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周年式典 1
しおりを挟む明日の式典に備えバウデンはまだ帰っていない。
夕食を共にしていたキリウからは明日の準備は急な配置換えもあったが何とか滞りなく済んだと聞いた。
「そっか。無能な奴らが無謀なことをしないと良いね」
「そうですね。…どんなに足掻いたところで思い通りの未来にはならないのに」
だからこそ捨て身で来られたら面倒である。それを防ぐ為にバウデン達は今日まで忙しく動いていたのだ。
「明日は私とキリウも王宮の医務室で待機で良いんだよね?」
「はい。勿論何もないに越したことはないですが、万が一に備えて」
「わかった。私がうとうとしてる間に終わることを願うよ。平和って証拠だから」
「ふふ。そうですね」
「うん。あ、それと明日任務終えた後に番避けの薬って覚えておいて」
「番避けの薬、ですか?」
「うん。施設に忘れてきちゃったんだ」
「確か調整最終段階なんですよね?」
「そう。都度調整して入れ替えているから纏めて今持ってないんだ」
「わかりました。式典が終わった後で良いんですね」
「うん。今日の朝飲んでいるから取り敢えずは大丈夫」
二日以内には効力が切れる筈。
スーランは番避けの薬を、その時がくるまで飲み続けるつもりだ。滅多なことはないと思うが万が一その間に番相手が見つかったらさぞ悲しませるだろうことは明白だからだ。
そしてバウデンが帰ってきたのは日が変わる一刻ほど前。バウデンも流石にお疲れ気味だ。
「遅くまでお疲れ様でした」
「まだ寝てなかったのか」
「うとうとはしてましたよ」
湯から浴びたバウデンをスーランは夫婦の寝室で迎える。
寝台に近づいたバウデンから徐ろに小さな紺色の布巾着袋を渡され首を傾げる。
「…?何ですかこれ」
「スーランに」
「誰から?」
「私だ」
「…飴玉?」
「わざわざそんな袋に入れるか」
じゃあ何だろうとスーランは巾着袋の口を開き手にしゃりんと落とす。
それは細長い雫型の魔石の耳飾り。
スーランと同じ藍色の雫型の魔石は耳に付けても重たく感じなさそうな大きさだ。
「耳飾りですね」
「ああ」
「何故これを私に?」
見上げるとバウデンは何を考えているかわからない無表情であったが、指の背でスーランの頬を撫でた。
「贈りたかったから。それだけだ」
「……まあ、あと数日は名ばかりですが公爵夫人ですしね」
直球で言われた言葉に珍しく上手く返せなかったスーランは言わなくていいことを口に出してしまう。
スーランが今心で感じているものは、初めての感情。
歓喜だった。
心臓がとくとくと速く打ち、じわじわと嬉しい気持ちが溢れ出るような感覚。
同時にきゅうっと締め付けるような甘苦しい感じも相まって、どう答えて言葉にしていいかわからない。
こんな感情持ったことがなかった。
「…今まで耳飾りを付けたことがなくて」
「知ってる。面倒、と煩わしいだったか?」
「…まあ、はい」
「付けろとは言わない。持っておけ。魔力が込められているから滅多なことはないが有事には使えるだろう」
面倒で煩わしい。
今まではそうだった。
今はつけたくない。
つけられない。
万が一にでも失くしたくないからだ。
物をもらってこんなに嬉しかったことは初めてだった。
「…ありがとう、ございます」
「ああ」
バウデンを見ると、彼の髪からぽたりと水滴が落ちる。
スーランは贈られた耳飾りを巾着袋の中に戻してヘッドボードの上にそっと置いてから、寝台の上に立ち上がってバウデンに手招きをする。
首を傾げながら近づいてきたバウデンの肩にかかっていたタオルを取り頭に被せて水気を拭い取る。
「お前も髪を拭けるんだな…」
「失礼な。これくらいやろうと思えばやれます。やらないだけです」
「胸を張って言うことか」
「怠惰最高」
「お前な…」
いつもの言葉を溢した後、バウデンは寝台に立って髪を拭いているスーランの腰に手を回してぎゅっと抱き締めふうと息を吐いている。
顔は胸にくっついたまま。相当お疲れのようだ。
スーランの胸に顔があるので些か拭きづらいが、好きにさせ髪を拭き続けた。
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