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第3章:疑惑と夢
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どうしてこうなった。
戦況を見て、俺は苦い顔をした。
こちら側のコートには、残り三人。奇数チームである向こう側は、残り五人。俺のほかに残っているのは、女子だけ。しかも逃げ回っていたら生き残ってしまったタイプの、控えめ女子だ。
かくいう俺も、彼女らと似た類だ。タイミングを見計らって外野に回る予定だったにも関わらず、運よく生き残ってしまった。フライングディスクなだけに軌道が読めず、上手い具合に当たることもできなかった。
「良太くん、チャンスですよ!辰樹くんを狙いましょう!」
「おうよ!厄介なのはアイツだけだかんな!」
ディスクを片手に、鹿島がニヤニヤとこちらを見つめている。その後ろでは、夜凪が指揮を飛ばしていた。
……あいつら、二人とも生き残ってんのかよ。
てっきり、夜凪はとっくに外野に居るものだと思っていた。小柄な体を活かして立ちまわっていたのだろう。やたら目立つ見た目と性格なくせに、よくここまで残ったもんだ。
「ど、どうしよ朝原くん……」
「どうしようって言ったってなぁ、俺は別に負けても構わねぇから」
残された二人のうち、永山が一歩後ずさる。俺は早く終わらせて休みたいし、ここで素直に鹿島に倒されるのが正解ではないだろうか。鹿島に負けるのは癪だが、体力を消耗するのは面倒くさい。夜凪から本気でやれという視線が飛んできている気がするが、あえてスルーしておく。
「でも、負けたチームはグラウンド三周って……」
もう一人の女子――山田が眉を下げて言った。
「は?んなこと言ってたか?」
「朝原くん、聞いてなかったの?始まる前に先生が言ってた」
マジかよ、と永山に聞き返せば頷かれる。完全に聞き逃していた。さては加藤のやつ、女子にだけその条件を教えていたな?
いや、真実は分からない。
とにかく、この真夏日にグラウンド三周は死ぬほど面倒くさい。ドッジビーが長引くよりも嫌だ。
「……しゃーねぇなぁ」
俺は腕をぐるりと回し、前へと躍り出た。
「お!やっとお喋りは終わりか!いくぜたっつー!」
「おー」
意気揚々とディスクを投げる構えをした鹿島に、やる気のない返事を返す。鹿島の投げ方は、もはやフライングディスクの投げ方ではない。それは相手が男子である俺だからだろう。縦に叩きつけるようなフォームだ。
さすがにあれを受け止めるのはリスクが高すぎる。鹿島が投げたタイミングで背後に飛ぶ。砂を舞い上がらせながら跳ねたディスクは、吸い寄せられたかのように俺の手に収まった。
「おら、早く退場しとけ鹿島!」
「ぎゃー⁉」
水平に勢いよく飛ぶディスクは、鹿島に直撃し、そのまま近くに居た前橋を巻き込んで地面に落ちた。ケラケラと笑いながら鹿島を揶揄っていた前橋は、まさか自分まで当たるとは思っていなかったのか、目を丸くして外野へと向かっていった。
「ナイス朝原―!」
「いけ!サボり魔―!」
自陣の外野からは、そんな声が飛んできた。サボり魔は余計だこの野郎。
ディスクは外野に回り、外野がまた一人撃破する。これで残るは、夜凪ともう一人。二人とも女子だし、なんともやりずらい空気になった。
「ふふふ、辰樹くん!いい勝負になってきましたね!」
ディスクを手に取った夜凪が、悪役みたいな笑みを浮かべながら一歩一歩と近づいてくる。線のギリギリまで近づいて投げるつもりだろう。
「負ければグラウンド三周ですって!」
「そーだな。だから嫌々ここまで残ったんだ」
「へぇー……真面目に参加してくれてたんですね。ここまで残ったら最後まで頑張ってほしいですけど、負けるのは嫌なので勝たせていただきます!」
ビシッと指を指して、夜凪が高らかに声をあげた。すっかり彼女は奇数チームの中心人物となっていたらしく、「やれ夜凪―!」だの「琉依ちゃん、朝原ぶっ飛ばして!」だの、士気が高まったクラスメイトの声が響き渡った。
