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第二章【変わり征く日常編】
第七話『ユーザーのいない世界』
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「時計屋知らない?」
日曜日の朝、良助のスマホに届いたショートメールに書かれていた一文。差出人は小百合。良助がそのメールに気づいたのは、送られてから四時間後のことだった。
幸い、と言うべきか定かではないが、たまたま良助には心当たりがあった。駅前にあるシャッター商店街の中に一軒、老舗と呼ぶべき風合いの佇まいでいつからそこに建っているのか分からないような時計屋がある。
良助はメールでその時計屋の場所を返信した。すると返って来たメールには明らかに良助の同行を求める内容だったので、仕方なく出かける準備をした。
「遅いわね」
「いやだから、三十分で来た努力をだな…じゃなくて、なんで俺も行かなきゃならねぇんだよ。場所教えただろ、って言うかここだろ」
二人はその時計屋『定目堂』の前にいる。小百合はいつもは左手首にしているイチゴ型の腕時計をポケットから取り出してみせた。針は動いていない。
「この前、あのクソ野郎どもに時計取られたでしょ? その時あのクソ野郎の扱いが悪くて壊されてたのよ、万死に値するわ」
「それは御愁傷様だな…で、それを修理してもらうわけだな。じゃあ」
「何帰ろうとしてんのよ、行くわよ」
「まさか、一人で入れないのか?」
「そ、そうじゃないわよっ 暇だろうから暇つぶしさせてあげようってことよ、ほら」
入り口のドアを開くと、カランッとベルの音が鳴り、中へ入るとまるで一瞬で古い時代にタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気に心地よく包まれた。少し手狭な所もまた味があった。
店内の奥、様々な工具や部品が散りばめられた木製の漆塗りのテーブルの前で、ルーペを嵌めて手元でとても小さな懐中時計をまるで手術しているこのように繊細な動きで修理している老齢の職人がいた。邪魔するのも悪いと思い暫くその様子を眺めていたら、職人の男性は手を止めて頭を掻いた。
「あぁいや、すいませんねぇ、お客さんが来ていたとは。最近めっきりお客さんも減ってたから、気が付かなくてね…」
「いぇ、作業を止めさせて、こちらこそすいません。ほら」
良助に言われて小百合はポケットから腕時計を取り出して職人に手渡した。職人は目を細めて細かく観察し、軽く頷いた。
「これならすぐに直せますよ、部品もちょうどここにあるから。少し待っていてくださいね」
職人は手際よく後ろにある小さな引き出しから部品を探し出して、工具を手に、手術を開始した。二人はその光景を黙って観察していた。
作業は瞬く間に終わり、職人は丁寧な手つきで腕時計を小百合に返した。針は正確に時を刻んでいる。
「可愛らしい時計ですね、大事になさって下さい」
「素晴らしいわ、どうもありがとうっ」
小百合は嬉々として腕時計を左手首に回して眺めた。そして一頻り堪能したあと、職人に言った。
「でも、どうして能力で直さないの? おじいさんユーザーでしょ?」
そう言われても特に表情に変化を見せない職人は、そっとルーペを外して小百合の方を見た。
「いつからだったかな、この街に不思議な力を持つ人が大勢現れたのは…」
「二年前よ」
「そうだったそうだった。確か、岩永不如帰が亡くなった日だったね」
「誰よそれ、それより…」
「私が授かった能力はね、壊れたものを動かす力、らしい」
「らしい?」
「一度も使った事がないからね、よく分からないんだ。だって、元々この仕事をしているから、そんな力は必要ないんだ。一つ一つこの手で直して、それでまた動き出す。それでいいんだよ」
「ふーん…変なこと言って悪かったわね。時計、ありがとう」
二人は店を後にした。外は心なしか先程より肌寒く感じた。小百合は神妙な顔をしている。
「まさかあのおじいさんもユーザーだったなんてな、店に入って気付いたのか?」
「そうよ。全くの偶然。でも珍しいわね…能力に頼らない人なんて、いたんだ」
「普通は使うよな、そんな能力手に入れたら」
「悪用するにせよしないにせよ、一度手に入れたらもう、能力がなかった頃と同じわけにはいかない。そう思ってたけど…そうでもないのね」
「どうしたんだよ?」
「別に。能力がもしある時なくなったとしたら、この世の中はどうなるのかなぁって、ふと思っただけよ」
「今より悪くは、ならないんじゃねぇかなぁ~…なんて、知らねぇけど」
「…そういえばさっき、あのおじいさん、なんか言ってたわよね、ホトトギスがなんとか」
「いわなが、ほととぎす、か。人の事だよな、多分?」
「聞いたことないわね。おじいさんの親戚か何かかしらね」
「殺されるか鳴かされるか待たれるか…壮絶な人生を送ってきたんだろうなぁ」
「…は? 意味わかんない」
「…なんでもない」
「でも、なーんか、どっかで聞いたことあるような気がすんのよね、でもこんな珍しい名前、忘れようないけど…」
「昔の芸能人とか?」
「さぁ…ま、とにかく今日は助かったわ。いい店にも出会えたしね」
「それはお安い御用だけど…こんな休日に俺みたいなヤツ呼びつけるとかさ、お前友達とかいないのかよ?」
「お、大きなお世話よっ!! あのね、アタシこれでも学校ではそこそこ人気あんのよ? 目立つ存在なのよ?」
「そりゃそんな真っ赤な頭、目立つに決まってんだろ…地毛か、それ?」
「地毛に決まってんでしょっ!! じゃ、もうアタシ帰るから、アンタも帰りなさいよっ!!」
