11 / 81
承諾の言質と朝一の非難 2
しおりを挟む「ですから好きに言ってください。もう仕事なんで失礼します」
「っ、まだ話は―――――」
「…スーラン、今日もギリギリ…テゼル…?何故ここに?」
「…っ、ホーイェン」
そこにすらりとした長身の深緑色のローブを纏った治療魔術長、梟族の伯爵家ホーイェン・アウレンドロが現れた。
薄い灰色の癖っ毛な髪はいつも手櫛で適当に整えているが、落ちてくる長めの前髪が鮮やかな赤橙色の瞳を隠してしまうので折角の整った顔が台無しな魔術長である。研究集中体質でだらしなさとずぼらさはスーランと良い勝負だ。
「ホーイェンさん、いつもですが良く前が見えますね」
「スーラン…遅刻手前」
「はいはい。入りまーす」
スーランが今度こそテゼルを横切って中へ入ろうと進んでいくと、後ろから大きな声が届いた。
「私は認めない!」
テゼルが認める認めないもどうでも良いのにと思いながらスーランは首を傾げ中に入っていく。その後ろから歩いてきたホーイェンがぼそりと尋ねてきた。
「総帥との…ことか」
「あれ、珍しく耳が早いですね」
「…殆ど、皆、…知っている」
「へえ」
ホーイェンは治療魔術の長ではあるがあまり話すことが好きではない。いつも途切れ途切れでぼそぼそと話すのだが長となるくらい治療魔術師としては一流である。
スーランと似ててあまり周りに関心がなく珍しいと思ったが、恐らく面白がっていたキリウあたりが発信源だろう、スーランは再度欠伸しながら施設内に入っていった。
「スーランさん、おはようございます」
「おはよー」
スーランが研究室に入ると、キリウが近づいてきた。
「何だか凄いことになってますね」
「キリウ発信じゃないの?」
「ふふ、僕です。明日が楽しみで皆に話してしまいました」
「ふうん」
スーランは研究する自分の席に座り、欠伸を噛み殺しながらのそのそと準備を始める。
「キリウ…テゼルが、来ていた」
「え」
「スーランに、絡んでいた」
ホーイェンから事の次第を聞いたキリウは申し訳なさそうに眉を下げた。
「うわぁ…スーランさんすみません伯父がご迷惑を…」
「平気。大きい声だけは勘弁だけど」
「…えー…そんな大声出さない人なのに」
「キリウのお母さんのことを想って憂いたんだよ、きっと。私は大丈夫」
スーランは番避けの薬の調整の前にやり残している魔力薬の調整から始めることにする。
「うーん。何だか伯父は父上を美化し過ぎているんですよね…心酔しているというか」
テゼルが何をどう思おうがそれは自由で良いと思う。そしてスーランが何をどう思い行動しようがそれも自由だ。何も伴侶が存命していて横から掻っ攫っているわけではないのだから。
スーランは体内の魔力を少しずつ動かし体外に放出し始め、指先に集中させる。
「そもそも、父上はあまり女性に関心がないというか。恋情系に疎いというか興味が無いというか、…母上もそんな感じだったみたいで、戦友みたいな感じで婚姻したって父上から―――」
「…キリウ」
「はい?」
「もう、…聞いて、いない。キリウも仕事、しろ」
「あ」
スーランの藍色の瞳はしっかりと開き、既に研究に没頭し始めていた。
指先からの魔力放出の加減を調整しながら、薬の効果の状態を都度確認しつつ、視線はそのままに決まった場所に置いてある作業机から小さな試験管に手を伸ばす。
スーランの指先から淡くきらきら煌めく魔力の織にキリウとホーイェンは思わず目を奪われる。
「…相変わらずスーランさんの魔力は綺麗ですね。目もぱっちりになっている」
「スーランの魔力は…濁りが、見えない」
もうスーランの耳には何も届かない。
スーランがガブリアルノから気にかけてもらったり、態度や行動が怠惰でも特に何も言われないのは、実力もあるが研究や精製、魔術への取り組み方が誰よりも真摯であるからだ。
それが実を結びいくつもの良薬を開発し、本人は自分の為だと言ってはいるが結果的に女性にとって有り難い効能の薬が生まれたことは確かなのだ。
それに加え関心があることにははっきり物を申すが、それ以外は特に何を言うでもなく言葉遣いは適当だが傲慢でもない。それを知っているからこそキリウ始めホーイェンや施設の仲間、寮の者達も他に何もできないスーランの世話をついつい焼いてしまうのだった。
その日は休憩中も帰る際にも色々な人からバウデンとの話を聞かれ、スーランは適当に相槌を打って寮に帰宅した。寮でもあれこれ聞かれそれも適当に対応して部屋に戻り明日引っ越す準備を始める。
と言ってもキリウが人を呼んでくれると言っていたので、少しまとめるとすぐに疲れてしまいスーランは半分うとうとしながら湯を浴びて寝台に横になった。
明日は午後有休をとって引っ越しとなる。
「…明日総帥はちゃんと夜居るのかな」
スーランの魔力の器は元々大容量なので休息だけではなかなか魔力が満たされることはない。魔力薬も休息より僅かに効果があるくらいだ。
しかし前より着実に最大量が減っていることは確かだった。寝そべったままその記録を残して、スーランはぼやきながらうとうとし始めた。
「…そろそろ…魔力やばい、…性欲もそこそこ…総帥の、…硬いの、貸してもらわない…と。濃ければ濃いほど…」
そんな卑猥且つ不躾なことを堂々と口に出しながらスーランは夢の中へ意識を沈めていった。
206
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる