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ゲヘナ編
二十一章
しおりを挟む佐々木と別れ、ようやく二人きりになれる場所まで行くと玄二は憎々しそうに吐き捨てた。
「なんだアイツら……兄貴といるのに余計なことしやがって」
玄二からしたら元同級生っていうか、ただの邪魔者でしかないんだな。
そういや中学生の時、どの成績も良かったもんな。そのせいで妬まれたりしたのかも。あの佐々木もそうやって玄二に負けた類いか。
「まあ……妬みってやつじゃね? 玄二、顔がいいのもあるけど、昔から成績良かったもんな」
「あんなの簡単だよ。教科書と授業の内容聞いて先公の出題パターンを掴めば寝てても点数取れるって。でも、顔は褒めてくれてありがとう」
「はは……」
あのな、普通の人間はそれが出来ないから苦労してるんだぜ?
でもそうやって自然と何でも出来てしまうからこそ周りから妬まれ、僻まれて、悪意向けられたことあるんだろうな。
佐々木みたいに露骨にぶつけてくる奴だけじゃなくて、裏でひそひそ言ってくる奴もいただろうし、気づかぬうちに嫌がらせなんかもしてたのかもしれない。
それでも一生懸命に頑張って今日まで生きてきたんだよな。
「玄二、ちょっと止まって」
思いついたオレは、玄二を呼び止める。
不思議そうな顔をして振り返ってオレの顔を覗く。
そんな玄二の頭を手を伸ばす。それから優しく撫でて、言葉でも労わった。
「よく頑張ったな……えらいえらい」
「へへ……大好き、兄貴」
可愛過ぎか……!?
頬を赤らめて満面の笑みを浮かべる玄二をしばらく撫で続ける。そうすればすぐに機嫌が直っていく。
そして家まで送って、その場で別れる事になった。
「おやすみ、玄二」
「おやすみ。じゃあ、またな」
普段と変わらぬ日常だった。
昼間あんなことがあったのに、もう平常心を取り戻していた。
「あの」
しばらく歩いていると、女性から声をかけられていた。
振り返ると、意外な人物がいた。
それは、奏千麻だ。
数日前モールで会っただけの彼女が何故声をかけてきたのだろう。
「松葉潮さん、ですよね?」
「……そう、だけど」
しかも名前まで知ってる。
なんでこんなに詳しいんだ。
「私、奏千麻です。単刀直入に、聞きますね?」
小柄な彼女は、深呼吸をしてオレに尋ねた。
「『ちなたい』って言葉、知ってますよね?」
ずっと聞かなかった、オレの中にだけあると思っていた言葉だった。
それでも千麻は続ける。
「ここが『血と涙と太陽』、略して『ちなたい』の世界だって、あなたは気づいてますよね?」
「もしかして、君も?」
「はい! ああ……やっぱり、あまりにも原作の松葉と全然違うもん」
千麻はどこか安心したような顔をしていた。
確かにそうだ。
この世界はオレだけのものじゃない可能性もある。オレのようにこの世界に来た人間もいるだろう。
どうりで原作のあの、お節介で鬱陶しい千麻と今の彼女は違うわけだ。
「ねえ、お、お時間ありますか? 原作を知っている私たちだから、出来る事があると思うんです!」
胸に手を当ててそう言う彼女に、オレは頷いた。
彼女の目的はわからないが、ルイへの態度や今の言葉からは悪意を感じない。オレと玄二の関係を知ったとしても嫌な顔をしなかった。
話を聞く価値はあるだろう。
人目に付かない場所に行こうと、近くにあったバス停のベンチに腰掛け、オレたちは改めて挨拶をした。
「じゃあ、オレから。松葉潮です。前世の名前は……はは、忘れちゃった」
「あ、それ、私もです。だから奏千麻で大丈夫です。よろしくお願いします。潮くん」
互いにぺこりと頭を下げる。
なんだか、変な感じだ。
「えと、じゃあ、奏さんはいつ頃から転生した?」
「はい。私は交通事故に遭って、気づいたら目の前にルイきゅん、ああえっと、涙光くんがいて、保健室まで運んでくれたんです。いい夢だなあって思って保健室の鏡見たら、あの千麻で……思わず吐いちゃいました」
「は、吐く?」
「そりゃ吐きますよ! だってあの奏千麻ですよ!? いじめに対してなにもしねえくせに被害者であるルイきゅんに散々偉そうなことごちゃごちゃ抜かして、『クライシス』のことだって何も知らねえクセに皆を馬鹿にしやがった自称優等生の偽善者! もう原作でも見たくないくらいですよ! 私、千麻嫌い同盟サイトとか入ってましたもん! ヘイト創作だって書きまくったなぁ~。はあ……私の青春でありバイブルである『ちなたい』の世界に来れたっていうのに、まさか千麻になるなんて……っ、今思い出しても泣けてきます」
「ま、まあ大変だったね、オレも潮嫌いだったから、わかるよ」
すごい勢いでまくし立ててきた。
そりゃあ千麻は女性読者からは特に嫌われてたからな……ルイとミキの関係が好きな、所謂腐女子って層はもう滅茶苦茶不快だったろうな、ああいうキャラは。
でも吐くか? ていうか、同盟? 嫌いなものを語るのにそういうサイトまで作るんだ。すげえエネルギーだな。
「だから原作みたいにならないよう、大人しく見守ろうとしたんですよルイきゅ、ンン! 涙光くんを! そしたら……原作よりも前に『クライシス』にいて、ミ、ミキくんと一緒にいてぇ……! あふぅ……なんかすごい感無量でぇえ……! しかも、公式でカップルだなんて――もう私、いつでも死んでもいいやってなっちゃってえええっ」
「そ、そうか。よかったね」
涙目になって起こったと思ったら、今にも天に昇りそうな顔して笑ってる。
忙しい子だな……
「は! ごめんなさい私ばっかり語って……それで、潮くんはどうなんです? 私、涙光くんから聞いたんです。『三番隊隊長は皆の事をよく考えてるすごくいい人だ』って。驚きましたよ。だって原作の松葉とかルイきゅんをいびるばっかクズじゃないですか。だからその時に気づいたんです。『もしかしてこの世界の松葉は私みたいに中の人が違うんじゃないか』って。だから会ったらお話を聞きたいなって思いまして。色々と」
「そう、なんだ」
「はい、同じ転生者ってこともありますけど、皆を生存させてたり、本当は『ゲヘナ』になるはずだった玄二とあんなに仲いい感じになってるんですもん。只者じゃないなって思って」
鼻息荒く、千麻はそういう。
前世からの経験則で嘘やまどろっこしい皮肉を言っている人間はすぐにわかった。今の千麻を見てもそれを感じない。皆、心からいっている。
ルイやミキ、そして『クライシス』の皆の幸せを思う気持ちがある、本物の『ちなたい』ファンだ。
だからこそ、オレは語ろうと思った。
どうやって松葉潮に転生したか。それからどうしようとしたか。そして、玄二との出会いと今までの関係も。
「オレはね、気づいた時はこの叢雨市に越してて――」
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