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『願い』
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暗い。目が見えない。いや、目を閉じているからだ。今まで眠っていた? 違う。気を失っていたみたいだ。
意識がハッキリしていくとまず感じたのは、全身を襲う鈍い痛みだった。仰向けに寝ている状態で、体を起こそうとするもそれ以前に思うように手足が動かせなかった。感覚はあったがまるで重力に縛られているかのように動かなかった。
目をゆっくりと開いていく。視界が徐々に晴れていく。薄暗い中にも目に入ってきたのは、無機質な天井だった。自分の部屋ではない。そう感じたことで、自分の意識や記憶と言ったアイデンティティのようなものは失われていないということに安堵した。事実、なぜ自分がこの様に見知らぬ部屋…病室で寝ているのか、その理由もちゃんと把握している。
俺は昨夜、仕事帰りに横断歩道を青信号で渡ろうとした時、突如迫って来た信号無視のトラックに轢かれた。ぶつかった瞬間、本当に身体が宙を舞った。空中で天地が反転している状態になった時、トラックの運転手と一瞬、目が合った。彼は酷く混乱しているものの、頬が若干赤らんでいたことから飲酒運転だと悟った。怒りが沸いた。沸々と、ではなく一瞬に頂点に達した。本来なら走馬灯を見るべき状況にも関わらず、俺はひたすらその運転手に呪詛めいた、要するに恨み言を吐き連ねた。せっかく時間がゆっくりと進んでいるように感じているのだから、もっと懐かしい思い出や家族への感謝を述べるべきなのだろうけど、そういう余裕はその時は持ち合わせてはいなかった。
そして身体はアスファルトに落下して全身が思い切り叩きつけられた。痛みは感じなかった。恐らくドーパミンが怒りによって人より分泌されていたとかそういう具合だろうと納得した。運転手が車外に出てきて血溜まりの中でうつ伏せに倒れている俺の側に立って何か言ってきている。聴覚は最後まで残る感覚と言われているが、何を言っているのかよく聞き取れなかった。すると運転手はどこかに電話を掛け始めた。救急車を呼んでいるのなら助かるが、誰か友達や身内に相談してるとかだったら絶望的だと思った。その電話の会話が終わらぬ内に、俺の意識は遂に途切れた。
次に目を覚ましたのは、今、自分がいるこの病室ではなかった。とても眩しい光の中をゆっくりと歩いていた。自分の意志ではなく何かに導かれるように前へと歩み、そして立ち止まった。そこには、俺の人生の中で出会ったこともなければ出会う可能性も限りなくゼロであろう、とても美しい金髪の女性が立っていた。服装はいわゆる女神のような感じだった。女性は俺の顔を見てから、口を開いた。
「貴方は後悔の中で命を落としましたね」
そう言われて、確かにそうだとあの時の怒りが僅かに蘇ってきた。俺の顔が険しくなったのか、女神は優しく俺の手を握って言った。
「貴方にもう一度、生を与えましょう。今度は悔いなきように………」
あれ、これってあれかな、今流行りの転生ってやつ? あんまりそういうの見ないから詳しくないんだけど………。
「最後に、今度の世界では貴方に、一度だけ願いを叶えられる能力を宿してあげましょう。有意義にお使いなさい………」
今度の世界って………いよいよあれか、異世界転生ってやつだ。姪っ子がなんかハマってる小説であったあれだ。確か、スキルだ。スキル貰えるんだ。スキルってなんなんだろ? あぁでも、そうか、異世界ってことは姪っ子とはもう会えないんだよなぁ………。大した事ない人生だったけど、将来、姪っ子の結婚式に出られないっていうのは、後悔になるのかなぁ………。あぁ………眩しいなーーー。
それでその次に目覚めたのが今である。目も慣れてきて身体もある程度動かせるようになって、身体を起こして取り敢えず机の引き出しの中にあったスマホの電源を入れてみる。日付は事故に遭った日から3日経っていた。マップを開く。自分が今いる場所は、事故に遭った現場から近い病院だ。昔、腱鞘炎になった時に来たことがあったことを思い出した。
ゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。窓際のベッドだったため外の景色が見られた。夜の闇に包まれていたが、良く知った街並みがそこにはあった。
しばらく外を眺めていると、突然仕切りのカーテンが勢いよく開かれた。思わずベッドに座り込むと、同じく驚いた様子の看護師さんと目が合った。
