10 / 80
承諾の言質と朝一の非難 1
しおりを挟む「……分かった。半年だぞ」
そしてついにバウデンが折れた。
とてとてと元の場所に戻ってきたスーランは両手を上げて待っていたキリウとハイタッチをして勝利を祝う。それを見たバウデンから睨まれたが、そんな感情的な表情を見たことがなかったスーランは何だか嬉しくなりにこりと笑うと何故か目を見開かれた。
「おお。バウデン承諾してくれるのか、ありがとう!国が救われた!」
「英断です」
友人二人からの大袈裟な励ましも今のバウデンにとっては癪に障るだけのようだ。
「総帥、承諾してくれてありがとうございます。…あ、すみません、今すぐ二通の届を持ってきてください。こういう人は時間を与えると頭使って足掻こうとしてくるんで」
お礼を言ったその口で近衛兵に届け出を持ってこさせようとするスーランの癪に障る発言にも、バウデンは何を言うでもなく諦めの境地に入っていた。
それから半刻後、スーランは自分とバウデンが署名した婚姻届と離縁届をガブリアルノに渡した。
「ではこちらを。婚姻届の方はすぐに提出でお願いします」
「うん、わかった。ギュスター」
ギュスターは婚姻届をガブリアルノから受け取り、その場から離れた。
「総帥。限定婚姻中はバウデンさんと呼んでも良いですか?外では総帥のままで」
「勝手にしろ」
放心手前のバウデンは好きにしてくれという風に手を降った。
「ありがとうございます。お家は何時から行っても良いですか?」
次々に話を詰めてくる饒舌なスーランにバウデンはもうヤケになりつつあるのか、「好きにしろ。家令には言っておく」と答え「僕からも言っておきます。明日からでも良いですよ!」と一時的に義理息子になったキリウからも言われた。
とはいえ急なことではあるので、一日開けて明後日からお邪魔することにした。
決まるとバウデンが早々に去って行こうとしたので、スーランが「あ、総帥。初日の夜はちゃんといてくださいよ。だいぶ魔力も性欲も足りてないんで」と念を押すと、肩が下まで落ちてしまうのではないかという程に溜息を吐かれ出て行った。その仕草も新鮮でスーランは今後の婚姻生活が楽しみになる。
「本当にバウデンを言い負かすとはなぁ…」
「はい。無事捕獲できて良かったです。この後良く眠れそう」
「ぷふっ」
「キリウの援護射撃も助かったよ」
「いえ、何だか面白そうだったのでつい」
「義理母にはなれないけど、研究成果はしっかり教えるね」
「それ本当に嬉しいです」
「うん。半年間よろしく」
半年間の言葉にガブリアルノから物憂げな眼差しを感じたが、スーランは気づかない振りをした。
その日の夜は睡魔と色々満足した気持ちでぐっすりと眠れた。
翌日スーランが欠伸をしながらのんびり出勤する。
魔術隊は騎士隊、特殊部隊と共に王宮のすぐ近くに併設されている。魔術隊施設の大きな門を潜ると、そこから三方向にそれぞれの部門ごとの施設に分かれているのだ。
スーランが治療魔術専門の施設前に向かっていると、玄関付近に治療魔術師とは異なる紺色のローブを羽織った男性が立っていた。
紺色のローブということは攻撃魔術部門の魔術師だ。そのまま歩いていくと相手がスーランに気づき向かってくる。
(んーどっかで…――――あ、総帥の)
スーランの目の前で止まった攻撃魔術師は長い茶色の髪を後ろで縛っており、何とも険しい表情でスーランを見下ろすので首を傾げる。
「?」
「総帥から聞いた。事実か?」
「事実とは」
「婚姻だ!」
急に大きな声を出されて、スーランは思わず耳を塞いだ。
「朝から大声は勘弁してくださいよ」
「事実かと聞いている!」
耳を塞いで丁度良いくらいの声音だが、怒鳴る声は好きではない。ふと昨日バウデンが最後の方に怒鳴っていた時は全然平気だったなと思い出す。
「答えろ!」
「誰ですか」
「何?」
「話したことがない、名前も知らない人からの突然の質問に答える必要とは」
すると、魔術師は余計に顔を険しくさせた。
「お前も知っているだろう!総帥の部下だ」
「それは知ってます。貴方は名前も知らない、話したこともない人から開口一番こんな風に怒鳴られて普通に返すんですか」
朝から本当に勘弁して欲しい。スーランは朝がとても弱いのだ。
いつも寮長か寮で働く人にスーランは起こしてもらっていて、自分でちゃんと起きられたことはほぼない。ここに来る時も半分まだ眠っているような状態なのだ。
そこで魔術師は流石に感情的になっていたと気づいたらしく、一つ深呼吸したのでスーランも耳から手を外した。
「…失礼した。私はテゼル。攻撃魔術一部隊隊長だ」
「スーランです」
「貴女が総帥と婚姻したという話は本当か?」
「ああ、はい。本当です」
スーランの回答にテゼルはわかってはいたがショックを受けたような顔をした。
「なんてことだ…」
「褒賞として半年間だけですけど」
「それも聞いている。こんなことが許されるなんて…」
「国王陛下の目の前で決まりました」
何故テゼルの許しが必要なのかと不思議ではあったが、眠気に怒鳴り声で既に面倒になり始めていたスーランは「まあ好きに言ってください」と彼の横を通ろうとすると、小さい声で呟かれた。
「…テレサを大事にしていたんだ」
「テレサ?」
「総帥の死別した伴侶。私の妹だ」
話は聞いていたが総帥の死別した伴侶の名前は初めて聞く。ということはテレサはキリウの母親で、テゼルはキリウの伯父ということだ。
「はい。名前は今初めて知りましたが繁縁で婚姻されたことは存じてます。貴方が兄だということは知りませんでしたけど」
「…総帥はテレサを想ってくれている」
「そうですか」
「未だに恋人が居なかったり婚姻しなかったのもきっと…」
「…?」
「…貴女は何も思わないのか?」
「特に何も」
テゼルの顔が怒りに染まる。
「褒賞を出汁にして総帥を手籠めにするなんて…卑怯な女だ!」
卑怯と言われればそうだとしか言えない。確かに褒賞というカードを出したことは一つのきっかけにはなっているのだから。
だからといってそれを他人、幾らバウデンの伴侶だったテレサの兄から言われても困る。最終的に了承したのはバウデンだ。
195
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる