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【竜爪の章】
第2話『破られた願い』
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その日の朝、村に朝の到来を告げたのは鶏の鳴き声ではなく誰も聞いたことのない何かの咆哮だった。村人は慌てた様子で外に出て、空を見上げた。朝であるはずなのに暗かったからだ。
空にはとても大きな何かが悠然と飛行していた。口から火を吹いて村を焼くわけでもなく、村人を攫ったり喰らうわけでなく、ただ空をゆっくりと飛んでいた。まるで、長い投獄から解き放たれて外の世界を満喫している囚人のように。
誰かが言った。今の世では決して言ってはならないことを。
「りゅ、竜だぁぁっ!!」
混乱はあっという間に広がる。誰しもが固まっている。逃げようがない。どうすればいい? 誰も答えは持ち合わせていない。
トーマは両親に叩き起こされて目を覚ました。そして外の様子を聞かされるや否や家から飛び出した。向かった場所は無論、あの場所だった。
魔法陣は線に沿って黒く焦げていた。辺りの草木も灰となっている。トーマは確信した。
「ま、マジかよ、来ちゃったのかよ、竜が…」
トーマはその時、自分に対して違和感を覚えた。悲願が叶ったはずなのに、嬉しくない。起こった感情は、恐れ。
「や、やばいじゃん。ま、まさか本当に来るとは…思わないだろ? ど、どうしよう…」
遠くで悲鳴が聞こえる。トーマは慌ててその声の方へ走った。村の中心部だ。
竜がいた。一頻り上空を飛び終えた竜は地面に降り立ち、そして竜らしい行動を取り始めた。火を吹く。家を、学校を焼き尽くす。人を喰う。凶悪な爪を備えた巨腕で村人を掴んで胃袋へ詰め込む。一歩進むだけで地面が割れる。その光景は地獄だった。
「う、嘘だろ…? な、え、ちょっ…なんだよ、これ…」
トーマはその場に膝をつくしかなかった。いつも顔を合わせている人々、うるさい学校の先生、友達、みんなが目の前でやられていく。自分のせいでやられていく。自分に出来ることは、このまま…
「立ちなさいよ、トーマっ!!」
よく知る声で意識を取り戻す。プエルがトーマの腕を掴んで立ち上がらせようとしていた。
「お、おれ、俺が…竜を呼んだから、みんなが…」
「アンタみたいな万年赤点が竜の召喚なんて出来るわけないでしょ、ほら、ここから逃げないと」
「け、けど、俺が書いた魔法陣が…」
「魔法陣? なんのことよ?」
トーマはようやく立ち上がり、プエルと共に魔法陣のところまで逃げることにした。プエルは驚いた様子を見せたが冷静になって魔法陣を調べ始めた。
「魔力の残滓って知ってるでしょ? 流石に」
「え? あ、あぁ…確か、魔力には個人個人に違いがあって、魔法を使えば使った場所に魔力の残滓…残りカスみたいなのが残って…それで…」
「誰が魔法を使ったか、ある程度把握できる。調べたけどこの魔法陣からアンタのとは違う魔力の残滓を見つけた。つまり他の誰かがアンタが描いた魔法陣を利用して竜を呼んだのよ」
「そ、そんなことがあんのかっ!? 一体誰だよ…け、けど、元は俺が竜を呼ぼうとして魔法陣を描いたのが悪いんだし…俺にも責任はある、よな…」
「だったらどうすんの?」
「た、確か家にある文献で読んだ覚えがある。呼竜術の一篇で、竜を還す呪文…帰還の篇だっけか」
「アンタ、ちゃんと詠唱出来んの?」
「分かんねぇけど…確か、覚えてる、はず。魔法陣も、これが使えるはずだ…」
トーマは魔法陣の中心に立ち、改めて足元を注視する。所々にある焦げて欠けた個所を描き直し、息を整える。そして頭を巡らせ、一度だけ読んだ文献の一節を思い出す。竜を呼びたい自分にとっては最も関わりのない呪文。帰還の篇。
トーマの口から漏れ出したのは誰も聞き取ることのできない言語による詠唱。一文字一文字、頭の奥底にある引き出しから丁寧に探し出すように紡ぐ言葉。それと共に地面の魔法陣は光りになぞられていき、やがて光は一筋の柱へと収束し、天を穿った。
村のほうが静かになった。二人は急いで竜がいた場所まで戻った。