「目が覚められたんですね、良かったぁ」
聞くと俺は3日間意識不明だった。奇跡的に全身打撲と腕の骨折で済み、あとはいつ目が覚めるかと言った状態だった。看護師は一度戻って、再び医師と様々な器具を伴って帰ってきて、俺は休む暇もなく色々と検査を受けた。医師が言うにはまさに奇跡としか言いようがないようで、1週間ほど入院すればあとは通院で良いと言われた。
俺はホッとした。身体から力が抜けていく。助かった。もうダメだと思った。もうダメな時に見るような夢も見た。女神が出てきて異世界に転生するような………。
「え、いや、ちょ、まさか………? いやいやないないない。何考えてんだ俺は。事故に遭ったり入院したりなんて初めてだから、色々ナーバスになってんのは分かる。けどそれはないだろぉ」
俺は盛大な独り言を自分に言い聞かせるように呟いた。異世界転生? やけにあの夢が頭にこびり付いて離れない。
「あ、あれだ。夢の中で目が覚めてその後本当に起きてあれ、これっめまだ夢の中? っていうやつと同じだ。こういう時は………」
俺はたまにこういう夢を見る事がある。そういう時は自分が知らない情報に触れてみることでそこが現実だと認識して安心する様にしている。スマホの電源を入れる。ニュースを開く。名前も知らない芸能人のゴシップ記事が目に入る。大丈夫。ここは現実、夢でもなければ異世界でもない。俺はシンプルに、しかし奇跡的に助かったんだ。
安心してベッドに寝転ぶ。そうだ、姪っ子のやつに電話してやろう。着信がたくさん来てたし、心配かけちゃっただろうなぁ。けど今日はもう遅いし………明日、朝イチで電話してやるか………。
「ようやく見つけた。あなたが転生者ね?」
心地よい微睡みを切り裂いたのは、何かが床に落ちる音といきなりカーテンを開け放った者の叫び声だった。
「大丈夫、何も心配いらないから。私はジルコ。この世界で、あなたのような転生者を導く役目を与えられた者なの。よろしくね」
俺に手を差し伸べているその者…入院着を来た高校生くらいに見える少女は、まるで女神のように優しく微笑んだ。
「いきなりの事で色々と混乱してるよね、うん。無理しなくていいからね。けど事実を伝えておくと、あなたはこの世界に転生して30年経っているの。何故かようやく今になって現世での記憶を取り戻したみたい。それで私があなたを見つけられた」
ジルコと自称する少女は先程の看護師さんと同じようにホッとした様子で胸に手を当てていた。この子は嘘をついているようには見えない。
「あなたには使命があるの。それで…女神に与えられた加護の事は憶えてる?」
女神。そのワードが出てきたことで、やけにこの話に現実味が現れた。実は最初から俺はこの子の話を真面目に聞いていないし、ましてやこの子のことは全く信用していない。しかし先ほどの表情やこの女神と言う言葉が、誰かが俺にこの子の話をちゃんと聞けと言っているような気がして止まなくなった。
「加護って、スキルのことか?」
「すきる? それってなんのことかな?」
あぁ、そういう世界観じゃないんだ。姪っ子が読んでた小説では異世界って言ってもいわゆるゲーム的な世界観がベースになっていて………って、俺めっちゃ姪っ子に影響受けてんな。詳しくなってるよ。
「あぁー………確か女神に何か与えられたみたいだけど、すまん、思い出せないんだ」
「そうか………、大丈夫、気にすることないよ。必要に迫られたら発動するはずだからっ」
一つ分かったことは、この子は悪い子ではないだろうという事だ。こんな無邪気に喜怒哀楽を連発する子は良い子だ。多分。
「それよりここから早く脱出しないと。実はここ、魔族の居城なの。あなたは魔族に捕まってここに閉じ込められてるのよ」
いよいよそんな感じになってきた。俺はいつしかこの子の話にワクワクを感じていた。思えば年格好も姪っ子に似てなくもない。愛着が湧いていたからか、だからこんな与太話に付き合うのも悪くないと思えたんだ。
「何ボーッとしてるの? ほら、立ってっ」
ジルコは俺の腕を引っ張って立たせようとする。流石に立ち歩くのはマズイと思い、それを制した。
「ま、まだ身体が思うように動かないんだ。もう少しここで身を潜めていよう?」
「そうね………ごめんなさい。まだ目覚めたてなのに無理を言って」
ジルコは申し訳なさそうに俯いた。やはり似ている。自分が好きな話を一方的に言いまくったあとに姪っ子が見せる、あの顔に。いや、落ち着いてよく見ると、似ているどころか瓜二つだ。姪のアキラそのものだ。え、もしかして姪っ子?
