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それは、ただの照れ隠しだった。
父が出ていった俺と母さんを、俺と同い年のガキのはずなのに気遣う絵麻。
気づけばアイツの事が好きだった。
「私たちは友達だから、遠慮なく頼ってね」
そう言って、母さんを助けるために作ってくれた絵麻の弁当。
初めてそれを食べた時の感動たるや。天にも昇る気持ちだった。
そんな優しく、温かな彼女に似合う男になるために、俺は得意のサッカーに尽力した。
いつしか俺はエースと呼ばれるようになり、周りが俺を持ち上げ、期待してくれた。
俺の支えは、高校に上がってから作ってくれる絵麻の弁当だ。
目にすると素直に礼も言えず、完食をすることでしか感謝を伝えられない。だがそれだって、あの優しい絵麻には届いているはずだ。
そんな幸福な日々が一年続いた、ある日の事だった。
進級して、俺がサッカー部の主力になったあたりからチームメイトからのやっかみを受けるようになった。
「お! エースくん、また愛妻弁当じゃーん」
「妬けちゃうねぇ~。リアルも充実してるとかずるいわぁ」
レギュラー落ちした仲間たちからの野次に、せっかくの弁当の味が台無しになる。
今はまだ俺だけだからいい。
だが彼らの悪意が絵麻にも向いたら?
自身の恋心を暴かれることと、彼女にまでからかいの対象になることが耐えきれず、その日、俺は言ってしまった。
「アイツはただの幼馴染だよ! 勝手に作ってきてるだけで、俺だって迷惑してんだよ!」
そう言ってむきになって立ち上がった、その時だ。
ごとり
俺の膝から、弁当が落ちた。
真っ逆さまに落ちたそれは、手を伸ばす間もなく地面に落下した。
仲間たちは「捨てられてよかったじゃん」とケラケラ笑っていた。
彼らが余計なことをしなければ、大事な弁当を傷つける事もなかったのに。
殴りたい衝動をおさえ、俺は駄目になった弁当の中身をごみ箱に捨てた。
引っ込みがつかなくなりその後も強がり続けたが、俺の心にはずっともやもやが残っていた。
その日の夜、俺は母さんに呼び出された。
「未来、あなた、絵麻ちゃんになんかした?」
いつになく真剣な顔をする彼女の言葉に、俺は冷たいナイフを首元に突き付けられたような気分になる。
まさか、見られたのか。
あのゴミ箱は絵麻が通る場所にあった。だから気づかれる可能性もある。
今更になってそんなことに気づいて、背筋が冷えていく。
「さっき電話があって、『息子さんが嫌がっているから、もう弁当は作りません。昼ご飯はそちらに任せます』って言って来たわよ。何をしたのよ。あんなにいい子だったのに」
切なげな様子でそう言う母親に、俺ははっきりとあった事を正直に吐くことが出来なかった。
そんな自分の卑怯さが嫌になる。
よく眠る事が出来なかったその日。
俺はいつもの場所で絵麻を待った。
絵麻に会ったら、とにかく謝ろう。正直に言えば許してくれるはずだ。
彼女の姿を見た瞬間、俺は駆け寄って息を切らした。
「絵麻! ごめん、俺――」
「ごめんね。未来。迷惑かけて」
そんな俺の言葉を、絵麻は謝罪で遮った。
絵麻は俺の謝罪も弁明も拒否して、こう言ったんだ。
「未来の迷惑になる様な事ばっかしちゃったね、私。もう学校でも近所でも関わらないし、二度と未来が捨てないように弁当も作らないから。さようなら」
今まで見たどんな顔より美しい笑顔でそういって、絵麻は俺から去っていった。
俺は一言も出せなかった。
俺にそんな権利はないんだ。
絵麻の気持ちを踏みにじった俺には。
それから俺は、目を背けるように練習に打ち込んだ。
朝と昼に俺に笑顔を見せてくれた、俺に生きる糧を与えくれた絵麻はもういない。
それだけでまるで世界から色と温度が無くなってしまったかのようだ。
そんな時だった。
俺に弁当を持って来た後輩の子がきたのは。
真剣な目で俺に弁当を渡す彼女に、ふと、こんな事を思った。
――彼女の弁当を食べている様を見れば、絵麻が嫉妬して前の様に接してくれるんじゃないのか。
そして俺は後輩の女子の好意を利用することにした。
彼女の弁当は絵麻のとは違って不格好だが、一生懸命に作ったんだと分かる品だった。
味はそこまでひどくなかったが、余計に絵麻の味が恋しくなっていった。
異変は、部活のさなかに起こった。
いつもより調子が出ない。腹部に違和感がある。
そんな不調を感じるままに俺は倒れ、保健室に運ばれた。
保険医の先生曰く、俺は人間の髪の毛を食わされていたらしい。
細かく刻まれて気づかなかったが、消化できなかったそれが俺の吐いたものから出てきたそうだ。
俺に弁当を寄越した後輩は停学と、俺への接近禁止処分が下った。
その時のトラウマから摂食障害気味になったが、サッカー部のエースとしての体づくりのために無理矢理食した。
胃の中に食べ物を詰めていく中、思い出すのは絵麻の弁当だ。
冷めているのに温かい、とても美味しい絵麻の料理。
もう二度と味わう事が出来ないその味を思い出し、俺は涙を流している。
父が出ていった俺と母さんを、俺と同い年のガキのはずなのに気遣う絵麻。
気づけばアイツの事が好きだった。
「私たちは友達だから、遠慮なく頼ってね」
そう言って、母さんを助けるために作ってくれた絵麻の弁当。
初めてそれを食べた時の感動たるや。天にも昇る気持ちだった。
そんな優しく、温かな彼女に似合う男になるために、俺は得意のサッカーに尽力した。
いつしか俺はエースと呼ばれるようになり、周りが俺を持ち上げ、期待してくれた。
俺の支えは、高校に上がってから作ってくれる絵麻の弁当だ。
目にすると素直に礼も言えず、完食をすることでしか感謝を伝えられない。だがそれだって、あの優しい絵麻には届いているはずだ。
そんな幸福な日々が一年続いた、ある日の事だった。
進級して、俺がサッカー部の主力になったあたりからチームメイトからのやっかみを受けるようになった。
「お! エースくん、また愛妻弁当じゃーん」
「妬けちゃうねぇ~。リアルも充実してるとかずるいわぁ」
レギュラー落ちした仲間たちからの野次に、せっかくの弁当の味が台無しになる。
今はまだ俺だけだからいい。
だが彼らの悪意が絵麻にも向いたら?