なぜか怒った様子で小百合は帰った。
「しれっと修理代、出させられたな…」
つづく
日曜日の朝、良助のスマホに届いたショートメールに書かれていた一文。差出人は小百合。良助がそのメールに気づいたのは、送られてから四時間後のことだった。
幸い、と言うべきか定かではないが、たまたま良助には心当たりがあった。駅前にあるシャッター商店街の中に一軒、老舗と呼ぶべき風合いの佇まいでいつからそこに建っているのか分からないような時計屋がある。
良助はメールでその時計屋の場所を返信した。すると返って来たメールには明らかに良助の同行を求める内容だったので、仕方なく出かける準備をした。
「遅いわね」
「いやだから、三十分で来た努力をだな…じゃなくて、なんで俺も行かなきゃならねぇんだよ。場所教えただろ、って言うかここだろ」
二人はその時計屋『定目堂』の前にいる。小百合はいつもは左手首にしているイチゴ型の腕時計をポケットから取り出してみせた。針は動いていない。
「この前、あのクソ野郎どもに時計取られたでしょ? その時あのクソ野郎の扱いが悪くて壊されてたのよ、万死に値するわ」
「それは御愁傷様だな…で、それを修理してもらうわけだな。じゃあ」
「何帰ろうとしてんのよ、行くわよ」
「まさか、一人で入れないのか?」
「そ、そうじゃないわよっ 暇だろうから暇つぶしさせてあげようってことよ、ほら」
入り口のドアを開くと、カランッとベルの音が鳴り、中へ入るとまるで一瞬で古い時代にタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気に心地よく包まれた。少し手狭な所もまた味があった。
店内の奥、様々な工具や部品が散りばめられた木製の漆塗りのテーブルの前で、ルーペを嵌めて手元でとても小さな懐中時計をまるで手術しているこのように繊細な動きで修理している老齢の職人がいた。邪魔するのも悪いと思い暫くその様子を眺めていたら、職人の男性は手を止めて頭を掻いた。
「あぁいや、すいませんねぇ、お客さんが来ていたとは。最近めっきりお客さんも減ってたから、気が付かなくてね…」
「いぇ、作業を止めさせて、こちらこそすいません。ほら」
良助に言われて小百合はポケットから腕時計を取り出して職人に手渡した。職人は目を細めて細かく観察し、軽く頷いた。
「これならすぐに直せますよ、部品もちょうどここにあるから。少し待っていてくださいね」
職人は手際よく後ろにある小さな引き出しから部品を探し出して、工具を手に、手術を開始した。二人はその光景を黙って観察していた。
作業は瞬く間に終わり、職人は丁寧な手つきで腕時計を小百合に返した。針は正確に時を刻んでいる。
「可愛らしい時計ですね、大事になさって下さい」
「素晴らしいわ、どうもありがとうっ」
小百合は嬉々として腕時計を左手首に回して眺めた。そして一頻り堪能したあと、職人に言った。
「でも、どうして能力で直さないの? おじいさんユーザーでしょ?」
そう言われても特に表情に変化を見せない職人は、そっとルーペを外して小百合の方を見た。
「いつからだったかな、この街に不思議な力を持つ人が大勢現れたのは…」
「二年前よ」
「そうだったそうだった。確か、岩永不如帰が亡くなった日だったね」
「誰よそれ、それより…」
「私が授かった能力はね、壊れたものを動かす力、らしい」
「らしい?」
「一度も使った事がないからね、よく分からないんだ。だって、元々この仕事をしているから、そんな力は必要ないんだ。一つ一つこの手で直して、それでまた動き出す。それでいいんだよ」
「ふーん…変なこと言って悪かったわね。時計、ありがとう」
二人は店を後にした。外は心なしか先程より肌寒く感じた。小百合は神妙な顔をしている。
「まさかあのおじいさんもユーザーだったなんてな、店に入って気付いたのか?」
「そうよ。全くの偶然。でも珍しいわね…能力に頼らない人なんて、いたんだ」
「普通は使うよな、そんな能力手に入れたら」
「悪用するにせよしないにせよ、一度手に入れたらもう、能力がなかった頃と同じわけにはいかない。そう思ってたけど…そうでもないのね」
「どうしたんだよ?」
「別に。能力がもしある時なくなったとしたら、この世の中はどうなるのかなぁって、ふと思っただけよ」
「今より悪くは、ならないんじゃねぇかなぁ~…なんて、知らねぇけど」
「…そういえばさっき、あのおじいさん、なんか言ってたわよね、ホトトギスがなんとか」
「いわなが、ほととぎす、か。人の事だよな、多分?」
「聞いたことないわね。おじいさんの親戚か何かかしらね」
「殺されるか鳴かされるか待たれるか…壮絶な人生を送ってきたんだろうなぁ」
「…は? 意味わかんない」
「…なんでもない」
「でも、なーんか、どっかで聞いたことあるような気がすんのよね、でもこんな珍しい名前、忘れようないけど…」
「昔の芸能人とか?」
「さぁ…ま、とにかく今日は助かったわ。いい店にも出会えたしね」
「それはお安い御用だけど…こんな休日に俺みたいなヤツ呼びつけるとかさ、お前友達とかいないのかよ?」
「お、大きなお世話よっ!! あのね、アタシこれでも学校ではそこそこ人気あんのよ? 目立つ存在なのよ?」
「そりゃそんな真っ赤な頭、目立つに決まってんだろ…地毛か、それ?」
「地毛に決まってんでしょっ!! じゃ、もうアタシ帰るから、アンタも帰りなさいよっ!!」
なぜか怒った様子で小百合は帰った。
「しれっと修理代、出させられたな…」
つづく
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