「な、なぁ、これってドッキリか? アキラ?」
「あきら? それって誰のこと? 私はジルコだって」
「いやそれよりお前、ここに入院してんのか? その格好………」
「だから私はジルコだって。あなたの姪の、ジルコよ」
「………ん? 姪のジルコ? 姪ってのは認めんのかよ」
「記憶が混乱してるから敢えて他人行儀に話してたけど、お兄ちゃんヒドイよ。私の事忘れるなんて」
お兄ちゃんって呼び方もアキラとまんまだ。声もおんなじなんだよなぁ………。
「つかお前なんで入院してんだよ、どこか怪我したのか? それとも何かの病気に………?」
「だから、入院ってなんなのよ?」
「その格好………」
「これは私たちの一族に伝わる魔除けのドレスじゃない」
どう見ても浴衣タイプの入院着なんだよな………無地の。
「お前、まさか自分も入院したからあんなに電話入れまくってたのか? 兄貴も何やってんだよ、まったく………」
「デンワ? それってなんなのよ?」
「さっきからそればっかだなぁおい………なぁ、もう俺、目も覚めて大丈夫だからさ、自分の部屋戻れよな………」
「お兄ちゃんだけ置いて行けないよっ」
そこで俺は一つ思い出して、手元にあったナースコールのボタンを押した。そうだ、コイツは自分の世界を展開しだすと長いんだった。コイツも入院してるんだから無理は良くない、早くベッドに戻したほうが良い。
それから幾分もせぬうちに先ほどの看護師さんがやって来た。やはり驚いている。そしてため息をついてた。
「アキラちゃん、また抜け出したのね………あの子なにやってんのよもう………。ごめんなさいね、実はこの子………」
ジルコは看護師さんに連れられて部屋を出ていった。見えなくなるまで俺の顔を名残惜しそうに見つめていた。少し胸が痛んだ。
名前まで姪っ子と同じだったその少女は、過去にあったある出来事をきっかけに自分の事を『異世界から転生してきた人を導く担い手』だと思い込んでいるとのことだった。ここでの生活は長いらしい。因みに、おじさんと呼べる親戚はいないそうだ。
妙な脱力感に襲われた。再び微睡む。いや、やっぱり遅いけどアキラに電話しよう。今はなぜか無性に、とにかく安心を得たい。スマホを手にとって連絡帳からアキラの番号を選んで掛ける。
『♪♪♪♪♪~』
聞き覚えのある着信音がベッドの下から聴こえた。覗き込むと、見覚えのあるスマホが落ちていた。手に取り画面を見ると、電話の着信を知らせていた。
「俺の名前? いや、そのスマホ………アキラのと同じ?」
どうしてアキラのスマホがこんなところにあるんだ? もしかしてさっきジルコが落としていったのか? だとすればやっぱりさっきの子はアキラなのか? けどジルコはずっとここに入院してるって………。
「いや、そうだ………そうか、俺はまだ、大丈夫じゃなかったんだ」
俺の記憶はまだ混乱したままだったんだ。ベッドのネームプレートに目を向ける。そこには何も書かれていなかった。
先ほどまでとは別の看護師さんがやってくる。俺をゆっくりと立ち上がらせて一緒に部屋を出た。伴われて俺は隣の病室の一角、窓際のベッドに促がされて腰を下ろした。
「どうしてか、あそこの病室のあのベッドにばかり行ってしまうんですね、いつも………」
よく聞き取れない。気付けば仰向けになっていた。
「アキラちゃんもいつも大変よね………最近多くなったし」
微睡む。そうか、ここがいつも眠っている天井だったのか。
「今月で3人目になるかしら………まったく」
去る足音が聞こえる。看護師さんが行ったのか………。最後らへんに何か言っていたような気がするけど………今は眠い。ようやく眠れる………。
おわり
意識がハッキリしていくとまず感じたのは、全身を襲う鈍い痛みだった。仰向けに寝ている状態で、体を起こそうとするもそれ以前に思うように手足が動かせなかった。感覚はあったがまるで重力に縛られているかのように動かなかった。
目をゆっくりと開いていく。視界が徐々に晴れていく。薄暗い中にも目に入ってきたのは、無機質な天井だった。自分の部屋ではない。そう感じたことで、自分の意識や記憶と言ったアイデンティティのようなものは失われていないということに安堵した。事実、なぜ自分がこの様に見知らぬ部屋…病室で寝ているのか、その理由もちゃんと把握している。