自身の恋心を暴かれることと、彼女にまでからかいの対象になることが耐えきれず、その日、俺は言ってしまった。
「アイツはただの幼馴染だよ! 勝手に作ってきてるだけで、俺だって迷惑してんだよ!」
そう言ってむきになって立ち上がった、その時だ。
ごとり
俺の膝から、弁当が落ちた。
真っ逆さまに落ちたそれは、手を伸ばす間もなく地面に落下した。
仲間たちは「捨てられてよかったじゃん」とケラケラ笑っていた。
彼らが余計なことをしなければ、大事な弁当を傷つける事もなかったのに。
殴りたい衝動をおさえ、俺は駄目になった弁当の中身をごみ箱に捨てた。
引っ込みがつかなくなりその後も強がり続けたが、俺の心にはずっともやもやが残っていた。
その日の夜、俺は母さんに呼び出された。
「未来、あなた、絵麻ちゃんになんかした?」
いつになく真剣な顔をする彼女の言葉に、俺は冷たいナイフを首元に突き付けられたような気分になる。
まさか、見られたのか。
あのゴミ箱は絵麻が通る場所にあった。だから気づかれる可能性もある。
今更になってそんなことに気づいて、背筋が冷えていく。
「さっき電話があって、『息子さんが嫌がっているから、もう弁当は作りません。昼ご飯はそちらに任せます』って言って来たわよ。何をしたのよ。あんなにいい子だったのに」
切なげな様子でそう言う母親に、俺ははっきりとあった事を正直に吐くことが出来なかった。
そんな自分の卑怯さが嫌になる。
よく眠る事が出来なかったその日。
俺はいつもの場所で絵麻を待った。
絵麻に会ったら、とにかく謝ろう。正直に言えば許してくれるはずだ。
彼女の姿を見た瞬間、俺は駆け寄って息を切らした。
「絵麻! ごめん、俺――」
「ごめんね。未来。迷惑かけて」
そんな俺の言葉を、絵麻は謝罪で遮った。
絵麻は俺の謝罪も弁明も拒否して、こう言ったんだ。
「未来の迷惑になる様な事ばっかしちゃったね、私。もう学校でも近所でも関わらないし、二度と未来が捨てないように弁当も作らないから。さようなら」
今まで見たどんな顔より美しい笑顔でそういって、絵麻は俺から去っていった。
俺は一言も出せなかった。
俺にそんな権利はないんだ。
絵麻の気持ちを踏みにじった俺には。
それから俺は、目を背けるように練習に打ち込んだ。
朝と昼に俺に笑顔を見せてくれた、俺に生きる糧を与えくれた絵麻はもういない。
それだけでまるで世界から色と温度が無くなってしまったかのようだ。
そんな時だった。
俺に弁当を持って来た後輩の子がきたのは。
真剣な目で俺に弁当を渡す彼女に、ふと、こんな事を思った。
――彼女の弁当を食べている様を見れば、絵麻が嫉妬して前の様に接してくれるんじゃないのか。
そして俺は後輩の女子の好意を利用することにした。
彼女の弁当は絵麻のとは違って不格好だが、一生懸命に作ったんだと分かる品だった。
味はそこまでひどくなかったが、余計に絵麻の味が恋しくなっていった。
異変は、部活のさなかに起こった。
いつもより調子が出ない。腹部に違和感がある。
そんな不調を感じるままに俺は倒れ、保健室に運ばれた。
保険医の先生曰く、俺は人間の髪の毛を食わされていたらしい。
細かく刻まれて気づかなかったが、消化できなかったそれが俺の吐いたものから出てきたそうだ。
俺に弁当を寄越した後輩は停学と、俺への接近禁止処分が下った。
その時のトラウマから摂食障害気味になったが、サッカー部のエースとしての体づくりのために無理矢理食した。
胃の中に食べ物を詰めていく中、思い出すのは絵麻の弁当だ。
冷めているのに温かい、とても美味しい絵麻の料理。
もう二度と味わう事が出来ないその味を思い出し、俺は涙を流している。
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