【世界の頂点の才能】を持つ少女が、なぜ【武道空手の体現者】である普通男子に執着するのか

天才のDNAがド田舎の体育館の降り立つ日

体育館の壇上で、俺は美しいブルーの瞳を持つ少女に睨まれている。

妙なことに巻き込まれてしまったものだ。

俺とその少女は、全校生徒が見守る体育館の壇上にいた。

彼女は制服姿だが、俺だけが「空手着」を身に纏っている。

幼いころから空手一筋だった俺が空手着を着ていることに不思議はない。

ただ、制服の少女と、空手着の俺。

その対比が、この場の空気をひどくちぐはぐなものにしていた。

そして、どう考えても異常な状況だが、この制服姿の少女と、俺はこれから「空手」で対戦することになってしまった。

「はぁぁぁっ～」

俺は顔を顰めながら、心底うんざりして、その気持ちを吐き出した。

しかし、そう思っているのは、目の前にいる少女も同じらしい。

いや、感じている「うんざり度」は、俺以上かもしれない。

壇上に上がってから俺を睨みつけ、その眉間に皺を寄せ、仁王立ちで禍々しいオーラを放っている姿を見れば、それと分かる。

体育館に集まった全生徒は、俺たちの苛立ちを知る由もなく、ものすごい熱気で俺と少女に熱い視線を送っている。

さて、目の前にいる少女……。

サファイアのようにブルーに光る瞳と、日本人離れした透き通るような真っ白い肌から、彼女が「純粋な日本人ではない」ということが分かる。

また、瞳の色とは裏腹な真っ黒なロングヘアー。

その容姿には、目の青い日本人形のような美が佇んでいる。

しかし、驚くべきは、そこだけではない。

無駄なものをすべてそぎ落としたとも思える究極の肉体美。

これは決してモデルのような美しさではなく、本格的なスポーツに長年取り組んできたアスリートにしか許されない究極の造形がそこにあった。

その美の完成度は、ただ立っているだけで神威を感じるほどだ。

しかし、彼女を最も「異質」に見せているものがある。

それは、彼女からずっと放ち続けられる圧倒的な威圧感だ。

彼女からほんの数メートルしか離れていない俺は、その「威圧感」を全身に受け、不覚にも足が震えるほど身体が反応してしまっている。

この異様に強い圧の正体は、なんなのだ？

そして、その威圧感は、目の前にいる俺だけではなく、体育館にいる全生徒までもが感じていた。

だから、彼女が登場した時の様子は異様だった。

その時までは、全校生徒が集まる体育館ゆえに、各々が勝手にスマホをいじり、友だちと雑談をし、ザワザワとまとまりのない空間だった。

しかし、彼女が壇上に上がった瞬間、一瞬で体育館全体がシンと静まり返った。

彼女の存在そのものが、体育館の空気を一瞬で変えてしまったのだ。

壇上の彼女を見て、全生徒が固唾をのんだ。

そして、その直後には、その反動なのか、全校生徒が興奮のあまり狂ったように大騒ぎになってしまった。

こんな全校生徒を巻き込む場の支配力。

ただの女子高生にできる芸当ではない。

さて、俺はこの少女のことを知っている。

いや、それを言うなら、体育館に集まっている全員が、この少女のことは知りすぎるほど知っているのだ。

「部活動説明会」

これが今、俺が体育館の壇上に立たされている「表向き」の理由だ。

つまり「空手部紹介のため」ということが、俺のミッションということになる。

しかし、俺は空手部に所属しているわけではない。

そもそも、これから入部を考える立場にある新入生なのだから当たり前だ。

数日前のことだ。

「神沼翔《かみぬまかける》！　一生のお願いだ！　俺らの代わりに説明会の壇上に立ってくれ！」

北辰高校空手部主将である吉野竜馬から、そう依頼された。

「は？　何言ってんですか先輩？　俺、新入生なんだけど？　そもそも空手部入る気もないし」

「そ、そう言うなよ、翔《かける》！　先輩を助けると思って、な？　頼むよ？」

吉野先輩は近所の空手道場に通っており、今は高校の先輩で空手部。

ただ、俺は祖父から空手を教わっていたため、先輩と修行の場が重なることはなかった。

それでも、幼いころから同じ空手修行者として、個人的な交流は続いていた。

聞くところによると、部活動説明会の「空手部枠」で、学校側からの強い要請があり、空手部メンバーと「ある少女」が対戦するというイベントが決まっているらしい。

「は？　少女と対戦？　なんの茶番ですか？」

「茶番なら、わざわざ翔に頼まずとも、俺ら空手部メンバーでどうとでもなるんだよ」

「え？　どういうことですか？」

「聞いて驚くな。その少女が、なんとあのウィリス未惟奈だ」

「はあ？　なに寝言言ってんですか？　ウィリス未惟奈と対戦？　意味分かんないんだけど？」

「まあ、信じろと言う方が無理だろうが、事実なんだよ。ウィリス未惟奈が来月、北辰高校に転入してくる」

「？？？」

あまりに現実離れした話に、からかわれているのかと思った。

俺が絶句していると、吉野先輩は続けた。

「間違いないらしい。部活動説明会にTV局も入る。だから学校サイドがマスコミと結託して、こんな馬鹿げた企画をOKしたらしいんだ」

俺は、開いた口を塞ぐまでに、どれぐらいの時間が掛かっただろうか。

ウィリス未惟奈だと？

この名前を知らない空手家はいない。

いや、この名前を知らない日本人すらいないだろう。