俺は昨夜、仕事帰りに横断歩道を青信号で渡ろうとした時、突如迫って来た信号無視のトラックに轢かれた。ぶつかった瞬間、本当に身体が宙を舞った。空中で天地が反転している状態になった時、トラックの運転手と一瞬、目が合った。彼は酷く混乱しているものの、頬が若干赤らんでいたことから飲酒運転だと悟った。怒りが沸いた。沸々と、ではなく一瞬に頂点に達した。本来なら走馬灯を見るべき状況にも関わらず、俺はひたすらその運転手に呪詛めいた、要するに恨み言を吐き連ねた。せっかく時間がゆっくりと進んでいるように感じているのだから、もっと懐かしい思い出や家族への感謝を述べるべきなのだろうけど、そういう余裕はその時は持ち合わせてはいなかった。
そして身体はアスファルトに落下して全身が思い切り叩きつけられた。痛みは感じなかった。恐らくドーパミンが怒りによって人より分泌されていたとかそういう具合だろうと納得した。運転手が車外に出てきて血溜まりの中でうつ伏せに倒れている俺の側に立って何か言ってきている。聴覚は最後まで残る感覚と言われているが、何を言っているのかよく聞き取れなかった。すると運転手はどこかに電話を掛け始めた。救急車を呼んでいるのなら助かるが、誰か友達や身内に相談してるとかだったら絶望的だと思った。その電話の会話が終わらぬ内に、俺の意識は遂に途切れた。
次に目を覚ましたのは、今、自分がいるこの病室ではなかった。とても眩しい光の中をゆっくりと歩いていた。自分の意志ではなく何かに導かれるように前へと歩み、そして立ち止まった。そこには、俺の人生の中で出会ったこともなければ出会う可能性も限りなくゼロであろう、とても美しい金髪の女性が立っていた。服装はいわゆる女神のような感じだった。女性は俺の顔を見てから、口を開いた。
「貴方は後悔の中で命を落としましたね」
そう言われて、確かにそうだとあの時の怒りが僅かに蘇ってきた。俺の顔が険しくなったのか、女神は優しく俺の手を握って言った。
「貴方にもう一度、生を与えましょう。今度は悔いなきように………」
あれ、これってあれかな、今流行りの転生ってやつ? あんまりそういうの見ないから詳しくないんだけど………。
「最後に、今度の世界では貴方に、一度だけ願いを叶えられる能力を宿してあげましょう。有意義にお使いなさい………」
今度の世界って………いよいよあれか、異世界転生ってやつだ。姪っ子がなんかハマってる小説であったあれだ。確か、スキルだ。スキル貰えるんだ。スキルってなんなんだろ? あぁでも、そうか、異世界ってことは姪っ子とはもう会えないんだよなぁ………。大した事ない人生だったけど、将来、姪っ子の結婚式に出られないっていうのは、後悔になるのかなぁ………。あぁ………眩しいなーーー。
それでその次に目覚めたのが今である。目も慣れてきて身体もある程度動かせるようになって、身体を起こして取り敢えず机の引き出しの中にあったスマホの電源を入れてみる。日付は事故に遭った日から3日経っていた。マップを開く。自分が今いる場所は、事故に遭った現場から近い病院だ。昔、腱鞘炎になった時に来たことがあったことを思い出した。
ゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。窓際のベッドだったため外の景色が見られた。夜の闇に包まれていたが、良く知った街並みがそこにはあった。
しばらく外を眺めていると、突然仕切りのカーテンが勢いよく開かれた。思わずベッドに座り込むと、同じく驚いた様子の看護師さんと目が合った。
「目が覚められたんですね、良かったぁ」
聞くと俺は3日間意識不明だった。奇跡的に全身打撲と腕の骨折で済み、あとはいつ目が覚めるかと言った状態だった。看護師は一度戻って、再び医師と様々な器具を伴って帰ってきて、俺は休む暇もなく色々と検査を受けた。医師が言うにはまさに奇跡としか言いようがないようで、1週間ほど入院すればあとは通院で良いと言われた。
俺はホッとした。身体から力が抜けていく。助かった。もうダメだと思った。もうダメな時に見るような夢も見た。女神が出てきて異世界に転生するような………。
「え、いや、ちょ、まさか………? いやいやないないない。何考えてんだ俺は。事故に遭ったり入院したりなんて初めてだから、色々ナーバスになってんのは分かる。けどそれはないだろぉ」
俺は盛大な独り言を自分に言い聞かせるように呟いた。異世界転生? やけにあの夢が頭にこびり付いて離れない。
「あ、あれだ。夢の中で目が覚めてその後本当に起きてあれ、これっめまだ夢の中? っていうやつと同じだ。こういう時は………」
俺はたまにこういう夢を見る事がある。そういう時は自分が知らない情報に触れてみることでそこが現実だと認識して安心する様にしている。スマホの電源を入れる。ニュースを開く。名前も知らない芸能人のゴシップ記事が目に入る。大丈夫。ここは現実、夢でもなければ異世界でもない。俺はシンプルに、しかし奇跡的に助かったんだ。
安心してベッドに寝転ぶ。そうだ、姪っ子のやつに電話してやろう。着信がたくさん来てたし、心配かけちゃっただろうなぁ。けど今日はもう遅いし………明日、朝イチで電話してやるか………。
「ようやく見つけた。あなたが転生者ね?」
心地よい微睡みを切り裂いたのは、何かが床に落ちる音といきなりカーテンを開け放った者の叫び声だった。
「大丈夫、何も心配いらないから。私はジルコ。この世界で、あなたのような転生者を導く役目を与えられた者なの。よろしくね」
俺に手を差し伸べているその者…入院着を来た高校生くらいに見える少女は、まるで女神のように優しく微笑んだ。
「いきなりの事で色々と混乱してるよね、うん。無理しなくていいからね。けど事実を伝えておくと、あなたはこの世界に転生して30年経っているの。何故かようやく今になって現世での記憶を取り戻したみたい。それで私があなたを見つけられた」
ジルコと自称する少女は先程の看護師さんと同じようにホッとした様子で胸に手を当てていた。この子は嘘をついているようには見えない。
「あなたには使命があるの。それで…女神に与えられた加護の事は憶えてる?」
女神。そのワードが出てきたことで、やけにこの話に現実味が現れた。実は最初から俺はこの子の話を真面目に聞いていないし、ましてやこの子のことは全く信用していない。しかし先ほどの表情やこの女神と言う言葉が、誰かが俺にこの子の話をちゃんと聞けと言っているような気がして止まなくなった。
「加護って、スキルのことか?」
「すきる? それってなんのことかな?」
あぁ、そういう世界観じゃないんだ。姪っ子が読んでた小説では異世界って言ってもいわゆるゲーム的な世界観がベースになっていて………って、俺めっちゃ姪っ子に影響受けてんな。詳しくなってるよ。
「あぁー………確か女神に何か与えられたみたいだけど、すまん、思い出せないんだ」
「そうか………、大丈夫、気にすることないよ。必要に迫られたら発動するはずだからっ」
一つ分かったことは、この子は悪い子ではないだろうという事だ。こんな無邪気に喜怒哀楽を連発する子は良い子だ。多分。
「それよりここから早く脱出しないと。実はここ、魔族の居城なの。あなたは魔族に捕まってここに閉じ込められてるのよ」
いよいよそんな感じになってきた。俺はいつしかこの子の話にワクワクを感じていた。思えば年格好も姪っ子に似てなくもない。愛着が湧いていたからか、だからこんな与太話に付き合うのも悪くないと思えたんだ。
「何ボーッとしてるの? ほら、立ってっ」
ジルコは俺の腕を引っ張って立たせようとする。流石に立ち歩くのはマズイと思い、それを制した。
「ま、まだ身体が思うように動かないんだ。もう少しここで身を潜めていよう?」
「そうね………ごめんなさい。まだ目覚めたてなのに無理を言って」
ジルコは申し訳なさそうに俯いた。やはり似ている。自分が好きな話を一方的に言いまくったあとに姪っ子が見せる、あの顔に。いや、落ち着いてよく見ると、似ているどころか瓜二つだ。姪のアキラそのものだ。え、もしかして姪っ子?