竜は、いなくなっていた。近くで地面に座り込んでいたおばさんに聞くと、突然、空から光の柱が竜に向かって降りてきて、そのまま吸い込まれるように竜は空へと消えていったという。
思わずトーマも力が抜けてへたり込んでしまう。手が、足が、口元が震えていた。
「やったじゃん、トーマ」
プエルが、また腕掴んで立て上がらせようとした。トーマはその手を掴んで、立ち上がった。
「やった…うまくいった…良かった…」
『あ、あいつが竜を呼んだんだっ!!』
突然、どこからか聞こえた叫び声。その声は、トーマに向けられていた。その場にいた村人は一斉にトーマを見る。
『トーマか…そう言えばあいつ、いっつも竜を呼びたいだとか言ってたなぁ?』
『本当にあの子が、さっきの竜を呼んだの?』
『あそこって確か、竜を呼ぶ家系…なのよね?』
『アイツのせいで…』
『あの子のせいで…』
向けられる憎悪。トーマの体は硬直してしまった。
「と、取り敢えずこの場を離れないとっ!! 何されるかわからないわよっ!?」
プエルはトーマの手を引いた。だがトーマは動かなかった。
「俺のせいであることに変わりはない…罪を償うよ…」
「罪って…竜を呼んだのはアンタじゃない。誰かがアンタに罪を着せようとしたのよ、こうなるように…」
「プエル…親父とお袋の様子見てきてくれよ…」
瞳に光をなくしたトーマに言われ、プエルはそうするしかなかった。その墓を離れる時、後ろから鈍い音が聞こえた。
プエルがトーマの家に着くと、既に家は焼かれていた。人の手によって。恐る恐る跡地を見るも、人が焼かれたような形跡は見られなかった。素人目でそう判断したが、希望的観測が大きかった。しかしその希望は近くにいた者の言葉で打ち砕かれた。
「そこの家の家族だがね、中央広場で処刑されるようだ。まぁ、無理もない…あんなことを息子が引き起こしたんだからね」
プエルは青ざめるのを自覚して中央広場へと向かった。
いつもは市場で賑わう中央広場は、今は別の賑わいを見せていた。
広場の中心で手足を縛れ顔に袋を被せられて地面に突っ伏している三人。その側には大きな斧を手にした男が一人立っていた。
『殺せっ!!』
『かたきを討って、早くっ!!』
『悪魔を殺せっ!!』
熱狂。家族を殺された者、財産を失った者、それらすべての憎悪が彼らに向けられていた。その憎悪は、もはや血でしか精算できる状態ではなくなっていた。
「親父、お袋…ごめんよ…俺のせいで…」
「本当はお前が召喚したんじゃないんだろう? 分かっているさ。…それに、我が家系は竜と関係深い。こうなる事も先代でもあったかもしれない…受け入れよう。そうしないと村の人々はこれから生きていけないだろう。…母さんも、すまないね」
「いいえ。恨みなんてありません。…トーマ、お父さんもお母さんも、あなたを信じてるからね」
「…俺が…竜を呼びたいなんて思ったから…っ」
そしてついに、斧が振り下ろされんとした時、群衆の中から一人が前に出て制した。
「みんな聞いて。トーマは無実よ」
『あの子って…プエルちゃん?』
『成績優秀でよく表彰されてるわよね、それにあの子の家族は村にとって…』
『あの子の言うことは耳を貸さないわけにはいかんよな…』
斧を下ろした男はプエルに詰め寄った。
「プエルちゃん、どういう意味だい、今のは?」
「トーマがやったって証拠あんの? 誰か見たの? トーマが竜を呼んでるとこ、ねぇっ!?」
誰も何も言わない。誰も何も見ていないからだ。
『け、けど、トーマがやったって…』
「誰が言ったの? 名乗り出なさいよ、いるなら」
誰も名乗り出ない。ここには居ないからだ。
「誰かも分からないような人がトーマがやったって叫んだだけで信じて、それだけでトーマとその家族を殺すの? それって捕食行動を取っただけの竜より残虐じゃない?」
『し、しかし、トーマは普段から竜を呼びたいだとかほざいていたし…』
「そうね。現にトーマは村のはずれに竜を呼ぶ魔法陣を描いて、毎日毎日、竜召喚を試してた」
『ほ、ほらみろ、やっぱり…』
「けど一度たりとも成功しなかった。するわけない。あいつの成績じゃね。…さっき魔方陣を調べた。別の誰かの魔法の残滓を感じた。どういう意味か分かるわね?」
『どういう意味…、だよ…?』
