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第2章:転校生と特訓と海
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人気のない古びた海浜公園には、余程の暇人でなければ寄り付かないだろう。今も、多少は暑さも緩和された夕方であるというのに、子供一人居やしない。
海側へと坂を下れば、そこはもう行き止まりだ。ただ、海を見回せる桟橋や休憩スペースがあるだけ。ここからは、西側にあるごつごつとした岩肌も見える。しかしながら、ただ緑がこびりついた高い岩が大量にあるだけで、何もないように錯覚するだろう。あの場に何かあると思っても、陸から行く術は皆無に等しい。
だが、俺達はここから入り江に行ける場所を知っている。入り江は此処よりも西側に行ったところにある。西へと伸びる小道を歩いて、五本目の木の横。大きな木の板が落ちている場所に、秘密の岩穴への道がある。
「この木の板をどかす時が一番ワクワクするんですよねー!」
「……まぁ、分かる気はする」
初めて見つけた時は、秘密基地を立てて遊んだ時のような興奮が冷めなかった。
板を退ければ、小さな通路が顔を出す。誰が何のために用意したものかは分からない。それこそ、子供が秘密基地を作る感覚で、ただ掘っただけの穴かもしれない。
夜凪は躊躇なくそこへ下り、身を屈めて穴の先へと進む。俺も下へと下りて、板を元の位置に戻す。かなり屈まないと通れない狭い通路を進めば、再び同じように開いた穴があり、そこから上へと上がれば、巨大な岩壁が待ち構えている。
「いつも思いますけど、背の高い柵の向こう側に来てるって、ちょっと背徳感があっていいですよね」
「そうか?よくあることだから分かんね」
「さすが不良ですね」
「不良じゃねーよ。ただちょっと校則破ってるだけだ」
「それを俗に不良と言うんですよ!」
「あーはいはい。てかお前、自分で荷物持てよ」
「あれ、持ってきてくれたんですか?」
いい加減重いと夜凪のサブバッグを押し付ければ、驚いたように目を丸くされた。女子の鞄には、化粧道具やその他諸々高そうな物が入っていそうだ。俺のチャリはいいにしろ、さすがに貴重品が入っていそうな鞄を放置するわけにはいかない。
「盗まれたらどうすんだよ」
「……辰樹くんって、そういうところしっかりしてますよね」
感心したように、夜凪は鞄を背負った。
夜凪は湿った草道を歩き、岩壁に近づいていく。一見、鉄壁の守りを司っているような岩壁だが、よくよく見ると小さな穴が空いている。ちょうど、人が一人通れそうなくらいの小さな隙間だ。
ここまで来ると、もう波の音がしっかりと聞こえてくる。ただ海辺で聞くような心地よい波の音ではなく、重みのある響きだ。
先程と同じように身を屈めて、岩壁を抜ける。そしてようやく、目的の入り江に辿り着いた。
「ゴール!」と、夜凪が万歳をしながら思い切り叫んだ。
「ご機嫌だな」
「いやー、ここに来るまでの冒険感が堪らないんですよ!今日も任務達成です!」
半分ほど岩陰に顔を隠した夕陽が、夜凪の笑顔を背後から照らした。橙色を背に背負って笑う夜凪は、とても自殺願望のある女子高生になど見えなかった。
「なんだか、昨日と同じなのに少し違う光景に見えますよね」
「砂浜から見てるからじゃねぇの?」
「あぁ、確かに!」
波打ち際にふらりと歩いていく夜凪に言えば、納得したように振り返った。
「昨日は、俺もお前も海に浸かってたからな」
「そうでしたねー」
「そういや、お前いつの間に来たんだよ。俺が来た時には誰もいなかったし、後をついてきてる気配もなかったけど」
波打ち際でしゃがみこみ、手先でちゃぷちゃぷと波と戯れる彼女に問いかけてみる。密かな疑問だった。俺は誰も居ないことを確認して海へと入ったはずなのに、気が付いたら隣に居たのだから。
「たぶん辰樹くんが来るより先にここに居ましたよ。隠れてたんです」
「隠れてた……?」
俺は眉を顰めた。
この入り江に、隠れる場所などない。岩に囲まれた小さな空間だし、特別大きな物が落ちているということもない。
「まぁそれは嘘ですけど」
「嘘なのかよ」
「でも、先に居たのは本当ですよ。辰樹くんが気が付いてくれなかっただけです」