「これは無理かも……」なんて、永山と山田が諦めの声を上げ始める。なんとまあ、味方がどこにもいない気分だ。四面楚歌っていうのが、たぶんこういう状況なのだろう。
そうやって俺がぼんやり考えていると、夜凪がディスクを投げた。慌てて回避しようとしたが、その必要はなかった。ディスクは綺麗に回転すると、俺の頭上を通り過ぎていく。
あれは、外野へのパスだ。
「サンキュー琉依ちゃん!」と、鹿島がご機嫌な様子でそれを受け取った。そして、目の前にいた永山に向かって、そっとディスクを当てた。
残り二人。
夜凪を見ると、ふふんと鼻を鳴らして小馬鹿にするかのように俺を見ていた。
……むかつくな。
久しぶりの体育で、しかも転校生にドッジビーで負けてグラウンドを走る羽目になるなんて。そんなの、死んでも御免だ。
動くのも面倒だが、ここで負けるのは納得がいかない。やる気がなかったはずなのに、俺の胸の奥ではいつしか闘志が燃え盛っていた。
「……朝原くん」
「それ、貸せよ」
「う、うん……!」
永山に当たって地面に落ちたディスクは、山田の手にあった。どうしようか戸惑っていた山田にそう言えば、おずおずとディスクを渡してくれる。
「やる気満々ですねぇ、辰樹くん!」と夜凪が身構えた。まだ残っているもう一人も、警戒している。
「あたりめーだ。グラウンド三周だけは勘弁だからな」
俺は外野に視線を送る。いち早く気づいた長谷が、仕方ないといった面持ちで手を上げた。
「長谷ー!」
「マジかぁ」
怠そうな長谷の声が聞こえた気がした。言葉とは裏腹に、彼はそれをジャンプして受け取ると、そのままコートにディスクを投げ込んだ。その瞬間に、偶数チームからは歓声が上がる。奇数チームからは悔しげな声が聞こえ、それはすぐさま最後の一人である夜凪を応援するものへと変化した。
「辰樹!」と、コート外に転がったディスクを拾った長谷が、正確なコントロールで飛ばしてくる。
「よしきた」
俺はそれをキャッチし、視界に夜凪を捉える。俺達のやり取りが円滑すぎて、彼女は反応に遅れていた。
遊びは全力でやるもんだ。
俺は最後の一人である夜凪に向けて、ディスクがどこか変なところへと飛ばないように、少し強めに飛ばした。
ピピーッ!
甲高いホイッスルの音が、昼前のグラウンドにこだました。
「あちゃー、やりますねぇ辰樹くん」
夜凪のその台詞を最後に、異様に盛り上がった試合は幕を下ろした。
どうしてこうなった。
戦況を見て、俺は苦い顔をした。
こちら側のコートには、残り三人。奇数チームである向こう側は、残り五人。俺のほかに残っているのは、女子だけ。しかも逃げ回っていたら生き残ってしまったタイプの、控えめ女子だ。
かくいう俺も、彼女らと似た類だ。タイミングを見計らって外野に回る予定だったにも関わらず、運よく生き残ってしまった。フライングディスクなだけに軌道が読めず、上手い具合に当たることもできなかった。
「良太くん、チャンスですよ!辰樹くんを狙いましょう!」
「おうよ!厄介なのはアイツだけだかんな!」
ディスクを片手に、鹿島がニヤニヤとこちらを見つめている。その後ろでは、夜凪が指揮を飛ばしていた。
……あいつら、二人とも生き残ってんのかよ。
てっきり、夜凪はとっくに外野に居るものだと思っていた。小柄な体を活かして立ちまわっていたのだろう。やたら目立つ見た目と性格なくせに、よくここまで残ったもんだ。
「ど、どうしよ朝原くん……」
「どうしようって言ったってなぁ、俺は別に負けても構わねぇから」
残された二人のうち、永山が一歩後ずさる。俺は早く終わらせて休みたいし、ここで素直に鹿島に倒されるのが正解ではないだろうか。鹿島に負けるのは癪だが、体力を消耗するのは面倒くさい。夜凪から本気でやれという視線が飛んできている気がするが、あえてスルーしておく。
「でも、負けたチームはグラウンド三周って……」
もう一人の女子――山田が眉を下げて言った。
「は?んなこと言ってたか?」
「朝原くん、聞いてなかったの?始まる前に先生が言ってた」
マジかよ、と永山に聞き返せば頷かれる。完全に聞き逃していた。さては加藤のやつ、女子にだけその条件を教えていたな?
