼い日の記憶がフラッシュバックした。
 四歳の遼子が小銭を握り締めて菓子を買っている。覚えがあった。この店でよくままごと玩具や煎餅を買ったのだ。黒砂糖のべったりついた煎餅はもの凄く美味しかった。
店の前に在るポストの形もそのままだった。
 そうだ、次の四つ角を曲がるとタバコ屋が在る筈だ、その前でよく遊んだものだ。
角を曲がった遼子は眼を輝かせた。やっぱり在った!近所の子供たちと縄跳びをして遊ぶ四歳の遼子が居た。
 遼子はもう一本南の露地を抜けて角を曲がってみた。そして、出て来た通りの奥に眼を移した遼子は、何かに打たれたように立ち止まった。両側の家々の向こうに先程訪れた唐津城の天守閣が聳えていた。
 遼子はゆっくりと背を屈め、膝に手をついて中腰になった。そして、あたかも四歳の幼児の視線を確認するように地面に正座した。遼子の記憶の中の、彼女を何時も捉えて離さなかった、軒先越しに見える唐津城の風景が、寸分違わず其処に在った。人通りも車の行き来も無く、辺りは静寂そのものだった。
 それから遼子はやおら立ち上がると、前方に見える城の天守閣を仰ぎながらゆっくりと前へ歩いた。見覚えのある粋な黒塀越しに大きな松の木が伸びている家が見えて来た。
在った!生家だった。遼子は、勝手口から着物姿の母が今にも出て来そうな幻想を抱いた。
「小泉遼子、二十七歳、元気にやっているわよ、お母さん!」
遼子はその家にじいっと見入って、何時までも動かなかった。
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