ボクと王子サマの田舎生活

毒島醜女

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静かな心

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海風が銀色の髪を軽く揺らし、潮の香りが鼻腔をくすぐった。波の音が耳に心地よく響き、砂を抉って模様を作っていく。
リタは友人となった大空の祖父である水瀬翁と並んで、防波堤の端に腰を下ろしていた。

なぜこのようなことになったかというと、数時間前に遡る。

往診の後、リタは大空と積極的に交流を持つようになった。
大空を通じて、彼の友人とも接するようになると、彼も年相応に遊びに興じるようになった。プラックレッドの話だけでなく、他の話題も広がっていき、楽しく会話も出来るようになっていった。

その日も大空の家で遊びに行く、はずだった。

「ついし?」
「そうなの。あいつったらテストで酷い点数とってね……て、今先生に教え直してもらって、またテストうけてるとこなの」
「そうなんだ」
「ごめんなさいねえ。大空のスマホ取り上げたせいで連絡も出来なくて。とにかく、今日は遊ぶ場合じゃなくなっちゃったの。ホントにごめんねリタくん」

スマホという、リタの世界でも使われていた魔道具に似た機械を掲げ、大空の母は申し訳なさそうに謝罪した。
伝達の行き違いがあったのは仕方ない。
そう思ってそのまま帰ろうとするリタを、水瀬翁は呼び止めた。

「せっかくなら釣りでもせんか?」

翁の申し出に、リタは首を傾げる。

「大空はじっとしてられん奴だからな。あいつと違ってお前さんなら楽しめるだろ。ほら、せっかく来たんだし、遠慮せんでこれ持っとけ」

と言うと、彼は半ば強引に自身のものより小さい釣竿をリタに渡した。
おそらくかつては大空のものだったのであろう。

釣り竿を手に持ち、水瀬翁に言われた通り餌の付いた針を飛ばす。リタの投げた先の糸はまだ静かに海面に漂うだけで、魚の気配はない。
次第にリタの中で焦りが生まれて竿を握る手が汗ばんでくる。

かつての世界ではのんびりした時間なんて無駄だと思っていた。
そんな時間を使うと、色んなことを考えてしまう。
もちろん、兄の事。自分を産んでから病気がちで外に出ない母の事。公務を理由に自分を見ない父の事。そして周りの事。
決して自分を認めようとしない。何をしても「どうせ無駄だ」というような目で見る人間たち。
時間が空くと彼らの事ばかりを考えてしまう。
だからそんな時間を無くすために、勉学や剣術に明け暮れて、最後は疲れて泥のように眠る日々を送っていた。

今も、釣り針から目を逸らせば、そんな昔のことを考えてしまいそうだった。

――早く、釣らないと。せっかく誘われたのに、私は、また……

釣り竿の先が微かに揺れた気がして、リタは身を乗り出した。
腕に力を込めて竿を引く。その先には何もいなかった。どうやらそれはただの風だったようだ。

「焦らんでええ」

と水瀬翁は笑う。

「魚を釣るだけが釣りの醍醐味じゃね」
「どういうことですか? だって――」
「まあ、座って風でも感じてみな」

水瀬翁の穏やかな笑顔と言葉に押され、渋々リタは再び海面に針を落とす。
彼の言葉の意図がわからない。
釣りとは生活の手段であり、狩猟だ。獲物を得なければ何の意味もない。

「ほら、あそこ見てみ」

老人が指差す先には、カモメが弧を描いて飛んでいた。
リタは目を細めてその姿を追う。白い羽が太陽に反射してキラキラと光り、海面に映る影がゆらゆらと揺れる。
景色を眺める余裕を忘れていたリタにとって、こんな景色は新鮮だった。自然に囲まれているはずなのに、それをこんなにも近くに感じられるなんて。

「釣りってのはな、釣り糸を通してな、自然と一つになるんじゃ」
「自然と、ひとつ?」
「そう。そうすりゃ人間一匹なんてどんだけ小さいのかよおくわかるわ。リタも感じてみい。一旦深呼吸してな、感じるんじゃ。海から吹く風。太陽の光。波や、色んな生き物の出す音。そうしていくうちにわかるで」

彼の言うことに従うように、リタは潮っぽい空気を吸い込んだ。

それから自分の垂らした糸に意識を集中させる。

手から感じる波の感触。
潮風と、遠くから聞こえるカモメの声。
自分の肌を照り付ける、温かい陽光。

次第に胸の奥から蘇りつつあったモヤモヤが、風に吹き飛ばされるように薄れていく。

ちょうどリタがそう思えるようになったのを見計らったように、水瀬翁は声をかける。

「な? いいもんだろ? そうすりゃ色んな悩みなんてあんまりにちっぽけすぎて、馬鹿らしくなってくで」

カカカと、大空に似た豪快な笑い方で彼は笑う。
そんな老人に、リタは微笑んで頷いた。

結局、その日は一匹も釣れなかった。
だけど、帰り道、防波堤を後にしながら、リタは思うのであった。

――また来たい。

再び釣り竿を手に持つ自分の姿を想像すると、なんだか少しワクワクした。
その手に感じた海と、肌で感じた自然。そして水瀬翁の穏やかな笑顔が、少年の心に小さな芽を植えていた。

魔法のない世界に来ても悩みは消えたわけじゃない。
それでも。
何もしていない今、リタが何かを思い悩むことはなかった。

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