いや、真実は分からない。
とにかく、この真夏日にグラウンド三周は死ぬほど面倒くさい。ドッジビーが長引くよりも嫌だ。
「……しゃーねぇなぁ」
俺は腕をぐるりと回し、前へと躍り出た。
「お!やっとお喋りは終わりか!いくぜたっつー!」
「おー」
意気揚々とディスクを投げる構えをした鹿島に、やる気のない返事を返す。鹿島の投げ方は、もはやフライングディスクの投げ方ではない。それは相手が男子である俺だからだろう。縦に叩きつけるようなフォームだ。
さすがにあれを受け止めるのはリスクが高すぎる。鹿島が投げたタイミングで背後に飛ぶ。砂を舞い上がらせながら跳ねたディスクは、吸い寄せられたかのように俺の手に収まった。
「おら、早く退場しとけ鹿島!」
「ぎゃー⁉」
水平に勢いよく飛ぶディスクは、鹿島に直撃し、そのまま近くに居た前橋を巻き込んで地面に落ちた。ケラケラと笑いながら鹿島を揶揄っていた前橋は、まさか自分まで当たるとは思っていなかったのか、目を丸くして外野へと向かっていった。
「ナイス朝原―!」
「いけ!サボり魔―!」
自陣の外野からは、そんな声が飛んできた。サボり魔は余計だこの野郎。
ディスクは外野に回り、外野がまた一人撃破する。これで残るは、夜凪ともう一人。二人とも女子だし、なんともやりずらい空気になった。
「ふふふ、辰樹くん!いい勝負になってきましたね!」
ディスクを手に取った夜凪が、悪役みたいな笑みを浮かべながら一歩一歩と近づいてくる。線のギリギリまで近づいて投げるつもりだろう。
「負ければグラウンド三周ですって!」
「そーだな。だから嫌々ここまで残ったんだ」
「へぇー……真面目に参加してくれてたんですね。ここまで残ったら最後まで頑張ってほしいですけど、負けるのは嫌なので勝たせていただきます!」
ビシッと指を指して、夜凪が高らかに声をあげた。すっかり彼女は奇数チームの中心人物となっていたらしく、「やれ夜凪―!」だの「琉依ちゃん、朝原ぶっ飛ばして!」だの、士気が高まったクラスメイトの声が響き渡った。
「これは無理かも……」なんて、永山と山田が諦めの声を上げ始める。なんとまあ、味方がどこにもいない気分だ。四面楚歌っていうのが、たぶんこういう状況なのだろう。
そうやって俺がぼんやり考えていると、夜凪がディスクを投げた。慌てて回避しようとしたが、その必要はなかった。ディスクは綺麗に回転すると、俺の頭上を通り過ぎていく。
あれは、外野へのパスだ。
「サンキュー琉依ちゃん!」と、鹿島がご機嫌な様子でそれを受け取った。そして、目の前にいた永山に向かって、そっとディスクを当てた。
残り二人。
夜凪を見ると、ふふんと鼻を鳴らして小馬鹿にするかのように俺を見ていた。
……むかつくな。
久しぶりの体育で、しかも転校生にドッジビーで負けてグラウンドを走る羽目になるなんて。そんなの、死んでも御免だ。
動くのも面倒だが、ここで負けるのは納得がいかない。やる気がなかったはずなのに、俺の胸の奥ではいつしか闘志が燃え盛っていた。
「……朝原くん」
「それ、貸せよ」
「う、うん……!」
永山に当たって地面に落ちたディスクは、山田の手にあった。どうしようか戸惑っていた山田にそう言えば、おずおずとディスクを渡してくれる。
「やる気満々ですねぇ、辰樹くん!」と夜凪が身構えた。まだ残っているもう一人も、警戒している。
「あたりめーだ。グラウンド三周だけは勘弁だからな」
俺は外野に視線を送る。いち早く気づいた長谷が、仕方ないといった面持ちで手を上げた。
「長谷ー!」
「マジかぁ」
怠そうな長谷の声が聞こえた気がした。言葉とは裏腹に、彼はそれをジャンプして受け取ると、そのままコートにディスクを投げ込んだ。その瞬間に、偶数チームからは歓声が上がる。奇数チームからは悔しげな声が聞こえ、それはすぐさま最後の一人である夜凪を応援するものへと変化した。
「辰樹!」と、コート外に転がったディスクを拾った長谷が、正確なコントロールで飛ばしてくる。
「よしきた」
俺はそれをキャッチし、視界に夜凪を捉える。俺達のやり取りが円滑すぎて、彼女は反応に遅れていた。
遊びは全力でやるもんだ。
俺は最後の一人である夜凪に向けて、ディスクがどこか変なところへと飛ばないように、少し強めに飛ばした。
ピピーッ!
甲高いホイッスルの音が、昼前のグラウンドにこだました。
「あちゃー、やりますねぇ辰樹くん」
夜凪のその台詞を最後に、異様に盛り上がった試合は幕を下ろした。
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