「誰かがトーマが描いた魔方陣を利用して竜を呼んだ。こんなふうにトーマに罪を着せるためにね」
『なっ…そんなことが』
「魔法に精通してる人…誰でも良いけど、その魔法陣を調べて来てよ、それで明らかになるわ」
魔法学校の講師の一人が代表して、プエルの案内で例の魔法陣へと向かった。
しばらくしたあと二人は戻って来た。講師は非常にバツの悪そうな顔をしていた。
『ど、どうだったんだい、先生?』
『た、確かに魔法陣はあった。文様の筆跡からトーマが描いたものだった。…そ、そして、トーマとは別の…少なくとも生徒の誰でもない人間の魔力を感じた…それも強大な…』
群衆の熱狂は熱した時より緩やかに冷めていった。斧を持った男はその場に斧を落とし、トーマ家族の縄を解いた。顔は合わせない。
『わ、悪かった…』
『許してちょうだい…私たちも、家族を失って、それで…』
『じゃ、じゃあ誰がこんな…』
「良かった、トーマ」
「プエル…ありがとう、本当に…ありがとうな…」
「アタシは事実を言っただけ。裁かれるべきじゃない人が裁かれるなんてこと、あっていいわけない。それにしてもこの村ホント、クズばっかね~。真犯人含めて」
それから少ししたあと、トーマ達家族は村を離れることにした。村を出る日、見送りに来たのはプエルただ一人だった。
「寂しくなるけど、こんなとこいても良いことないわね。ま、元気でやりなよ。おばさんもおじさんもね」
「プエルちゃんには本当に命を救われたね…どうやって恩を返せばいいか…それに、一人残していくもの心配だ…」
プエルの家族は一年前に野盗に殺された。村を守るための行動だったため、彼女の家族は村にとって英雄扱いとなった事件だった。
「そうねぇ…もしおじさんとおばさんが良かったらさ、アタシも連れて行ってよ。アタシはトーマと違って器用だから穀潰しにはならないわよ?」
「そ、それは私たちは…なぁ?」
「大歓迎よ、プエルちゃん。でも良いの?」
「アタシもこんなとこ離れたいの。それに、遅かれ早かれ卒業したら出てくつもりだったし」
「ちょっと待てよ、俺の意見は?」
「アンタに断る権利あんの?」
こうしてトーマ家族はプエルを含めて新天地を目指した。向かうのはトーマの母の故郷、飛蜥蜴の里と呼ばれる土地だった。
つづく
空にはとても大きな何かが悠然と飛行していた。口から火を吹いて村を焼くわけでもなく、村人を攫ったり喰らうわけでなく、ただ空をゆっくりと飛んでいた。まるで、長い投獄から解き放たれて外の世界を満喫している囚人のように。
誰かが言った。今の世では決して言ってはならないことを。
「りゅ、竜だぁぁっ!!」
混乱はあっという間に広がる。誰しもが固まっている。逃げようがない。どうすればいい? 誰も答えは持ち合わせていない。
トーマは両親に叩き起こされて目を覚ました。そして外の様子を聞かされるや否や家から飛び出した。向かった場所は無論、あの場所だった。
魔法陣は線に沿って黒く焦げていた。辺りの草木も灰となっている。トーマは確信した。
「ま、マジかよ、来ちゃったのかよ、竜が…」
トーマはその時、自分に対して違和感を覚えた。悲願が叶ったはずなのに、嬉しくない。起こった感情は、恐れ。
「や、やばいじゃん。ま、まさか本当に来るとは…思わないだろ? ど、どうしよう…」
遠くで悲鳴が聞こえる。トーマは慌ててその声の方へ走った。村の中心部だ。
竜がいた。一頻り上空を飛び終えた竜は地面に降り立ち、そして竜らしい行動を取り始めた。火を吹く。家を、学校を焼き尽くす。人を喰う。凶悪な爪を備えた巨腕で村人を掴んで胃袋へ詰め込む。一歩進むだけで地面が割れる。その光景は地獄だった。
「う、嘘だろ…? な、え、ちょっ…なんだよ、これ…」
トーマはその場に膝をつくしかなかった。いつも顔を合わせている人々、うるさい学校の先生、友達、みんなが目の前でやられていく。自分のせいでやられていく。自分に出来ることは、このまま…
「立ちなさいよ、トーマっ!!」
よく知る声で意識を取り戻す。プエルがトーマの腕を掴んで立ち上がらせようとしていた。
「お、おれ、俺が…竜を呼んだから、みんなが…」
「アンタみたいな万年赤点が竜の召喚なんて出来るわけないでしょ、ほら、ここから逃げないと」
「け、けど、俺が書いた魔法陣が…」
「魔法陣? なんのことよ?」
トーマはようやく立ち上がり、プエルと共に魔法陣のところまで逃げることにした。プエルは驚いた様子を見せたが冷静になって魔法陣を調べ始めた。
「魔力の残滓って知ってるでしょ? 流石に」
「え? あ、あぁ…確か、魔力には個人個人に違いがあって、魔法を使えば使った場所に魔力の残滓…残りカスみたいなのが残って…それで…」
「誰が魔法を使ったか、ある程度把握できる。調べたけどこの魔法陣からアンタのとは違う魔力の残滓を見つけた。つまり他の誰かがアンタが描いた魔法陣を利用して竜を呼んだのよ」
「そ、そんなことがあんのかっ!? 一体誰だよ…け、けど、元は俺が竜を呼ぼうとして魔法陣を描いたのが悪いんだし…俺にも責任はある、よな…」
「だったらどうすんの?」
「た、確か家にある文献で読んだ覚えがある。呼竜術の一篇で、竜を還す呪文…帰還の篇だっけか」
「アンタ、ちゃんと詠唱出来んの?」
「分かんねぇけど…確か、覚えてる、はず。魔法陣も、これが使えるはずだ…」
トーマは魔法陣の中心に立ち、改めて足元を注視する。所々にある焦げて欠けた個所を描き直し、息を整える。そして頭を巡らせ、一度だけ読んだ文献の一節を思い出す。竜を呼びたい自分にとっては最も関わりのない呪文。帰還の篇。
トーマの口から漏れ出したのは誰も聞き取ることのできない言語による詠唱。一文字一文字、頭の奥底にある引き出しから丁寧に探し出すように紡ぐ言葉。それと共に地面の魔法陣は光りになぞられていき、やがて光は一筋の柱へと収束し、天を穿った。
村のほうが静かになった。二人は急いで竜がいた場所まで戻った。
竜は、いなくなっていた。近くで地面に座り込んでいたおばさんに聞くと、突然、空から光の柱が竜に向かって降りてきて、そのまま吸い込まれるように竜は空へと消えていったという。
思わずトーマも力が抜けてへたり込んでしまう。手が、足が、口元が震えていた。
「やったじゃん、トーマ」
プエルが、また腕掴んで立て上がらせようとした。トーマはその手を掴んで、立ち上がった。
「やった…うまくいった…良かった…」
『あ、あいつが竜を呼んだんだっ!!』
突然、どこからか聞こえた叫び声。その声は、トーマに向けられていた。その場にいた村人は一斉にトーマを見る。
『トーマか…そう言えばあいつ、いっつも竜を呼びたいだとか言ってたなぁ?』
『本当にあの子が、さっきの竜を呼んだの?』
『あそこって確か、竜を呼ぶ家系…なのよね?』
『アイツのせいで…』
『あの子のせいで…』
向けられる憎悪。トーマの体は硬直してしまった。
「と、取り敢えずこの場を離れないとっ!! 何されるかわからないわよっ!?」
プエルはトーマの手を引いた。だがトーマは動かなかった。
「俺のせいであることに変わりはない…罪を償うよ…」
「罪って…竜を呼んだのはアンタじゃない。誰かがアンタに罪を着せようとしたのよ、こうなるように…」
「プエル…親父とお袋の様子見てきてくれよ…」
瞳に光をなくしたトーマに言われ、プエルはそうするしかなかった。その墓を離れる時、後ろから鈍い音が聞こえた。
プエルがトーマの家に着くと、既に家は焼かれていた。人の手によって。恐る恐る跡地を見るも、人が焼かれたような形跡は見られなかった。素人目でそう判断したが、希望的観測が大きかった。しかしその希望は近くにいた者の言葉で打ち砕かれた。
「そこの家の家族だがね、中央広場で処刑されるようだ。まぁ、無理もない…あんなことを息子が引き起こしたんだからね」
プエルは青ざめるのを自覚して中央広場へと向かった。
いつもは市場で賑わう中央広場は、今は別の賑わいを見せていた。
広場の中心で手足を縛れ顔に袋を被せられて地面に突っ伏している三人。その側には大きな斧を手にした男が一人立っていた。
『殺せっ!!』
『かたきを討って、早くっ!!』
『悪魔を殺せっ!!』
熱狂。家族を殺された者、財産を失った者、それらすべての憎悪が彼らに向けられていた。その憎悪は、もはや血でしか精算できる状態ではなくなっていた。
「親父、お袋…ごめんよ…俺のせいで…」
