【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

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天才の苦悩と凡才の価値

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『ウィリス未惟奈!空手続行宣言!!』

 美影が見せてくれたスマホの画面には、そんな文字が踊っていた。

 いつこのネタがマスコミに漏れたんだ?

 まさか春崎さんがリークしたのか?

 いや、流石にそれはないだろう。

 彼女がそんなことはしない。

 緊急会見という訳ではなさそうだから、おそらくかなり前から準備されていたに違いない。

 ライブ配信の映像の中、記者会見会場の正面には、未惟奈とその関係者が座るであろう席が用意されていた。

 こんな映像を見ると、最近あまりに普通の友達として接していた彼女が、どれだけ世間の注目を集めている存在かを改めて思い知らされる。

 時折会場の様子をレポートするキャスターの背後には、ごった返す報道陣。

 中には明らかに海外メディアと分かる顔ぶれも見てとれた。

 高校生の少女が空手を続ける。

 ただそれだけの話題が、ここまでの大事になるというのは尋常ではない。

 いや、正確にはそうではないな……。

 世間、いや世界までもが注視しているのは、未惟奈が「空手を続けること」自体ではない。

 未惟奈が「メジャースポーツに転向しない」という決断を下したこと。

 その一点に、誰もが驚嘆し、あるいは落胆しているのだ。

 彼女が高校に入学すれば、すぐに女子陸上短距離のワールドレコード全てが塗り替えられることは「確実である」と言われていた。

 そのことは陸上に興味がない俺ですら知っている常識だ。

 そんな輝かしい期待をいとも簡単に投げ捨てる彼女は、一体何を考えているのか?

 おそらく、現場に詰めかけた記者の誰一人として、彼女の”ありえない選択”を理解することはできないだろう。

 だが俺は少し前に、未惟奈からその真意を直接聞いていた。

*    *    *

「そんなにスポーツ界から期待されているなら、陸上は陸上で続ければいいんじゃないか? 空手は趣味として続ければよくないか?」

 俺が何の気なしにそう提案すると、彼女は歩みを止め、睨みつけるような視線を向けてきた。

「世間に期待されたから続ける? そんな周りからのモチベーションで続ける意味あるの?」

「……なんでだよ。自分の才能を皆が認めてくれるんだぞ? いいことじゃないか」

 当たり前の理屈を返したつもりだった。

 だが、「才能」という言葉を口にした瞬間、未惟奈の表情が明確に不快感で歪んだ。

「才能?」

 低く冷たい声。

 彼女は詰め寄るように言葉を重ねる。

「翔、才能ってどういう意味だか分かってるの?」

「え? それは分かるさ……生まれながらにして持っている能力、だろ?」

「でしょ? それに価値があると思う?」

 あまりに突飛な問いかけに、俺は言葉に詰まった。

「それはあるだろう? 誰だって才能があることを望むはずだ」

「両親から”ただもらっただけ”のDNAにどれほどの価値があるの?」

 吐き捨てるような言葉だった。

 彼女の瞳には、世界中が羨むその天賦の才に対する、根深い嫌悪が宿っている。

「いや、貰っただけとか……人は必ずそうやって両親からもらった身体で生きている訳だから感謝こそすれ恨むいわれはないだろう」

「分かってないね、翔は」

 真っすぐに見つめられ、俺は思わず毒気を抜かれた。

「え? どういうことだ?」

「私は才能を評価されたくないの。私は努力を評価されたいのよ」

 未惟奈に苦悩の表情が宿った。

「どんなに努力したって、結局は”あの両親の娘だから”ということになるの。私の場合はね」

 なるほど……そういうことか。

 彼女にとっての「勝利」や「記録」は、常に彼女自身のものではなく、偉大な両親の影に塗りつぶされてきたのだ。

「だから翔が私の理想なの」

 不意に、彼女の声のトーンが和らいだ。

「俺が理想? どういうこと?」

 突然の未惟奈のカミングアウトに慌ててしまった。

「勘違いしないで? あなたの空手のことよ?」

 俺の動揺を察したのか、未惟奈は意地悪く口角を上げた。

「ああ、そっちか……」

「どっちだと思ったのよ?」

「いや、男としての理想かな、とか……」

「よく自分でそんなこと言えるわね? バカじゃないの?」

 いつもの軽口。

 だが、その瞳は笑っていなかった。

「バカまで言うなよ。男はだれだってそんな願望はあるんだよ」

「もう、そんな話してるんじゃないでしょ? 空手の話よ」

「ああ、そっちだったな。でも今の話の流れからすると、俺が才能ないって話になるよな?」

 苦笑まじりに問い返すと、彼女は事もなげに頷いた。

「そうでしょ? 翔って決して身体能力高くないもの」

「え? そうなの? そこそこは高いんじゃないのか俺?」

「いや、残念ながら私とパパの見解では、翔はスポーツ的な才能はそう高くないってことで一致したの」

「おいおい、俺のいないところでなんて酷い結論だしてるんだよ。パパも酷いな」

 ったく、あのごついおっさんを「パパ」なんて呼んで、どんなイメージだよ……。

 毒づきながらも、俺は彼女が抱えてきた孤独の正体を理解し始めていた。

 未惟奈はきっと幼少期から、あらゆるスポーツシーンで頂点に君臨してきたはずだ。

 でも、彼女を褒める言葉には、常に呪いのようなフレーズがついて回った。

『さすがエドワード・ウィリスの子供』 『さすが保科聡美の娘』

 子供なら、自分が頑張った成果は「自分自身のこと」として褒めてほしいのが当たり前だ。

 だが彼女の場合、世界があまりに残酷なまでにそれを許さなかった。

 どんなに努力をしても、世間は「両親の才能」という一言ですべてを片付けてしまう。

 だから、彼女は欲したのだ。

 両親の影が届かない場所で、純粋に「自分」だけを評価されるフィールドを。

 しかし、逃げ込んだ空手の世界でも、かつての天才・有栖天牙すら彼女の「才能」の前には無力だった。

 絶望した彼女は、一度は空手にすら見切りをつけたのだろう。

 きっと未惟奈の中では、空手を辞めたとしても、陸上や他のメジャースポーツに戻るつもりなんて微塵もなかったはずだ。

 そんなタイミングで、彼女とパパ曰く”才能がない”俺に出会った。

 そして、俺にどうしても勝つことができないという、彼女にとっての「未知の体験」をすることになったのだ。

 冴えない高校生男子が、なぜ世界のウィリス未惟奈の関心を引いているのか。

 理由ははっきりしている。

 彼女は、俺の空手の中に、生まれつきのDNAではない”何か”があると期待しているのだ。

 空手を続ける理由は、はっきり「俺だ」と彼女は言った。

 今にして思えば、その言葉の重みがようやく理解できる。

 最初は有名人の美女に頼られたという理由で、勢いで引き受けた指導だったが、その責任は、俺が想像していたよりも遥かに重い。

 世界の未惟奈が、その華々しい未来のすべてを蹴って、俺という人間に賭けようとしているのだから。

 とんでもないことに巻き込まれてしまった。

 当時の俺が感じた、背筋が凍るような身震いを、今再び思い出していた。

*    *    *

 不意に、スマホが震えた。

 回想を断ち切るように届いたラインの通知。

 送り主は、やはり未惟奈だった。

 画面に表示された短いメッセージを読み、俺は今度こそ、心臓が止まるかと思うほどの驚愕に突き落とされた。

『TVで翔のこと話してもいい?』
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