白波に目を向けたまま、夜凪が答えた。
確かに、昨日の俺は上の空だった。死にたいという思いに駆られて勝手に動き回っていたから、周囲に目が向かなかった可能性もある。
だが、誰かに見られてはいけないと、周辺の確認だけは自分の意志できっちり行ったはずだ。それなのに、海に居る彼女に気が付かなかった。
「……俺が海に入っていくとこ、見てたのか?」
「どうでしょうね~」
「……答えろ」
「おっと、怖い顔しないでくださいよ」
はぐらかした顔で振り返った彼女に、つい威圧的に言ってしまった。夜凪はケラケラと笑いながら立ち上がった。
「まぁ、見てたってことにしといてください。辰樹くんの姿が見えたので、驚かせようと思って近づいたんですよね」
鞄を背負いなおして、夜凪はにこりと薄笑いを浮かべた。
「何で、んなことしようと?」
「面白そうだからに決まってるじゃないですか!」
「……は?」
当然だと言わんばかりに、夜凪は無邪気に笑った。
「ぼんやりしてる顔立ちのいい男子高校生を驚かせたら、どんなリアクションするのか気になるでしょう?興味本位です!」
口元をヒクつかせて、俺は頭を抱えた。予想の斜め上すぎる。今の雰囲気的に、もっと実のある答えが聞けると思っていたのに。
「何ですか、その見当違いだ!っていうような表情!」
「もっとマシな答えが聞けると思ったんだよ」
「残念ですね!これが私の答えなんですよ~」
へへん、と腰に手を当てて自慢げに笑う。
さっきの真面目な雰囲気はどこへやら。夜凪は知らないメロディを鼻歌で奏でながら、波打ち際で遊んでいる。
俺は、その姿を見つめながら昨日のことを思い出していた。
やはり、違和感は拭えない。驚かせるためならば、海に入る前でも十分にできたはずだ。だから、少なからず夜凪にも海に入る理由はあったはず。もちろん、死にたいからだろうが、まだ何か別の理由が……。
それは考えたところで分からない。だが、俺には一つ気にかかる部分がある。
あの時、夜凪は俺の存在に気が付いて一瞬驚いたような表情をしたのだ。俺と同じように、何で相手がここに居るのかと疑問に思ったような顔。状況に驚いているように見えた。
もしあれが嘘の表情でないならば、夜凪の発言と矛盾してくる。元々待機していたのなら、あのような顔はしないはずだ。
海側へと坂を下れば、そこはもう行き止まりだ。ただ、海を見回せる桟橋や休憩スペースがあるだけ。ここからは、西側にあるごつごつとした岩肌も見える。しかしながら、ただ緑がこびりついた高い岩が大量にあるだけで、何もないように錯覚するだろう。あの場に何かあると思っても、陸から行く術は皆無に等しい。
だが、俺達はここから入り江に行ける場所を知っている。入り江は此処よりも西側に行ったところにある。西へと伸びる小道を歩いて、五本目の木の横。大きな木の板が落ちている場所に、秘密の岩穴への道がある。
「この木の板をどかす時が一番ワクワクするんですよねー!」
「……まぁ、分かる気はする」
初めて見つけた時は、秘密基地を立てて遊んだ時のような興奮が冷めなかった。
板を退ければ、小さな通路が顔を出す。誰が何のために用意したものかは分からない。それこそ、子供が秘密基地を作る感覚で、ただ掘っただけの穴かもしれない。
夜凪は躊躇なくそこへ下り、身を屈めて穴の先へと進む。俺も下へと下りて、板を元の位置に戻す。かなり屈まないと通れない狭い通路を進めば、再び同じように開いた穴があり、そこから上へと上がれば、巨大な岩壁が待ち構えている。
「いつも思いますけど、背の高い柵の向こう側に来てるって、ちょっと背徳感があっていいですよね」
「そうか?よくあることだから分かんね」
「さすが不良ですね」
「不良じゃねーよ。ただちょっと校則破ってるだけだ」
「それを俗に不良と言うんですよ!」
「あーはいはい。てかお前、自分で荷物持てよ」
「あれ、持ってきてくれたんですか?」
いい加減重いと夜凪のサブバッグを押し付ければ、驚いたように目を丸くされた。女子の鞄には、化粧道具やその他諸々高そうな物が入っていそうだ。俺のチャリはいいにしろ、さすがに貴重品が入っていそうな鞄を放置するわけにはいかない。
「盗まれたらどうすんだよ」
「……辰樹くんって、そういうところしっかりしてますよね」
