青空の彼方にて

鈴原りんと

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第ニ章:暴け真実、取り戻せ記憶

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 小鳥の囀りで目が覚めた。チュンチュンと無邪気なそれに意識が浮上していく。瞼を震わせてゆるりと目を開けば、目が眩みそうなくらいの白さが視界に飛び込んできた。
 体には冷たい感触。頭には、鈍い痛み。
 俺は床に倒れているみたいだった。ぼんやりとした意識を無理やり覚醒させ、起き上がる。

 あの夢は、一体なんだ。
 俺と知らない少女が病院で会話をしている夢だった。あの少女の顔は、靄がかかったみたいによく見えなかった。そのうえ、名前もノイズがかかって聞き取れなかった。
 俺は床に転がっていた潰れた折り鶴を見つめた。水色の色紙で折られたその鶴は、夢に出てきたものと全く同じだった。この折り鶴は、俺が折ったものらしい。夢に出てきたものが現実にあることに奇妙な感覚を覚えるが、あれが夢ではなく過去の記憶だとしたらどうだろう。
 脳裏には、あの黒い封筒の中にあった便箋に書かれていた文字が想起された。

 君にとって一番大切な記憶を取り戻せ。
 この夢が、俺の大切な記憶に関わっている……?

 そんな予感がした。
 そう感じた途端に、寝ぼけていた頭が急速に覚醒していく。
 夢に出てきたあの少女が、俺にとって大切な存在なのだろうか。毎日見舞いに行っていたらしいし、かなりの仲だったのかもしれない。俺にそのような関係にある少女がいた記憶はないが、失った記憶が彼女に関することならば分からない。あずのように、存在も思い出も綺麗さっぱり忘れてしまったのだろうか。
 それに、夢には気がかりな点があった。空が、青空ではなかったのだ。生まれてこの方、夕暮れというものを見た事がない。それなのに、あの橙色の空が夕方の空だと認知できた。
 何故だろう。
 考えても答えは浮かんでこなかった。
 疑問点がまた増えてしまった。
 俺が見た夢に、生徒会室の隠された部屋。夕凪への疑心を晴らすために忍び込んだが、ただ謎が増えただけで混乱するばかりだ。あの鶴もどこから手に入れたものか分からないし、意図的に置かれていたのかもわからない。

 駄目だ。意識を取り戻したばかりで頭が働かないんだ。
 俺は頭を左右に振って、思考を吹き飛ばした。
 今日は帰ってもう寝ようと歩き出せば、ふらついてベッド脇の棚に手をついた。
 その時に、いつの間にかそこに置かれていた袋から何かが零れ落ちた。こんな袋、意識を失う前にあっただろうか。
 その袋は、夢で俺が持っていた少女漫画を入れた袋に似ていた。中身も少女漫画なのだろうか、と考えるよりも早く中身が顔を出していた。
 それは、一枚のファイルだった。何のファイルなのかは明記されていないうえに、中身が見えないタイプで、取り出さないと中身が分からないらしい。
 これだけ見て帰ろう。
 俺は躊躇なくそのファイルから紙を取り出した。
 紙はたった一枚だけだった。
 裏返しに入っていて、表には何かが書かれている。俺はその紙をひっくり返し、そこに書いてあったものを見た。

「…………は?」

 それを見て目を見開いた。
 卒業生のプロフィールが記載されたあの冊子とよく似ていた。
 そこには、見知った顔があった。
 何よりも見慣れた名前の横に貼られた顔写真は、毎朝鏡で見る顔だった。いつ撮ったのか分からない、中学時代の写真だった。

 プロフィールの名前に書かれた名前は、『西条繋』。他でもない俺の名前だった。
 だが、俺が驚いたのは自分のデータがあったからじゃない。紙の隅に貼られた四角いメモに書かれた文字が、あまりに衝撃的で現実味がないからだった。

 嘘だ。
 そんなはずないだろう。
 こんなの、質の悪い悪戯だ。
 紙を持つ手が小刻みに震える。腹の底から冷えていくのを感じた。背筋に伝うのは、冷たい汗。
 誰だってこうなるに決まっている。だって、こんなの信じられるはずがない。
 悪戯でも、これには誰しもが一瞬恐怖を覚えるだろう。
 眩暈がした。
 欠落した記憶が、今全て取り戻されたような気さえした。

『二〇**年、十二月二日、午後四時四十五分。交通事故による失血で死亡』

 その文字が、俺を見つめて嘲笑っていた。
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