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公爵家へお引っ越し 1
しおりを挟む翌日昼過ぎ。スーランは公爵家の使いの者達がくる前に長年お世話になった寮の人達にお礼を言いに行った。
不思議なことに誰もがスーランの世話ができなくなることを惜しんでくれたのには些か驚いた。
ガブリアルノに拾われてからずっと同じ寮に居て多少情が入っているのかもしれない。皆奇特でお人好しだなぁとスーランは深く感じた。
皆が半年間限定だと知っているので、また戻ってくるんだろうとか、そのままずっと公爵邸に居たりして等と想像談義しているのを、特に口を挟まず好きに言ってもらった。
半年後にまだ生きているのなら戻る可能性はあるかもしれないが、不明確なことであるしできるだけ嘘は吐きたくなかったので適当に流しておいた。
部屋に戻り自分が持って行くものをのろのろと整理していると、ノックが鳴った。
扉を開けるとそこにはキリウとその後ろに二名の男性と一名の女性が姿勢良く立っていた。
「スーランさんお待たせしました」
「キリウ、ありがと」
スーランは後ろにいる三名にもぺこりと頭を下げた。
「紹介します。執事のグェン、メイドのドリス、馬丁のカイザです。あと一人居ますが、馬車二台できているので外で待っています」
紹介された三名が揃って一礼した。
「思った以上に荷物無かったの。大して運ぶものもないのにすみません」
スーランは再度後ろの三人にぺこりとお辞儀をする。
「良いんですって。僕はこの後仕事に戻らなければならないので諸々動いてもらったり向こうに行く前にある程度話したり説明したりで三名は必要かと思ったので」
キリウがそう言って横に避けると、後ろから一歩前に出たのは執事のグェンだ。黒い髪を後ろに撫でつけダークブラウンの燕尾服で年はスーランより少し上といったところだろうか。
「ホークル公爵家の執事グェンと申します。スーラン様をお迎え出来て光栄です。荷物の方はお気になさらないでください」
「様…そうなるのか…半年間だけよろしくお願いします」
「承知致しました。では早速荷物をまとめて運びましょう。外に馬車は用意しております」
「じゃあスーランさん、夕食で会いましょう」
「うん。ありがと、助かった」
キリウはにっこり微笑んで三人に一つ頷いてから去っていった。
「ではスーラン様、荷物をまとめていきましょう」
「…スーラン様」
慣れない。
名ばかりだがスーランはバウデンの伴侶で公爵夫人ということになり、期間限定でも公爵家の一員になるのだから当然の如く様付けされてしまうのだ。もしかしたら向こうでは奥様と呼ばれてしまうのだろうか…それだけはちょっと辞退させていただきたい。
スーランの虚無の表情を見てくすくすと微笑むのは、ダークブラウンのメイド服で薄茶色の髪をぴっちりと団子状にして結っている、スーランと同年代くらいに見えるドリスだ。
「様付けは慣れませんか」
「はい、果てしなく。出来れば呼び捨てくらいが丁度良い…」
「流石にそれはできません。期間限定とはいえ旦那様の伴侶になられたのですから本来なら奥様になりますので」
「それは…是非とも止めていただきたく…」
「ではスーラン様のままで?」
「はい。妥協します…」
スーランの諦観の滲んだ言葉に快活に笑ったのは馬丁のカイザだ。短いベージュの髪に動きやすそうな服装、一般女性平均の背丈であるスーランが見上げるほど背が高くガタイが良い。
「ははっ。急に畏まられては恐縮してしまいますか?」
「何だか今更ですが、先に起こる未来をもう少しちゃんと考えれば良かったなと…」
「おっと、それはあまり考えずに決断していただいて良かったです。ようやく新しい伴侶がいらっしゃると皆楽しみにしてましたから。亡くなられたテレサ様もそれを望んでいらっしゃったと聞いていますので」
「そうなんですね」
どうやらテレサ自身はテゼルの考えとは違っていたようだ。それを聞いたスーランは首を傾げる。
「でも総帥は亡くなられた伴侶の方をとても大切にしていたと聞いています。屋敷の皆さんは今回の件に誰も反対してないんですかね。これでもそれなりに破天荒な行動したとは思っているんですけど」
「旦那様は無理なものならば断固として断られる筈ですので、受け入れたということならば我々はそれに従いスーラン様が快適に過ごしてもらえるように努めるのみです。それに今止められてしまったら準備が台無しになってしまいますから」
「はあ。まあ止めるつもりは毛頭ありませんが」
執事のグェンがそう言うならお言葉に甘えて好きにさせてもらおう。スーランとしては様呼びはともかく周りに何を言われても特に気にもならない性質だし最低限のことだけしてもらえばそれで十分なのだ。
「あはは!良い心がけですね。さあ、運びましょう」
カイザはスーランがんしょんしょと引きずりながら扉近くまで持っていった荷物をいとも軽そうに持ち上げて出て行った。
そしてグェン主導の元、半刻も経たないうちに全ての荷物が運ばれた。元々家具も備え付けで大道具系も一切ない。
スーランは外で待っていた思った以上に大きくて立派な馬車に乗った。荷物の為に馬車を二台用意してもらったのだが、物にも殆ど頓着がないので本当に必要最低限なものしかなく、馬車一台の半分も埋まらなかった。
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