いやいや、もっと言えば、世界のスポーツに携わる人間すべてが知っている名前と言っても過言ではない。

陸上短距離100m、200mの世界記録保持者「エドワード・ウィリス」と、新体操五輪2連覇「保科聡美」の一人娘、ウィリス未惟奈。

スポーツ界のサラブレッド中のサラブレッドだ。

しかも“超”がつくほどに美しい容姿を兼ね備えた彼女は、今やマスコミから追いかけ回される国民的アイドルだ。

特にスポーツ界では、彼女の動向を世界中のマスコミが追い続けている。

それが、なんでこんな東北のど田舎の高校にやってくるのだ？

まったく理解が追い付かない。

ただ、もしそれが事実であるなら、空手部主将である吉野竜馬が、こんなにも慌てる理由は思い当たる。

空手部メンバーが、彼女との対戦を絶対に回避しなければならない理由だ。

むろん、部活動説明会の場で公式なガチンコの試合をするわけではない。

提案されたのは、おそらくTV企画の“お遊び”なのだろう。

期待されているのは、適当に空手部員が「負け役」を“演じて”盛り上がれば、それでいいというショーなのは分かる。

武道、格闘技の世界では、中学生ジュニア世代までは、肉体的成長が早い女子が男子より上位に行くことも珍しくない。

ただ、高校生となれば、まったく話は別だ。

武道・格闘技というフィールドにおいては、高校生男女の肉体的なハンデは決定的になる。

つまり、男子の肉体的優位から、男女が真剣に勝負することはありえなくなる。

「男女の真剣勝負は絶対にない」という皆の共通認識があるからこそ、男子空手部員が「わざと負け役」をやるという分かりやすい茶番劇が、ショーとして成立するのだが……。

相手がウィリス未惟奈となると、その論法はまったく通用しなくなる。

彼女は中学時代、すでに日本女子の100m記録を塗り替えていることを筆頭に、球技、水泳、すべてのスポーツにおいてダントツの強さを見せ、世界のスポーツ界の注目の的になった。

誰もが父親の後を継いで、本格的に陸上への道を進むと思っていたのに、なぜか彼女はマイナースポーツである空手を始めてしまったのだ。

なんで彼女が空手に興味を持ったのかは知る由もない。

ただ、空手界では思いもよらないスーパースターの到来に沸きに沸いた。

当然だろう。

ようやく東京五輪から正式種目になったとはいえ、全体のスポーツ人口からすれば、まだまだマイナースポーツだ。

そこにスポーツ界の至宝「ウィリス未惟奈」が来てしまったのだから、空手界全体が浮足立つのも無理はない。

ただ、その大騒ぎもつかの間、今や空手界の誰もが、未惟奈の存在に困惑することになってしまった。

事件は、未惟奈が空手を始めて僅か一か月後に起きた。

まだ無級で白帯をつけた未惟奈が、「全日本空手道選手権大会」にゲスト出演をした時のことだ。

それは大会を盛り上げるための「単なる企画」だった。

当時、男子高校生の間では、ぶっちぎりの才能と実績で「神童」とまで呼ばれていた「有栖天牙」と、ウィリス未惟奈のエキシビジョンマッチが、「お客様を喜ばせるための企画」として組まれたのだ。

男子高校生のチャンピオンと、未経験に限りなく近い初心者中学生女子とのエキシビジョンマッチ。

真剣勝負では考えられないカードだ。

ただ、この試合はもちろん、大会を盛り上げるための「ショー」に過ぎない「はず」だった。

第一、有栖天牙が本気になれば、たとえ天才アスリートの血を引く未惟奈をしても、数秒だって地に立つことは許されない「はず」だった。

誰もが予想した展開は、こうだろう。

有栖が上手く試合を盛り上げるべくリードして、未惟奈を上手く動かせてあげる。

そして、時に未惟奈の攻撃を「わざと」受けてあげる。

誰もが、そんなストーリーを想像した。

しかし、開始早々に会場全体が凍りつくことになる。

「始め！」

の合図が聞こえてから僅か数秒。

未惟奈の放った、たった一発の蹴りで、無敗を誇る神童「有栖天牙」が地を這った。

そう、ありえないことに、有栖が一撃で失神KOされてしまったのだ。

有栖はそのまま動けず、タンカで運ばれるという事態にまでなった。

有栖天牙ほどの才能ある選手が「油断していた」という言い訳は通用しない。

いや、実際には油断していただろう。

女子中学生の白帯相手なのだから、油断して当たり前だ。

でも、いくら有栖が油断したところで、一撃KOされるなんてことは、万が一つにも起こり得ないはずだった。

しかし、こんなあり得ないことが、現実に起こってしまった。

俺はその試合の映像を動画サイトで見て、その理由がはっきりと理解できた。

信じられないことだが……。

ウィリス未惟奈は、たった一か月ですでに、有栖天牙の実力を凌駕していたのだ。

ウィリス未惟奈というDNAは、とんでもないモンスターだと、心の底から震えが来た。

そして、空手を長らく修業する者として、寂しくこうも思った。

「結局、どんなに長い時間をかけて技の習得をしても、スーパーアスリートの身体能力を前にしたら、ここまで空手の技は無力なのか？」

マイナースポーツ界で天才と持ち上げられていた有栖天牙にしても、メジャー級の天才が来れば、それが経験のない年下の少女ですら、相手にならない。

さて、困ったものだ。

俺は、そんなモンスターと、これから対戦しなければならないのだ。