「な、なぁ、これってドッキリか? アキラ?」
「あきら? それって誰のこと? 私はジルコだって」
「いやそれよりお前、ここに入院してんのか? その格好………」
「だから私はジルコだって。あなたの姪の、ジルコよ」
「………ん? 姪のジルコ? 姪ってのは認めんのかよ」
「記憶が混乱してるから敢えて他人行儀に話してたけど、お兄ちゃんヒドイよ。私の事忘れるなんて」
お兄ちゃんって呼び方もアキラとまんまだ。声もおんなじなんだよなぁ………。
「つかお前なんで入院してんだよ、どこか怪我したのか? それとも何かの病気に………?」
「だから、入院ってなんなのよ?」
「その格好………」
「これは私たちの一族に伝わる魔除けのドレスじゃない」
どう見ても浴衣タイプの入院着なんだよな………無地の。
「お前、まさか自分も入院したからあんなに電話入れまくってたのか? 兄貴も何やってんだよ、まったく………」
「デンワ? それってなんなのよ?」
「さっきからそればっかだなぁおい………なぁ、もう俺、目も覚めて大丈夫だからさ、自分の部屋戻れよな………」
「お兄ちゃんだけ置いて行けないよっ」
そこで俺は一つ思い出して、手元にあったナースコールのボタンを押した。そうだ、コイツは自分の世界を展開しだすと長いんだった。コイツも入院してるんだから無理は良くない、早くベッドに戻したほうが良い。
それから幾分もせぬうちに先ほどの看護師さんがやって来た。やはり驚いている。そしてため息をついてた。
「アキラちゃん、また抜け出したのね………あの子なにやってんのよもう………。ごめんなさいね、実はこの子………」
ジルコは看護師さんに連れられて部屋を出ていった。見えなくなるまで俺の顔を名残惜しそうに見つめていた。少し胸が痛んだ。
名前まで姪っ子と同じだったその少女は、過去にあったある出来事をきっかけに自分の事を『異世界から転生してきた人を導く担い手』だと思い込んでいるとのことだった。ここでの生活は長いらしい。因みに、おじさんと呼べる親戚はいないそうだ。
妙な脱力感に襲われた。再び微睡む。いや、やっぱり遅いけどアキラに電話しよう。今はなぜか無性に、とにかく安心を得たい。スマホを手にとって連絡帳からアキラの番号を選んで掛ける。
『♪♪♪♪♪~』
聞き覚えのある着信音がベッドの下から聴こえた。覗き込むと、見覚えのあるスマホが落ちていた。手に取り画面を見ると、電話の着信を知らせていた。
「俺の名前? いや、そのスマホ………アキラのと同じ?」
どうしてアキラのスマホがこんなところにあるんだ? もしかしてさっきジルコが落としていったのか? だとすればやっぱりさっきの子はアキラなのか? けどジルコはずっとここに入院してるって………。
「いや、そうだ………そうか、俺はまだ、大丈夫じゃなかったんだ」
俺の記憶はまだ混乱したままだったんだ。ベッドのネームプレートに目を向ける。そこには何も書かれていなかった。
先ほどまでとは別の看護師さんがやってくる。俺をゆっくりと立ち上がらせて一緒に部屋を出た。伴われて俺は隣の病室の一角、窓際のベッドに促がされて腰を下ろした。
「どうしてか、あそこの病室のあのベッドにばかり行ってしまうんですね、いつも………」
よく聞き取れない。気付けば仰向けになっていた。
「アキラちゃんもいつも大変よね………最近多くなったし」
微睡む。そうか、ここがいつも眠っている天井だったのか。
「今月で3人目になるかしら………まったく」
去る足音が聞こえる。看護師さんが行ったのか………。最後らへんに何か言っていたような気がするけど………今は眠い。ようやく眠れる………。
おわり
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