感心したように、夜凪は鞄を背負った。
夜凪は湿った草道を歩き、岩壁に近づいていく。一見、鉄壁の守りを司っているような岩壁だが、よくよく見ると小さな穴が空いている。ちょうど、人が一人通れそうなくらいの小さな隙間だ。
ここまで来ると、もう波の音がしっかりと聞こえてくる。ただ海辺で聞くような心地よい波の音ではなく、重みのある響きだ。
先程と同じように身を屈めて、岩壁を抜ける。そしてようやく、目的の入り江に辿り着いた。
「ゴール!」と、夜凪が万歳をしながら思い切り叫んだ。
「ご機嫌だな」
「いやー、ここに来るまでの冒険感が堪らないんですよ!今日も任務達成です!」
半分ほど岩陰に顔を隠した夕陽が、夜凪の笑顔を背後から照らした。橙色を背に背負って笑う夜凪は、とても自殺願望のある女子高生になど見えなかった。
「なんだか、昨日と同じなのに少し違う光景に見えますよね」
「砂浜から見てるからじゃねぇの?」
「あぁ、確かに!」
波打ち際にふらりと歩いていく夜凪に言えば、納得したように振り返った。
「昨日は、俺もお前も海に浸かってたからな」
「そうでしたねー」
「そういや、お前いつの間に来たんだよ。俺が来た時には誰もいなかったし、後をついてきてる気配もなかったけど」
波打ち際でしゃがみこみ、手先でちゃぷちゃぷと波と戯れる彼女に問いかけてみる。密かな疑問だった。俺は誰も居ないことを確認して海へと入ったはずなのに、気が付いたら隣に居たのだから。
「たぶん辰樹くんが来るより先にここに居ましたよ。隠れてたんです」
「隠れてた……?」
俺は眉を顰めた。
この入り江に、隠れる場所などない。岩に囲まれた小さな空間だし、特別大きな物が落ちているということもない。
「まぁそれは嘘ですけど」
「嘘なのかよ」
「でも、先に居たのは本当ですよ。辰樹くんが気が付いてくれなかっただけです」
白波に目を向けたまま、夜凪が答えた。
確かに、昨日の俺は上の空だった。死にたいという思いに駆られて勝手に動き回っていたから、周囲に目が向かなかった可能性もある。
だが、誰かに見られてはいけないと、周辺の確認だけは自分の意志できっちり行ったはずだ。それなのに、海に居る彼女に気が付かなかった。
「……俺が海に入っていくとこ、見てたのか?」
「どうでしょうね~」
「……答えろ」
「おっと、怖い顔しないでくださいよ」
はぐらかした顔で振り返った彼女に、つい威圧的に言ってしまった。夜凪はケラケラと笑いながら立ち上がった。
「まぁ、見てたってことにしといてください。辰樹くんの姿が見えたので、驚かせようと思って近づいたんですよね」
鞄を背負いなおして、夜凪はにこりと薄笑いを浮かべた。
「何で、んなことしようと?」
「面白そうだからに決まってるじゃないですか!」
「……は?」
当然だと言わんばかりに、夜凪は無邪気に笑った。
「ぼんやりしてる顔立ちのいい男子高校生を驚かせたら、どんなリアクションするのか気になるでしょう?興味本位です!」
口元をヒクつかせて、俺は頭を抱えた。予想の斜め上すぎる。今の雰囲気的に、もっと実のある答えが聞けると思っていたのに。
「何ですか、その見当違いだ!っていうような表情!」
「もっとマシな答えが聞けると思ったんだよ」
「残念ですね!これが私の答えなんですよ~」
へへん、と腰に手を当てて自慢げに笑う。
さっきの真面目な雰囲気はどこへやら。夜凪は知らないメロディを鼻歌で奏でながら、波打ち際で遊んでいる。
俺は、その姿を見つめながら昨日のことを思い出していた。
やはり、違和感は拭えない。驚かせるためならば、海に入る前でも十分にできたはずだ。だから、少なからず夜凪にも海に入る理由はあったはず。もちろん、死にたいからだろうが、まだ何か別の理由が……。
それは考えたところで分からない。だが、俺には一つ気にかかる部分がある。
あの時、夜凪は俺の存在に気が付いて一瞬驚いたような表情をしたのだ。俺と同じように、何で相手がここに居るのかと疑問に思ったような顔。状況に驚いているように見えた。
もしあれが嘘の表情でないならば、夜凪の発言と矛盾してくる。元々待機していたのなら、あのような顔はしないはずだ。
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