「本当はお前が召喚したんじゃないんだろう? 分かっているさ。…それに、我が家系は竜と関係深い。こうなる事も先代でもあったかもしれない…受け入れよう。そうしないと村の人々はこれから生きていけないだろう。…母さんも、すまないね」
「いいえ。恨みなんてありません。…トーマ、お父さんもお母さんも、あなたを信じてるからね」
「…俺が…竜を呼びたいなんて思ったから…っ」
そしてついに、斧が振り下ろされんとした時、群衆の中から一人が前に出て制した。
「みんな聞いて。トーマは無実よ」
『あの子って…プエルちゃん?』
『成績優秀でよく表彰されてるわよね、それにあの子の家族は村にとって…』
『あの子の言うことは耳を貸さないわけにはいかんよな…』
斧を下ろした男はプエルに詰め寄った。
「プエルちゃん、どういう意味だい、今のは?」
「トーマがやったって証拠あんの? 誰か見たの? トーマが竜を呼んでるとこ、ねぇっ!?」
誰も何も言わない。誰も何も見ていないからだ。
『け、けど、トーマがやったって…』
「誰が言ったの? 名乗り出なさいよ、いるなら」
誰も名乗り出ない。ここには居ないからだ。
「誰かも分からないような人がトーマがやったって叫んだだけで信じて、それだけでトーマとその家族を殺すの? それって捕食行動を取っただけの竜より残虐じゃない?」
『し、しかし、トーマは普段から竜を呼びたいだとかほざいていたし…』
「そうね。現にトーマは村のはずれに竜を呼ぶ魔法陣を描いて、毎日毎日、竜召喚を試してた」
『ほ、ほらみろ、やっぱり…』
「けど一度たりとも成功しなかった。するわけない。あいつの成績じゃね。…さっき魔方陣を調べた。別の誰かの魔法の残滓を感じた。どういう意味か分かるわね?」
『どういう意味…、だよ…?』
「誰かがトーマが描いた魔方陣を利用して竜を呼んだ。こんなふうにトーマに罪を着せるためにね」
『なっ…そんなことが』
「魔法に精通してる人…誰でも良いけど、その魔法陣を調べて来てよ、それで明らかになるわ」
魔法学校の講師の一人が代表して、プエルの案内で例の魔法陣へと向かった。
しばらくしたあと二人は戻って来た。講師は非常にバツの悪そうな顔をしていた。
『ど、どうだったんだい、先生?』
『た、確かに魔法陣はあった。文様の筆跡からトーマが描いたものだった。…そ、そして、トーマとは別の…少なくとも生徒の誰でもない人間の魔力を感じた…それも強大な…』
群衆の熱狂は熱した時より緩やかに冷めていった。斧を持った男はその場に斧を落とし、トーマ家族の縄を解いた。顔は合わせない。
『わ、悪かった…』
『許してちょうだい…私たちも、家族を失って、それで…』
『じゃ、じゃあ誰がこんな…』
「良かった、トーマ」
「プエル…ありがとう、本当に…ありがとうな…」
「アタシは事実を言っただけ。裁かれるべきじゃない人が裁かれるなんてこと、あっていいわけない。それにしてもこの村ホント、クズばっかね~。真犯人含めて」
それから少ししたあと、トーマ達家族は村を離れることにした。村を出る日、見送りに来たのはプエルただ一人だった。
「寂しくなるけど、こんなとこいても良いことないわね。ま、元気でやりなよ。おばさんもおじさんもね」
「プエルちゃんには本当に命を救われたね…どうやって恩を返せばいいか…それに、一人残していくもの心配だ…」
プエルの家族は一年前に野盗に殺された。村を守るための行動だったため、彼女の家族は村にとって英雄扱いとなった事件だった。
「そうねぇ…もしおじさんとおばさんが良かったらさ、アタシも連れて行ってよ。アタシはトーマと違って器用だから穀潰しにはならないわよ?」
「そ、それは私たちは…なぁ?」
「大歓迎よ、プエルちゃん。でも良いの?」
「アタシもこんなとこ離れたいの。それに、遅かれ早かれ卒業したら出てくつもりだったし」
「ちょっと待てよ、俺の意見は?」
「アンタに断る権利あんの?」
こうしてトーマ家族はプエルを含めて新天地を目指した。向かうのはトーマの母の故郷、飛蜥蜴の里と呼ばれる土地だった。
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