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三章
しおりを挟む穏やかに遊んでいる二人に、野蛮な男達が怒鳴り声をあげた。
崩した制服に派手に染めた髪。そして小学生である彼らを仁王立ちで見下ろすその態度をみれば、どこからどう見ても真っ当な人間ではないことは確かだった。
「公園がみんなの場所って知らねえのかよ。いい歳したおっさんのくせして、ダセエ奴だな」
そんな彼らに、一切ひるむことなく、玄二はブランコの鎖に捕まって震える妹を庇うように彼らに立ちはだかった。握りしめた拳は、微かに震えていた。
そこから一瞬で暴力の雨が降り注いだ。
先頭の坊主頭の男が玄二の顔面を殴りつけ地面に転がせると、脇にいた男達が容赦なく踏みつける。その後ろにいる連中は耳障りな声で嘲笑ったり唾を吐いたりしていた。
その光景は、オレが玄二の回想で見たものと同じだった。初めてオレが漫画を見て涙を流した場面だ。忘れる筈がなかった。
――あのシーン、ここだったのか!?
やっと悪魔のような両親から解放されたのに、再び暴力に見舞われていた。そして誰も助けが来ないことに絶望しながら、唯一の家族である恋白を自分だけで守ると決意する。
そんな悲痛な決意が、玄二の中で呪いとなった出来事だ。
「ってえな! んだテメェ!?」
自分がしたことが信じられなかった。
その声で、オレは自分が坊主頭の男の背に落ちていた空き缶を投げつけていたことに気付いた。男達は玄二に対する暴力の手を止め、一斉にオレを振り返る。
奴らの瞳は生前にオレを虐げてきた連中と同じだった。
オレを駒としか思っていない両親。競争相手だと蹴落とそうとばかりしてきた同級生。隙あらば見下して暴力を振るってきた教師や先輩。搾取してきた上司。仕事を押し付けてきた同僚。
ずっと真正面から見る事が出来なかった、冷たく不愉快な目。
今でもその目を見ると、震えが止まらない。
でもそれは恐怖からじゃない。
怒りだ。
オレの大切な人を傷つけられたことへの、本能的な怒りだ。
「オレは……そいつの、兄貴だ!!」
余計な事をなにも考えられないまま、オレはそう口走っていた。
そうだ、あのシーンを見てオレはそう思っていたっけ。
『玄二がオレの弟だったら、こんな思いさせないのに』
オレの両親は玄二や恋白のソレのように暴力を振るうタイプではないが、碌でもない毒親だ。それでももし彼らがオレの下の兄妹だったら、何があっても全力で守る。『ちなたい』の男達がそうして来たように。
彼らが暴力を振るわれれば誰であろうが決して許さずに立ち向かう。悲しいことがあれば励ます。嬉しいことがあれば分かち合う。
強くもない、賢くもない、何もないと嘲笑われてばかりのオレだが、決して理不尽な目に合わせることはなかった。どんなに後で責められても、自由に遊ばせるつもりだった。思いっきり甘やかしたかった。
恋白にばかり愛情を与え自分を蔑ろにするほどに献身していた玄二には更にそうしたいと思っていた。男同士気兼ねなく、頼って欲しかったし、守ってあげたいと思っていたのだ。
「オレの家族傷つけるようなクズは許さねえぞ!! 相手しろやコラァ!!」
そして、今がその日の夢を叶える時だった。
ランドセルを地面に叩きつけると、オレは男達に飛び出していく。
勿論、すぐに吹き飛ばされた。体躯だけは恵まれた彼らと平均的な小学生であるオレの差は歴然であった。今朝のミキとの喧嘩のような正々堂々とした爽やかさなど一切ない、嬲る事だけが目的の薄汚い暴力が一気にオレを襲う。
体を撃つ痛みよりも、オレが感じたのは悲しさだった。
玄二は生まれた頃からずっとこんなもんを受け続けていたのか。
『誰かに守って欲しかった』
涙ながらにそう言って涙を流して手を伸ばす玄二の姿が蘇る。
そんなたった一言も言えなかった彼に、オレは出来る限りの全てをしてやりたい。
「あーっ!! いい加減離れろよテメエ!! 弱いくせにくっついてキメェんだよ!!」
「次からはマジ死なすぞコラぁ!! 今すぐ土下座して謝れや!!」
不良たちは休む間もなくオレを殴り、蹴る。
それでもオレは一歩も引かず、自然と潮らしい台詞を口から出していた。
「ぐッ、ガキ相手にィ、寄ってたかって殴るような連中に下げる頭なんてねえ!! とっとと帰ってママにいじめられたヨーって泣きついて来い、バァカ!!」
「――ガキがあああ!!」
そんな一言にとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、不良の中で一番大柄な男がオレの胸倉を掴んでその拳を振るいあげる。
ちょうどその時、パトカーの音が聞こえた。
偶然傍を通りかかったんだろう。だがサイレンの音を聞いた不良たちは全員青い顔をした。
「!? やべーよショー君!! サツだ!!」
ショー君と言われた不良はオレを地面に放り投げると、仲間を連れて公園を去っていった。
痛みで視界が滲む中、玄二がオレの顔を覗く。
また、痣が出来てしまった。そんな申し訳なさを感じて、オレから彼に声をかけた。
「っ、げほ、だ、大丈夫か……?」
「お、お前……なんなんだよ……オレ、お前なんか、知らないぞ? オレらとは他人だろ! ……なのに、なんで」
澄み切った綺麗な金色の瞳が、少し潤んでいる気がする。
気付けばオレは彼に手を伸ばしていた。その手の中に、温かいものがあった。
玄二は今、生きている。そして目の前にいる。
そんな幸せに、オレは涙を流して、言葉を発していた。
「もしさ……お前がどうしようもなく寂しかったり、困ったり……誰かに甘えたいときはさ……オレがいるから。骨の髄まで馬鹿なオレでも、出来る事はなんでもするからさ……精いっぱい、命に掛けて、オレが守るから……」
これはオレの夢であり、償いだ。
松葉潮のせいで絶望に狂い、暴力を憎みながらも暴力の世界で生き、死に至った大好きな彼、阿古屋玄二への。
「今日からオレが、お前の兄貴だぜ。玄二」
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